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「働き方改革」は茶番!? 大企業の愚、人件費削減に問題すり替え(大関暁夫)

   今国会で与野党の綱引きが続く「働き方改革」法案審議。厚生労働省の恣意的な作成資料をめぐって「政争の具」と化しつつある点が気になるものの、中小企業の経営者にとってもこの法案審議の行方は注視しておく必要があります。

   そして、法制化後は改正点を真摯に受けとめ、早急な対応が求められることになります。

  • 大企業の社長さんは何を考えているのか?
    大企業の社長さんは何を考えているのか?
  • 大企業の社長さんは何を考えているのか?

大企業経営者に「いい顔」したい安倍首相

   働き方改革法案のポイントは以下の3点です。

・長時間労働の改善
・正規、非正規社員の格差是正
・高齢者の就労促進

   大きな議論の焦点は、3本柱の中でも最も意見の対立が予想された「長時間労働の改善」に関するもので、問題の一件もここで起きました。

   安倍晋三首相が衆院予算委員会で「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータがある」と答弁。ところが、このデータは事実ではなく、「1か月で最も長く働いた日の残業時間」(一般労働者)と「1日の労働時間」(裁量制の労働者)という、まったく違う質問のデータを比較して、「一般労働者よりも短い」と言っていたことが判明したのです。

   結局、安倍首相は謝罪、発言撤回のうえ、最終的には裁量労働制の対象職種の拡大を今回の法案から削除し、改めて議論することになりました。

   この問題は単なる厚生労働省のデータ瑕疵云々ではなく、じつはかなり根が深いのです。裁量労働制の対象拡大は経済界が強く要望してきたものであり、政府・自民党は、日本経済団体連合会はじめ大企業の経営者の集まりという政権支持団体からの要請を受けて法案化に踏み切った、という経緯がありました。安倍総理はそれを通さんがために、詭弁とも言えるようなデータ使って正面突破を図ったわけです。

   つまり、真の問題は政治的な対応以上に、これを強く望んでいる経済界と呼ばれる大企業経営者の思惑が、裁量労働による労働時間の削減とは真逆の支払い残業代の削減を狙っている、と言われている点にこそあるのです。

   もしそれが事実なら、わが国の経済界を動かしている大企業経営者たちの思惑は「働き方改革」とは大きくかけ離れたところにあるわけで、「改革」はまったくの茶番になってしまうように思えます。

「早帰りさせて早朝出勤」これで「時短」と大威張り

   長時間労働の改善における裁量労働制と並ぶもうひとつの柱は、「残業時間の上限規制」です。

   これは、残業時間の上限を法令で月45時間、年間360時間とするもので、本法案が成立すれば2019年4月以降、上場企業から順次導入が予定されています。残業の削減問題は、15年12月の電通の元社員、高橋まつりさんの過労死事件が引き金となって、手本を示すべき大企業が自主的に取り組んできました。しかし、各企業がこの問題に真摯に取り組んでいるのかと言えば、これまた疑問符が付くというのが偽らざるところなのです。

   ある大手金融機関は、電通事件後に産業界に吹き荒れた残業削減の嵐を受けて、「最終退社時間20時」を打ち出しました。

   金融機関では以前より顧客情報漏えい防止などの観点から、仕事の自宅への持ち帰りを全面禁止しています。そのような状況下で「本当に20時退社が徹底できているのか」と知り合いの金融機関社員の方にたずねると、「じつは人事部から抜け道を指示されています」と打ち明けてくれました。それは、「夜の残業は20時までだが、朝なら何時に来てもいい」というもので、これには呆れてモノも言えませんでした。

   単純に考えてみてください。夕方約2時間の残業をして、毎朝始発電車で出社して6時から仕事をすれば、朝も所定時間外勤務が約3時間になってしまう。すなわち、合計1日約5時間の残業が可能なのです。

   仮にこれを月20日やったとすれば、100時間。一般に言われる残業の過労死ライン80時間を軽く超えてしまいます。こんなことを平気で言うような人事部をもつ企業が本気で残業削減に取り組んでいるとは思えませんし、さらに言うなら「働き方改革」など、単なるお題目であり、監督官庁から目をつけられないように体裁だけ整えればいい、と思っているに違いないとしか思えないのです。

採用難の中小企業は「改革」の連続

   ではなぜ、このようなことが平気でまかり通っているのかです。それは大企業の経営者たちが「働き改革」の本質を見誤っているからに他なりません。

   では、「働き改革」の本質とは何か――。それを考えるうちに、「働き方改革」が話題になり始めた頃、大企業と取引があるとある中小機械製造業の社長が、興味深い感想を言っていたのを思い出しました。

「『働き方改革』など、われわれ零細企業に言わせれば、何を今さらです。本来の『働く場』づくりに、中小企業は自然と取り組まざるを得ないからです。本来の働く場とは、適材適所の実現や、少しでもやりがいを感じてもらえる職場づくりのことです。 中小企業の職場は給与が低いから、充実感ややりがいを感じてもらえなければすぐに辞めてしまいますし、人も採れません。必要に迫られて『改革』の連続なのです。『働き方改革』は、知名度にかまけて知らず知らず従業員の上にあぐらをかいてしまった、主に大企業の問題ではないでしょうか」

   この言葉にはハッとさせられました。

   「働き方改革」の議論が単なる労働時間短縮に終始し、場合によっては人件費削減の問題にすり替わってしまうなら、問題の本質からは遠ざかっていくばかりなのかもしれません。

   企業で働く立場の者が本当に望んでいるものは、単なる労働時間短縮ではなく適材適所配置による働きがいの実感ではないのかということを、企業経営者、特に大企業の経営者は今一度考えてみる必要があるように思いました。(大関暁夫)