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「採用有料化の廃止」は誰も幸せにしない ドワンゴは厚労省と闘ってはどうか

   例の「ドワンゴの新卒採用有料化」の件だが、なんと厚労省から行政指導でストップがかかったそうだ。理由は「有料化が他の企業にも広まると学生の就職活動を制約してしまうから」だそうである。


   一新興企業が、たった2525円の手数料を(それも交通費負担の少ない首都圏の学生限定で)徴収するという話に目くじら立てるほど厚労省という役所は暇で暇で仕方ないらしい。厚労省が心配するように、本当に採用有料化の波は他の企業にも広がるのだろうか。そして、そもそも有料化は本当に学生の制約になるのだろうか。

有料化が他の会社に広まらないわけ


   他の企業も有料化に踏み切るというのは、採用活動の現状を考えればまずあり得ない話だ。現在の新卒採用市場は、日本企業の採用活動の厳選化にともない、一人で複数の内定を取る学生と、まったく取れない学生に二極化している。


   当たり前の話だが、複数社から内定をゲットできるような優秀者は、わざわざ応募にお金がかかるような会社にはエントリーしない可能性が高い。つまり、有料化してはみたけど、蓋を開ければ本気の学生ではなく、箸にも棒にもかからない人材しか集まりませんでしたよというオチになる可能性が非常に高いわけだ。


   にもかかわらずドワンゴがリスクを取ったのは、学歴ではなく仕事内容への熱意を重視したいという覚悟があったからだろう。自社にしかない魅力という点でも相当の自信があったに違いない。同様にオンリーワンだという自信があり、かつそこまで腹をくくれる会社が(厚労省が心配するほど)たくさんあるとは筆者には思えない。


   普通の人事部門に採用有料化など提案しようものなら「そんなことしたら東大や早慶から誰も受けにこないじゃないか」といって(そうした大学OBである)お偉いさんに却下されるのがオチだろう。

学生・企業双方の負担を減らすための工夫なのに


   そもそも、筆者には「有料化で学生の就活が制約される」というロジックがさっぱり理解できない。というのも、むしろ有料化というのは学生・企業双方の負担を減らすための工夫だからだ。


   せっかくなので、前回登場してもらったキャラクターに引き続き登場願うとしよう。まず東大の山本君だが、彼はドワンゴのエントリーが無料になったら喜んでクリック一つでお手軽エントリーするだろう。動機は「とりあえず有名で人気企業だから」。事業内容とかキャリアの中身までは良く分かっていないが、そんなことは大した問題ではない。彼には高いポテンシャルがあり、どんな仕事でも必ず高い成果を上げられるはずだからだ(と自分では思っている)。


   一方、無名大学の学生でニコ動を愛してやまない鈴木君は、まあ手数料がゼロになったことは悪い話ではないけれども、強力なライバルが激増する分、彼が同社の内定をもらえる確率は格段に低くなるのは確実だ。というわけで、一社に絞るわけにもいかないから、彼自身も保険として数多くの会社に無差別エントリーせざるをえないだろう。他社の選考を受けるための交通費や手間などを換算すれば、2525円どころじゃない持ち出しになるはずだ。


   そして、当のドワンゴ採用チームだが、きっとエントリーの山を前に来年の今ごろはへとへとに疲れきっていることだろう。東大とか早慶上智とか、学歴だけは一流だが志望動機や本気度がいまいち分からないポテンシャルエリート相手に、泥沼の採用活動を展開しているはずだ。


   なんていうと「学歴なんか見ずに面接で熱意を見抜け」という批判も来そうだが、頭の良い人というのは往々にして要領もいいので、面接するとそれっぽく見えるものである。有料化でさくっと本気度がチェック出来たものを、ゼロから人海戦術で確認させられる採用担当には同情する。

厚労省はむしろ"有料化"を喜ぶべきでは?


   さて、上記がおそらく有料廃止後に起こるであろうプロセスだが、誰一人幸せになっていないことがよく分かるだろう。確かに山本君は"制約"無しに自由にエントリー出来て、上手く立ちまわればドワンゴからも内定もゲット出来るかもしれない。


   でも、よくわからないまま社名だけで選んで入社して、会社から与えられる仕事を何十年と続けて、それで本当に幸せになれるのだろうか。というか、そういうのが合わないから入社3年内で辞める若者が高止まりしていて、ミスマッチ解消で早期離職率を抑えようとあれこれ旗を振ってきたのが厚労省自身じゃなかったんだっけ?


   フォローしておくが、筆者自身は、新卒で入った会社が合わなければ、3年で辞めても全然問題ないと考えている。でも、出来ることなら新卒で入る会社にはもう少し長く留まってキャリアを積むべきだと思うし、そのために新卒時のマッチングをより充実させるべきだという厚労省のスタンスには同意する。


   ただ、そのためには、正社員という曖昧な身分ではなく、仕事内容を軸に据えつつ、学生と企業が本音をぶつけあうカルチャーに移行するしかない。いわば、就活の量から質への転換であり、エントリーの有料化はそれに応える優れた採用戦略だ。


   今回の一件でわかったのは、厚労省がそうした本質をまったく理解できていないということだ。ここはひとつ、ドワンゴは法廷闘争する覚悟で我が道を突き進んではどうか。(城繁幸)