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日銀の金融緩和策 自信の「出口戦略」も、黒田総裁の甘い見通し

   日本銀行の黒田東彦総裁の金融政策に対する発言に変化が表れている。日銀の金融緩和政策はいよいよ出口戦略に向かって進むのだろうか――。

   2017年5月15 日に開催されたウオールストリート・ジャーナル主催のイベントで、黒田総裁は出口戦略について、「日銀は十分なツール を持っている」「誰が次の総裁になっても、うまく対応できると確信している」などと、自信満々に発言した。

   これまで、出口戦略について問われると、「時期尚早」との常套句を繰り返していたことを考えれば、大きな変化だ。

  • 日銀の黒田総裁は、金融緩和策の「出口戦略」に自信をみせるが……
    日銀の黒田総裁は、金融緩和策の「出口戦略」に自信をみせるが……
  • 日銀の黒田総裁は、金融緩和策の「出口戦略」に自信をみせるが……

黒田総裁、任期終了まで1年切る

   実際に、黒田日銀の金融緩和政策の柱である国債保有額が年間80兆円増額するペースでの国債買い入れにも変化がみられる。毎月見直される国債の買い入れ計画をみると、短期ものの国債を中心に、徐々に買い入れ額が減額されつつあるのだ。

   現状のペースで国債の買い入れが続けば、2017年の国債保有増加額は60兆円程度に減額されると試算できる。事実上、長期国債の買い入れの減額(テーパリング)がスタートしているともいえる。

   加えて、2018年4月8日の黒田総裁の任期終了まで1年を切った。黒田総裁がデフレ経済からの脱却の目標として打ち出した2%の消費者物価指数は、任期中の達成に現実味はなく、黒田総裁が続投しないのであれば、

   金融政策が、国債の取引が正常だった、黒田総裁以前の考え方に修正される可能性は高い。

   黒田総裁の出口戦略に対するコメントに変化が見え始めたのは、明らかに任期を意識したものだろう。

   では、黒田総裁が言うように、日銀は本当に「十分な出口戦略のツール を持っている」のだろうか――。たしかに、さまざまな手段は考えられる。たとえば、現在保有している国債を償還まで保有し続けること。あるいは、長期国債の年間買入れペースを80兆円よりも縮小して、事実上のテーパリング(量的金融緩和の縮小)を行うことも考えられる。この時に、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」(イールドカーブ・コントロール)によって金利の上昇を抑え込むという方法もあるかもしれない。

長期金利、急上昇の可能性秘める

   しかし、日銀が政策を変更するという姿勢を示した途端に、長期金利が上昇を開始する可能性は高く、これを抑え込むのは容易ではないはずだ。

   さらに、金融環境は世界的に金利正常化に向かって進み始めている。米国では利上げが着実に行われ、長期金利の水準が訂正されていき、欧州でも金利が正常化に進む可能性は高い。

   こうした世界の長期金利が上昇基調に変化する中で、日本だけ日銀が長期金利の上昇を抑制するのは、簡単なことではない。場合によっては、金利上昇を抑制するために、長期国債の買い入れを行わなければならなくなる事態すら考えられる。

   その規模は、年間80兆円という現在の規模を上回るかもしれない。

   日銀の健全性の問題もある。テーパリング(量的金融緩和の縮小)の開始で、日銀が保有している国債を売却すれば、国債価格の下落に伴い、巨額の実現損が発生する可能性がある。日銀が債務超過に陥ることすら現実味を帯びてくるわけだ。

   2%の物価目標の達成という黒田総裁が掲げた目標は、何度も先送りされ、「日銀と市場との信頼性」は大きく損なわれている。日銀が出口戦略あるいは金融政策の変更を行う場合には、「市場との対話」も重要な課題となる。対話が十分に行われず、市場の理解を得られなかった場合には、長期金利が急上昇する可能性を秘めている。

足かせとなる政府・日銀の「共同声明」

   こうした出口戦略の危うさは、与党・自民党でも問題視されている。河野太郎議員が本部長を務める自民党の行政改革推進本部は2017年4月19日、「日銀の金融政策についての論考」と題する提言書を官邸の菅義偉官房長官に手渡した。

   その中で、日銀の、とりわけ出口戦略に伴うリスクなどの分析に関して、「市場との対話をより一層円滑に行うことを求めたい。これまで日銀は、物価目標の達成時期を5度変更しており、市場と日銀の意思疎通が円滑でなくなっている可能性がある。出口戦略を議論することは時期尚早との意見もあるが、少なくとも事前にリスクなどを分析し、市場と対話を図ることは必要といえる」と指摘している。

   さらに、「日銀の出口戦略の際の最大のリスクは金利の急激な上昇である。市場が政府の財政健全化策に懐疑的になれば、国債価格は下落し金利が上昇する。そうなれば、秩序だった出口戦略はますます困難になる。万が一の場合に備えて、日銀が債務超過に陥った際の政府との取り決めを検討していくことも、市場の安心感につながるとも考えられる」としている。

   日銀の出口戦略は多くの問題点を内包したまま、黒田総裁から次期総裁の手に引き継がれる可能性が高い。そして、その実現は容易なものではない。なぜならば、日銀が自らの意思だけで出口戦略に進むことはできないからだ。

   黒田総裁が異次元緩和と呼ばれる量的質的金融緩和に踏み出した際の政策目標である消費者物価の2%達成は、2013年1月の政府・日銀の共同声明に盛り込まれており、「縛り」がかかっている。もし、日銀が出口戦略に進もうとするならば、この共同声明の見直しを行う必要があるだろう。

   つまり、安倍晋三首相の了解が得られ、共同声明見直しの合意がなければ変更は難しい。日銀は「市場との対話」による市場の理解を得るだけではなく、「政府との対話」による政府の理解も得なければ、出口戦略に踏み出すことはできない。(鷲尾香一)