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ブラック企業問題、ズバリ厚労省に聞く(上) 「労基法の遵守」はどうなっているの?

   昨(2013)年は、厚生労働省が重点的に監督指導を強化したことや、参議院選挙において論点の一つになったことなどから、これまでネットスラングだった「ブラック企業」が急激な速度で広く認知されるようになった。先日などは子供向けの特撮ヒーロー番組で、敵方の幹部が自分たちの組織を「ウチはブラック企業だから…」と自嘲しているのを見聞きするに至り、ここまで浸透しているのかと複雑な思いを抱いた次第だ。

   昨今、多くの論者が「ブラック企業」について自説を展開しており、併せて労働問題への関心は着実に広く高まっているのは喜ばしいことだ。

   しかし一方で、各論者にとって「ブラック企業」の定義がさまざまであるため、論者間にしても論者-読者間にしても、論点がかみ合わない展開になることが多い。

そもそも「ブラック企業」って何?

   ある人は「労働基準法違反は問答無用で悪だ!」といい、「いや、そんなことを言ったら日本のほぼすべての会社がブラックになってしまう」といった反論があるかと思えば、「ブラックな環境でも、社員が鍛えられて成長できるならいいではないか」…など個々人の情緒も絡み合い、「Aとも言えるがBとも言える」的な話になってしまう。結果的に情報の受け手にとって「なんだかよく分からない…」という印象になってしまっているのがもったいない。

   「ブラック企業」という言葉は、「悪いことをしてる会社」というイメージが伝えられる点で便利だが、一方で「本当の問題の所在があいまいになる言葉」でもある。これは「若者の使い捨て」とか「やりがい搾取」みたいな「もっともらしいけど、具体的にはよくわからない言葉」も同様だ。

   問題は、個別の違法行為にある。「36協定違反」とか「残業代不払い」、「不当解雇」、「賃金未払い」、そして「採用広告虚偽記載」…といった形で具体的に採り上げ、解決のために対処していかねばならないのだ。

   「ブラック企業」という言葉を今のように使っている限り、ブラック企業問題は解決しない。単に「ブラック」と認識されている企業を批判し、溜飲を下げているだけのことが多いからだ。それでは単なる私刑(リンチ)である(「暴行」や「恐喝」を「いじめ」と表現することで問題への対応が後手にまわる、といった構図に近いかもしれない)。

   定義や問題解決へのアプローチは様々あれど、最終的にはブラックな労働環境は撲滅させ、皆が働きやすい国にしたいというゴールは同じであるはずだ。であるならば、識者同士で定義を議論し合うことに不毛なエネルギーを割くより、監督官庁と協働しながら、何かしら具体的なアクションを起こしていくほうが建設的だろう。

   表層的な批判が広がりすぎるのは、大多数の人にとって得にならない。単に「ブラック企業というキーワードに過敏な拒否反応を示す人」を増やしてしまうだけで、全体として問題解決につながらないからだ。

   ここはぜひ「なぜ、そんな違法野放し状態が生まれてしまうのか?」「なぜ法律で取り締まれないのか?」といった素朴な疑問を持ち、真の問題解決に繋がる行動をとっていきたいところである。

厚生労働省・労働基準局監督課へ

   これまでの議論を眺める限り、「なぜ政府は/国は/労基署は○○しないんだ!」と批判する意見は多いが、実際に彼らの見解を一次情報としてヒアリングし、それを土台にして議論しているものはほとんど見当たらない。ということで、私自身がその役割を果たし、素朴な疑問を聴きに行くことにした。

   2014年1月中旬のある日、私は厚生労働省の労働基準局監督課を訪問し、インタビューおよび意見交換をしてきた。対応してくださったのは、同課監督係長 髙橋仁氏、同課中央労働基準監察監督官 梶原慎志氏、そして同局労働条件政策課課長補佐 角園太一氏である。各氏にはご多忙の中、長時間を割いて頂き、素朴な質問に対して丁寧に回答頂けたことに感謝申し上げる。(新田龍)


(質問1)今回、ブラック企業対策が推進された経緯は?

<回答>この問題が国会で採り上げられたのは、2013年の通常国会以降である。その後、各政党においても取り上げられ、政府としても6月に「日本再興戦略」が閣議決定され、その中の「若者の活躍推進」という観点から取り組むことになった。これがターニングポイントである。

   具体的には、過重労働や賃金不払残業など若者の「使い捨て」が疑われる企業について、相談体制、情報発信、監督指導等の対応策を強化するというものだ。

   田村憲久・厚生労働大臣は、8月8日に若者の「使い捨て」が疑われる企業への取組を発表した際、「若者が使い捨てにされているという問題を野放しにしては、再興戦略どころか、日本の将来は無い。いわゆるブラック企業と言われているような、若者を使い捨てしている企業を無くしていきたい」と語っている。

   それを受けて、9月を「過重労働重点監督月間 」として、労働基準監督署及びハローワーク利用者等からの苦情や通報等を基に、離職率が極端に高いなど、若者の「使い捨て」が疑われる企業等に対し、重点的な監督指導を実施することになった。

「まだまだ充分浸透していないという認識」


(質問2)厚労省としては、「ブラック企業」の定義を何かしら定めているのか?

<回答>「ブラック企業」と言われる企業の実態は様々であり、省としては定義し難い。

   定義を明確にしてしまうと、「その定義から外れるなら、ブラック企業ではない」という主張を悪質な企業に許したり、逆に、意図せずに企業にレッテルを貼ることになったりしてしまう。「過重労働」とか「パワハラによって従業員を使い潰す」など、例として挙げることはできるのだが。

   確かに定義があいまいであり、識者によってかなり広範に使われ、その捉え方は様々であるので、言葉の扱いには悩んでいるところだ。


(質問3)ブラック企業にまつわるさまざまな労働問題をみていると、「労基法など法制は整っているのに、肝心の遵守が徹底していない」と感じている。これは何が問題なのだろうか?

<回答>「労基法を遵守すべきという意識が浸透し切っていない」、という現状については省としても認識している。

   労働基準行政の展開として、昭和22(1947)年に労基法ができてから、最優先事項は「死亡災害などの労働災害をなくすこと」であり、長年その撲滅に力を入れてきた。昨今、ようやくそういった労働災害が減ってきたので、その分の業務量をこんどは一般的な労働環境へとシフトしてきたところである。また、毎年多数の新規起業が行われているといった要因もあり、いずれにせよ、まだまだ充分浸透していないという認識である。

   また、全ての労働問題を、労働基準監督署で対処できるわけではない。

   労基法等の労働基準関係法令については、監督署が監督指導に入り、違法行為を取り締まることができる。

   しかしパワハラ等についての問題は、最近問題として取り上げられ、ようやく定義の議論が始まった概念であり、法令等においても定義及び取締権限について規定されていない。そのため、監督官としても取締ができないのだ。(以下、インタビュー「下」に続く)


(※筆者注)

   労基署はあくまで労基法違反の取締機関であり、労働者のお悩み相談所としての役割・権限は与えられていない。詳しくは、当コラムの2013年5月23日配信記事「労働基準監督署にうまく動いてもらうための3つのポイント」を参照のこと