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「怒り」の制御は難しい 感情を管理できない社長に会社経営は向いてない!(大関暁夫)

   プロテニス女子4大大会の全米オープンで、大坂なおみ選手が初優勝の快挙を成し遂げ大きな話題を呼んでいます。

   決勝での対戦相手は4大大会通算23勝という歴代2位の記録を持つ米国のスーパースター、セリーナ・ウィリアムズ選手。初の4大大会決勝進出の大坂選手にとって、かなり厳しい戦いになるであろうと予想されたものの、実際にはどちらが経験で上回っている選手なのかと見まごう2-0という完璧な勝利でした。

  • 社長が大坂なおみ選手から学ぶべきものは……
    社長が大坂なおみ選手から学ぶべきものは……
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セリーナ選手の苛立ちに、大坂選手がとった行動

   多くのメディアで報じられているのでご承知の方も多いかと思いますが、勝負の分かれ目になったのは、コーチング反則判定に対する、セリーナ選手の感情的な乱れであったことは明らかです。

   大会ルールで禁止されている試合中コーチからのコーチングがあったとの審判の判定に、セリーナは事実無根と怒り心頭。その場での抗議だけでなく、その後も怒りが収まることはなく尾を引いた執拗な抗議行動によって集中力を欠き、自ら滅した形になりました。

   テニスは集中力と強い精神力が求められるスポーツです。数年前マイケル・チャンコーチについた錦織圭選手が、急激に世界ランクを上げて4大大会決勝にまで駒を進めるに至ったのは、チャン・コーチから指摘された精神面の弱さの改善に努めた証であると言われています。

   大坂選手もまた、これまでもう一つ壁を乗り超えられずに来たのは、精神面での弱さがあったのだと言います。ちょっとしたことですぐに頭に血がのぼる。1回のミスで自分はダメだと落ち込む。さらに、ひどいと涙が止まらなくなるなど。今回、彼女はそんな精神的な不安定さを微塵も見せることはありませんでした。勝利の陰には、王者にふさわしい精神面の成長があったと言えるでしょう。

   その意味で、対照的だったのが元王者のセリーナ選手です。出だしから劣勢の彼女には、焦りもあったのでしょう。そんな自身に苛立ちはじめた折に、コーチング反則の指摘を受け、苛立ちは怒りに変わってしまい、もうどうにも抑えることができなくなってしまった。

   何度もセリーナ選手が審判に詰め寄って暴言を吐いたり、自らのラケットをコートに叩きつけて破壊したり。一方、その間セリーナ選手のほうを見ることなく背を向けて立っていた大坂選手。会見でこのことに質問が及ぶと、自分の手に負えないものをしょい込んで動揺させられないよう、精神を集中していたのだと答えていました。

社長が怒りをぶちまけたら......

   同じようなシーンをプロ野球でも見たことがあります。2016年のプロ野球日本一を決める日本シリーズ、広島対日本ハム戦。2勝2敗のタイで迎えた第5戦は同点のまま、9回裏日本ハムの攻撃は二死1、3塁。この緊迫の場面で投手の一投はなんとデッドボール。両軍グラウンドに入り乱れあわや乱闘かという騒ぎに。

   この時、一人冷静だったのがネクストバッターの西川遥輝選手でした。怒る日ハムベンチに対して、帽子をとって詫びもせず対抗意識むき出しの相手投手。対照的に西川選手は、喧騒に背を向けて集中力を高めていたと言います。

   結果は、冷静さを保った彼の満塁サヨナラ本塁打で決着。広島2連勝でスタートしたシリーズの流れは一変し、続く第6戦も日本ハムが勝利して日本一に輝きました。

   重要な局面で冷静さが求められるのは、企業経営でも同じです。銀行時代の取引先だった機械部品メーカーB社のH社長。ある日突然、老舗企業からの大口安定受注を他社に奪われ取引解消となりました。「なぜうちが切られたのか、納得がいかない」と、冷静さを失い怒りをぶちまける営業部長の話を聞くうち、それに同調して興奮した社長はその場で受話器を取ると、電話でヤクザまがいの強硬なクレームを受注先の社長にぶつけてしまったのだそうです。

怒りは人を悪くする

   しかし、解消になった取引が元に戻るわけはありません。それどころか、それからB社にとっては予想もしない厳しい時代が待っていました。

   業界が狭い世界だったこともあり悪い噂はすぐに広まり、他の業者からも発注を減らされたり取引を敬遠されたり。B社は瀕死の状態で人員を減らし、業容を縮小してなんとかかんとか生き延びてきました。

   何年かの後、私と会食をした際にH社長は、部下の怒りに感化されて感情のままに動いてしまった経営者としての後悔を、打ち明け話でしてくれたことがあります。

「怒りという感情ほど、エネルギーを使う割に得るものがないものはありません。お聞き及びと思いますが、うちはつまらない私の感情に任せた言動がもとで、業界内で干されてしまい、倒産の危機に直面しました。
反省に反省を重ねて頭を下げて回り、少しずつ少しずつですが信頼を回復しながら、やようやく立て直すのに5年かかりました。取引先はもとより、社員にも本当に申し訳ないことをしてしました。怒りは人を悪くします。経営者は会社を管理する人です。自身の感情も管理できず人に嫌な思いをさせるような者に、会社の管理はできません」

   喜怒哀楽。人間の感情はこの4つの言葉で表現されることがありますが、スポーツでも経営でも一番扱いが難しく、一番気をつけなくてはいけないものが「怒」であるということ。スポーツ選手と同じく経営者もまた、重要な局面でも感情に流されない冷静さが求められるのだと、大坂選手の全米オープン優勝の快挙をきっかけに改めて思い起こされた次第です。(大関暁夫)