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終身雇用がなくなって困るのはだれか 若者向け政策を読むポイントを

   2016年6月19日に改正公職選挙法が施行され、選挙権が従来の「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げられることとなった。それを受けて、各党とも"若者向け政策"の充実に躍起になっているようだ。先日、各政党の若者向け政策を検証するシンポジウムに出席した際には、各党の公約に若者向けの雇用政策がずらりと並んでいるのをみて少々驚いた(注※)。

   長時間労働対策、ブラック企業対策、そして同一労働同一賃金の実現などなど。これほど雇用政策が充実したのは、過去20年ほどで初めてのことではないか。2000年前後の就職氷河期世代とはえらい違いである(苦笑)。やはり選挙権の有無は重要なのだ。

   だが、政治がそうした政策を本当に実現する気があるのかどうかについては、筆者は強い疑問を感じている。いい機会なので整理しておこう。

長時間労働は終身雇用の副産物

   仕事の量には波があるので、雇用調整(労働の量を増やしたり減らしたりすること)は絶対に必要だが、そのやり方には2種類ある。

終身雇用? 要らないよ
終身雇用? 要らないよ

(1)残業時間を増やしたり減らしたりすることで雇用調整する方法

   繁忙期にはそれこそ週に2日も3日も徹夜をする代わりに、暇になっても雇用が守られる方法だ。既に正社員の椅子に座っている人間の雇用は安定する代わりに、長時間労働が慢性化し、過労死などのリスクもある。

(2)雇用者数を増やしたり減らしたりすることで雇用調整する方法

   残業を前提とせず、繁忙期には素直に新規採用し、暇になったら誰かを解雇することで対応する。当然ながら正社員の椅子に座っている人間もずっと安泰というわけではないが、普通の勤め人は終業時間とともに退社でき、過労死なんて概念もない。

   欧米諸国より年間労働時間が数百時間ほど長く、「karoshi」という英単語が存在していることからも明らかなように、わが国は(1)を採用しているほとんど唯一の先進国だ。

   というわけで、本気で「労働時間に上限を作ります」と言うのなら、それは(1)と決別して(2)に移るということだから、解雇も柔軟に認めないとつじつまが合わない。

多くの労働者には果実が与えられぬ

   とはいえ、中にはこう考える人もいるだろう。

「たとえ長時間労働しなければいけないとしても、自分はずっと雇用が保証されるほうがいい!」

   そう言い切る前に、自分の勤めている会社を冷静に見てみよう。誰もが知っている大企業なら、そういう働き方をすれば確かに65歳まで雇用は保証されるかもしれない。銀行や東電みたいな、潰れられると社会が困る大企業なら、いざとなったら国が税金で何とかしてくれるだろう。

   でもね、恐らく読者の過半数が在籍しているような、世に知られていない中小企業っていうのは、たとえ身を粉にして働いても、経営が危なくなったらすぐに社員を切るし、かりに訴えても、危ないのは事実なんだから不当解雇には多分ならないし、国も見向きもしないだろう。要するに、会社の9割を占める中小零細企業で働く労働者は、終身雇用という果実が与えられぬまま、滅私奉公という負担だけが押し付けられているわけだ。

   なんのことはない、その度合いのひどい会社がいわゆるブラック企業というやつで、それを根絶したいのなら、法律をこういう風に変えるしかない。

「労働時間に上限を設ける。あわせて、一定の金額を払えば解雇できるように規制緩和もする。そして、大手企業から中小零細企業まで、必ず守るべき同一のルールを作る」

   同一労働同一賃金も、そうやって労働市場を流動化した末に実現されることになるはず。そもそも解雇に際して一定の金額を支払うようルール化することは、現状、そうしたものの少ない中小企業の労働者にとって有利な、実質的な規制強化であり、強力なセーフティネットになるはずだ。大手の"終身雇用"という看板を守るために中小企業の労働者が反対する義理など何もない。

   これから参院選が近づくにつれ、各党とも若者の耳に心地よい様々な政策をアピールするだろう。すばり、ホンモノとニセモノを見分けるポイントは、その政策が「痛みを伴うものかどうか」だ。

   世の中にただ飯は無いのだから、誰かにとってメリットのある政策は、必ずどこかしらに痛みが伴わないとおかしい。誰も痛みを感じず、みんながハッピーになれる式の魔法の政策というのは、たいていは効果が無いか、若者がもっと苦しくなるオチしかないということを、元祖氷河期世代としては警告しておこう。(城繁幸)

注※=筆者は特定の政党を推薦はしないが、そのシンポジウムにおいて、おおさか維新の会のみが「長時間労働やブラック企業対策には終身雇用にメスを入れることが必要」と明言していたことは、事実として明記しておきたい。