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日経の企業報道スタンスが変わった 「ストーリー性のあるニュース」重視

   日本経済新聞社が企業報道のスタンスを変えつつあるのをご存じだろうか。2014年春に産業部と消費産業部を統合して企業報道部を発足させ、縦割り組織を改めた成果が紙面に表れている。その変化とは「ストーリー性のあるニュース」の提供だ。ビジネスの現場における挑戦、葛藤、解決、そこから生まれる感動を伝えている。

   新聞のニュースといえば、「社会性」「ヨソにない特徴」が掲載の尺度になっているが、一般のニュースはすぐにインターネット上を駆け巡る。「ストーリー性のあるニュース」は、発行部数を漸減させている新聞の挑戦、葛藤、解決でもある。これに合わせて、中堅・中小企業広報もまた「ストーリー性」が求められるようになるだろう。裏返せば、「ストーリー性」が提供できれば、新聞に掲載される確率がアップする。

業界の常識を打ち破る

   今年(2015年)2月、日経産業新聞で連載シリーズ「異端力」第2部が始まった。初回は産業廃棄物処理業者である石坂産業(埼玉県三芳町)の石坂典子社長(42歳、紙面掲載時、以下同)。1999年、所沢産野菜からダイオキシンが検出されたという一部報道を引き金に、産廃業者への反対運動がエスカレートした。「町から出ていけ」。石坂産業も周囲を取り囲まれた。「世の中に欠かせない仕事なのに...」。悔しさをにじませる父の姿に「私が社長をやるよ」と訴えた。「脱・産廃屋」。自己否定とも取れるスローガンを掲げた。存在意義を理解してもらうには、業界の常識を打ち破る必要があった。

   まず手をつけたのが社風の改革。たばこの煙がこもる休憩所は、勤務中でもたまり場になっていた。石坂社長は恐る恐るドアを開け、声を張り上げた。「何やってんの。働きなさいよっ」。「迷惑産業のイメージを変えたかった」という石坂社長は挫折を乗り越え、会社の危機を救った。石坂産業のリサイクル率は95%と業界で突出し、小学生から企業まで毎月500人が見学に訪れる。石坂社長は「所沢のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。

   「異端力」では、お好み焼きの全国チェーンである千房(大阪市)の中井政嗣社長(69歳)も取り上げられた。2009年から元受刑者の雇用を始めた。再犯を防ぎ、社会復帰を支援するには働く場が必要だと考えたからだ。刑務所に求人を出し、自ら面接する。これまでに21人を採用し、4人が今も千房で働く。失踪した者も何人かいるが、多くは働くことに自信を得て、別の企業に転職した。中井社長の決め言葉は「できるやんか!」。「過去は変えられないけど、現在と未来は変えられる」と説く中井社長は、社会からはじき出された人たちを受け入れることで、会社全体に活気を吹き込んでいる。

ストーリーそのものが「社会性」

   このほか、北九州市で美容室「バグジー」を多店舗展開する九州壹組は、従業員満足度(ES)の向上を経営の要に据え、人材流出が激しい美容室業界にあって離職率5%以下というストーリーが紹介された。久保和也社長が打ち出す合言葉は「利より信」。従業員の誕生日には自ら100行以上の手紙を書く。久保社長はトヨタ自動車、三菱東京UFJ銀行、ローソンなど大手企業の人事研修に講師として招かれている。2012年には経済産業省から「おもてなし経営企業」に選ばれ、サービス産業生産性協議会(東京都渋谷区)から「ハイ・サービス日本300選」も受賞した。

   これら3つの例は、いずれも中小企業。しかも産業廃棄物処理業、お好み焼き屋、美容室と、ストレートニュースではメディアに取り上げられにくい業種が並んだ。ところが経営トップが信念や哲学を持って逆境に挑み、さまざまな困難を克服して成功を収めている。そのストーリーそのものが「社会性」であり「ヨソにない特徴」となっている。中小企業は新製品、新サービスのPR意識が強く、それが広報と勘違いしている経営者が多い。日経の「ストーリー性のあるニュース」提供は、経営の本質を伝える取り組みとしても興味深い。(管野吉信)