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相場が大きく動いた今こそ「横領」リスクを注視すべき

   今年の流行語大賞の有力候補「アベノミクス」。その効果でホクホク顔の個人投資家もたくさんいるだろう。しかし、相場は水物。浮かれ過ぎると、気づいたら奈落の底にということもある。

   特に、株の信用取引やFXなど、レバレッジを効かせた取引には要注意だ。5月25日、勤務先のビジネスコンサルティング会社から1億3000万円を横領した容疑で逮捕された元社員A(男性、48才)も、着服金のほとんどをFX取引に流用したそうだ。

FXで焦げ付き。役者に「取引先」演じさせて偽装工作

不正をする人は「ちょっとだけ拝借」と心の中で正当化しがち
不正をする人は「ちょっとだけ拝借」と心の中で正当化しがち

   Aは売掛金回収の管理責任者の立場を悪用して、勝手に会社名義の口座を開設。クライアントにコンサルティング料を振り込ませ、2008年4月から09年4月の1年間に12回にわたり着服を繰り返した。警察はAが05年以降、同様の手口で約3億円を横領したとみて余罪を追及していく。

   Aは入念な隠ぺい工作もしている。まず取引先を装ったメアドを作り、そこから「支払いが遅れ申し訳ありません」という自作メールを勤務先に送信。それを上司に見せて回収遅延を偽装していた。

   さらにタレント事務所に手配した俳優に取引先の担当者役をやらせ、上司の前でお詫びまでさせていたそうだ。以前不正対策のセミナーで、役者に取引先役をやらせて会計監査人を騙した海外の事例を聞き、「そこまでするのか」と妙に感心したのを思い出した。

   Aはなんだかんだと時間を稼いで、その間にFXで儲けて元に戻そうという算段だったのかもしれない。しかし相場の読みがことごとく裏目に出て、横領を手じまいできないまま社内調査で不正が発覚。Aは依願退職したが、その後刑事告訴され今回お縄となった。

   競馬などのギャンブルと並んで、「FXや株取引に失敗して」というのも典型的な横領の動機である。この手の横領犯はほぼ間違いなく「そのうちに取り戻せる」「そうすればすべてが丸く収まる」「だからちょっとだけ拝借させてもらおう」と心の中で正当化の理由を念仏のように唱えながら、会社のカネに手を出してしまうのである。

   横領犯がしばしば「ちょっとだけ借りてあとで返す」という正当化を行うことを考えると、今回のようなアベノミクスのような相場が動いたときほど、横領のリスクは高まるのかもしれない。いまこそ「うちの会社は大丈夫か?」と引き締めるときではないだろうか。

「営業」と「支払督促」は絶対に兼任させてはならない

   Aは役員待遇で、コンサルタントとして講演や執筆も行う売れっ子だったようだ。会社から絶大な信頼を得て、周りもうるさいことを言わなくなるにつれて、自己正当化がエスカレートしてしまったのかもしれない。

   「自分には自由にお金を動かす権限がある」「会社には十分に貢献している」「もっと報酬をもらう権利がある」――。こういう立場にある者がFXやギャンブルにハマれば、強固な「不正のトライアングル」の完成だ。

   債権管理に関する会社の内部統制もずさんだった。以下のような点が教訓となるだろう。

1.営業と資金回収の担当をきっちり分ける

   営業担当者に売掛金管理もやらせるというのは、悪い見本の典型だ。特に回収が遅れた先への支払督促や実態確認は、絶対に営業担当者にやらせてはいけない。この事件ではクライアントはちゃんと入金しているのだから、A以外の誰かが直接クライアントに督促すればすぐに「おかしい」となったはずである。

2.現地・現物を自分の目で確認する

   Aの上司は、ニセのeメールや来訪者からのメッセージを鵜呑みにしてしまった。多額の支払が遅れているという異常事態なのだから、何はさておき自らクライアントのオフィスに出向いて実態を見極めなければならなかった。現金や在庫はもちろん、取引先も「現物」を自分の目で確かめないと、危険信号を見逃してしまう。

3.不正の兆候への感度を高める

   不正を隠し続けようとする者には、「何でも自分でやりたがる」という兆候が現れる。恐らく資金回収に関するクライアントとのやり取りはAがすべて仕切っていたはずで、周囲にはそのようなAの動きを不審に感じていた社員もいたのではないか。

   しかし、その時は「Aさんに限って」と見過ごしていたのかもしれない。多くの横領事件は、発覚すると周囲の人たちはまず「まさかあの人が」と驚き、事実が分かるにつれ「そう言えば、何か不自然だったなぁ」と遅まきながら気づくのである。(甘粕潔)