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社員を正当に評価できない 「根が優しい」経営者が陥る罠

   3年前に人事制度、特に評価制度導入と給与体系の見直しのお手伝いをした電子機器販売大手代理店H社O社長に呼ばれてうかがい、面談しました。H社は正社員30人ほど。O社長は創業者にありがちなワンマン経営者ですが社員の人望は厚く、転職が多い業界内にあってかなり高い定着率を保っている企業でもあります。

「その折は大変お世話になりました。社員のやる気を高揚させる良い評価制度と給与制度を作っていただいたと思っています。ところがここに来て悩ましいことが起きてきました。総体の人件費が高騰してしまったのです。同じ代理店同士で見ても、うちの平均給与は抜けて高いのです。このまま固定費が上昇したのでは厳しいので、どうしたものかと」

ほとんどの社員は「標準」以上の評価

意外な弱点とは・・・
意外な弱点とは・・・

   「業界調べ」とされる給与に関する資料と、H社の平均給与を比較してみると、確かに業界平均よりも10%以上高いのです。私がH社の人事制度の見直しをお手伝いする前は、逆に業界平均よりも10%近く低かったので、3年でかなり上昇したことになります。

   3年前まで同社には賞与以外に評価制度が存在せず、当時社員からの「どうしたら給与が上がるのか」という声を受け、社長が私に相談を持ちかけたのでした。そこで新たに作り上げたのが、業績と勤怠の2軸評価を基本とした評価制度です。

   私はO社長との話を早々に切り上げ、総務部長にお願いして平均給与高騰の原因を探るべく3年分の人事評価資料を確認させてもらいました。中身を見てみると、話を聞いた段階である程度予想していたことではあったのですが、ひとつの厄介な問題が浮かび上がってきました。2軸評価の業績評価については、数字の裏付けがあるので客観的な評価がなされているのですが、勤怠評価は最終的にはほぼ社長の一存で決められており、一部の例外を除いてほとんどの社員は「標準」以上の評価が付けられていたのです。

   すなわち、業績評価で序列こそついてはいるものの、基本的に大半が「標準」以上となっている勤怠評価が底支えになって、全体的な給与水準を押し上げているという結果になっていたのです。勤怠評価を入れたのは、行き過ぎた成果主義に陥らないためのガード役として定量評価に定性評価を組み込ませたわけなのですが、結果は定性評価が十分に機能していないということになっていたのです。

「社員は家族も同然のような存在」

   人件費高騰の理由が分かった私は、社長に勤怠評価の上ブレ、すなわち総体的に甘い評価に問題があるということを指摘しました。すると、こんな答えが返ってきたのです。

「ウチのような中小企業では、社員は家族も同然のような存在です。一人ひとりがどんな家族構成で、どんな生活をしているのか、まである程度分かっている。だから全員に良い評価をつけたくなるのが親心と言うもの。もちろん、そこは抑えています。そうは言っても、社員には気持ちよく働いて欲しい。給与が下がるような標準以下の評価は、いつ辞めてもらってもいいと思えるような社員でないとつけられないです」

   フォークシンガーの吉田拓郎氏が、以前ラジオで自身がフォーライフ・レコードの社長を務めていた時の話をしていました。もともとはその豊富な人脈と知名度を買われて、赤字企業立て直しの社長に、と推挙されたといいます。実際に、複数の大手芸能プロダクションとの提携を推し進め、新たなビジネスモデルをいくつも軌道に乗せることに成功して、黒字化に転じさせた功労者なのです。

   そんな拓郎氏が聞き手から、「名経営者じゃないですか」と持ち上げられると、「とんでもない。僕は経営者失格で、早く降りたいとずーっと思っていたのです」と答えました。その理由が、「社員を正当に評価できないから」だったのです。

「当時のフォーライフは、総勢20人ほどの中小企業です。社員の査定とかは、評価とかそっちのけでついつい『あいつ子供が生まれたんだよな。少し給料あげてやるか』になっちゃう。それが本人のやる気につながってくれればいいかなって、言い訳付きで。でも本当は社員を正しく評価して良い評価も悪い評価も糧にしてもらって、それを業績向上につなげようと思えないなら、経営者としては失格ですよ」

評価は公平に、が基本

   一介のミュージシャンが企業の立て直しのために何の予備知識もなく社長のイスに座ったからこそ、「これでいいのか」と考えるにつけ気づかされた真理だったのかもしれません。評価は好き嫌いでつけてはいけない。評価も重要な仕事です。会社のためにも心を鬼にして評価は公平に、が基本であることは企業の大小を問わぬ真理ではあるのです。

   拓郎氏の話も含めてO社長に評価というものの正しい考え方をお話すると、「私一人では変えていく自信がないので、部長を集めて一緒にそのあたりの話をじっくり一度してもらい、幹部社員全員で共有したい」との返答をいただきました。私としても、なんとか組織として公平な評価を実現し、せっかく導入した評価制度をしっかり役立てていただきたいところです。

   嫌いな部下に感情的に悪い評価をつけて社内の雰囲気を壊す経営者も間々いますが、O社長や拓郎氏のように、根の優しさが出過ぎて正当な評価ができない経営者もけっこういるものです。

   中小企業の社長の意外な弱点は、社員に公平な評価を下せていないことだ、と改めて思わされるところです。(大関暁夫)