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「何としても」「うまくやれ」は部下の不正を誘発するキーワード

   他人に相談できない問題を抱え込んだとき、人はそこから逃れようと必死になる。そして最後は「不正を犯してでも・・・」と思い詰めてしまう人もいる。

「なんとしても目標を達成しろ!」

   上司のそんな厳しい言葉は、部下をそのような心理状態に追いやりやすい。目標が現実離れしていたり、上司が尻を叩くだけでサポートしてくれないタイプだったりすれば、なおさらだ。架空売上などの「業績偽装」という不正の背景には、そんな状況が見え隠れすることが多い。

経理担当者の「水増し」や「隠蔽」を責任者が黙認

「何がなんでも」と言われても…
「何がなんでも」と言われても…

   某金融機関が最近公表した調査報告書には、海外現地法人の責任者による業績水増しの経緯が詳しく綴られている。そこからは、経営トップ→現法責任者→担当者という「目標必達のプレッシャーの連鎖」が読み取れる。

   自らバリバリ実績を上げてきたトップが、強烈なリーダーシップのもと、「与えられた目標は必ず達成しなければならない」という社風を作り上げる。そのトップが人選した海外現法の責任者は、会社の期待を背負って赴任し、「目標を達成するまでは帰れない」という覚悟をもって異国の地で努力を重ねる。

   定期的に日本で開かれる海外現法の責任者会議でも、もっぱらトップが発言し、営業戦略から債権管理まで事細かい指示が矢継ぎ早に出される。現法では経理担当者に対して、責任者から「何がなんでも」利益を出してくれと指示が飛ぶ。

   経理担当者は責任者の意を汲んで、収益水増しや費用の隠蔽など、あれこれ知恵を絞って目標を「達成」する。責任者はそれを黙認する――。そんな流れが見えてくる。

   そもそも海外現法は、立地の点でも不正を誘発しやすい。本社から遠く離れ、慣れない土地で日本人の同僚も少ないため、孤立感を覚えやすい。単身赴任であればなおさらだろう。数少ない同僚間の関係も非常に濃くなるため、一蓮托生で不正にのめり込んでいくリスクが高まるといえるかもしれない。

   一方で、内部監査の頻度も低くなり、本社のチェックの目が行き届きにくくなりがちだ。海外現法の取締役や監査役は本社役員が兼務することも多く、取締役会も形骸化しやすい。そんな中では、不正をしても「見つからない」「バレない」という機会の認識も生じやすい。

部下の中で「手段を選ぶな」と形を変える言葉

   上から「何がなんでもやれ」と言われ続けるうちに、部下の心の中では、その言葉が「手段を選ぶな」「うまくやれ」と形を変えていく。しまいには「多少のルール違反はしても構わないんだ」と自分に言い聞かせ、不正を正当化するようになってしまう。

   例えば、まだ納入先の検収が済んでいなくても、「いずれ売上になるんだから」と考えて前倒しで計上してしまう。さらに悪いことに、不正をずるずると続けるうちに、いわゆる「コンプライアンス意識」が麻痺してしまい、歯止めが効かなくなる。

   不正を隠すための不正も重なって、本社が気づいた時にはとんでもない金額になっているということも少なくない。不本意ながら不正を続けるストレスや不満が高じて、会社のカネを個人的に着服するような悪循環も生じてしまう。

   「目標必達」自体は悪いことではなく、給料をもらう以上はその覚悟をもつべきである。しかし「目標を達成しろ」という檄に、「何としても」「何がなんでも」という枕詞をつけてしまうと、部下による不正のリスクをグンと高めてしまうということを、上司は肝に銘じる必要がある。

   収益額や獲得件数など数字上の結果だけで評価すると、部下は数字を作ってでも自分をよく見せようとしがちになる。目標の達成に向けてどのように努力したのかにも、きめ細かく目を配ることも大切だ。

   偽りの業績は必ず化けの皮がはがれ、自分にも会社にも多大な損失をもたらす。社員はそう肝に銘じて、どんなに厳しくても一線を越えない強さを養いたい。そして上司は、「どんなに数字を上げてもルール違反をしたら絶対に許さないぞ」という姿勢を明確にしつつ、大切な部下を孤立させないように目標必達を支援する社風をつくりたい。(甘粕潔)