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「仁義なき就活戦争」の始まり? 経団連・中西会長の「ルール廃止」発言、新聞社説はどう報じたか

   経済団体連合会(経団連)の中西宏明会長が、2021年春入社の学生から就活ルールの「廃止」を表明した問題が波紋を広げている。

   新聞各紙の社説やコラムは「学生の学業に悪影響が出る」「中小企業の人材確保が難しくなる」との批判が大半だが、「日本企業がグローバル化できないのは悪しき就活ルールがあるから」と賛同する論調もある。

   いったい、就活ルールのなにが問題なのか。新聞各紙の社説とコラムを読むと......

  • 大学1年から「就活」する時代に?(写真はイメージ)
    大学1年から「就活」する時代に?(写真はイメージ)
  • 大学1年から「就活」する時代に?(写真はイメージ)

採用自由化を求める中西会長と官邸の連携プレー?

   中西会長の「廃止」発言が飛び出したのは、2018年9月3日の定例会見の場。あくまで「個人の意見」としたが、「経団連が採用日程を決めること自体に極めて違和感がある。『何月解禁』ということは、経団連として言わない」と述べたのだ。

   この発言に対して同日、自民党集会で学生に尋ねられた安倍晋三首相は「就活ルールはしっかり守っていただきたい」と答えた。しかし、翌日には菅義偉官房長官が「(安倍首相はすでに決まっている)2019年度までのルールを守っていただきたい旨を発言された」という言い方で軌道修正し、2021年度以降の就活ルールについて、政府の見解を表明したわけではないとの見方を示した。このため一部のメディアには「採用の自由化を求める中西会長と官邸の連携プレーでは」と憶測する声もあった。

   一方、同じ経済界の中でも反対の声が上がっている。日本商工会議所の三村明夫会頭は6日、「何らかのルールは必要だ。経団連が(ルールづくりを)やらなければ他にやる人は誰もいない」と語り、中小企業の採用活動に混乱が生じることに強い懸念を示した。

   大学側にも不安の声が上がった。全国の大学でつくる就職問題懇談会座長の山口宏樹・埼玉大学長は10日、「今の段階で急に変えることは難しい。学生への周知も必要だ。大学側と企業側が時間をかけて結論を出すべきだ」と異議を唱えた。

   この問題については、多くの新聞社の社説コラムでは「就活ルールが形骸化しているのは確かだが、何らかのルールが必要」という点ではは一致している。

   それは、何よりも学生への影響を心配するからだ。

   産経新聞の社説(主張)「『早い者勝ち』をどう防ぐ」(9月6日付)は、こう指摘する。

「(中西会長の『廃止』表明の)背景には、ルールに縛られない外資系企業などの青田買いが広がり、これを順守する経団連の加盟企業が出遅れているという危機感がある。ルールを守らない企業が多いから、これを撤廃するというのだろうが、あまりに乱暴だ。ルールがなくなれば就活の開始が早まる。学生が学業に専念したり、留学や課外活動に向き合ったりする時間が大きく制約されかねない。経団連ルールが企業の採用活動に一定の節度を促してきた効果もあった。これがなければ『早い者勝ち』を許すことにならないか」

学生の学業だけではない、人格形成にも悪影響

   福島民友新聞の社説「学生第一で徹底的な議論を」(9月6日付)はこう主張する。

「就活ルールの廃止となれば、これまで行われてきた変更とは次元が異なる。(現在でも)3年生時のインターンシップ(就業体験)が選考活動の入り口という企業もある。これが2年生から始まるようなことになれば、学生は勉強どころではなくなる」

   朝日新聞コラム「天声人語」(9月5日付)は学生の人格形成を心配する。

「(青田買いどころか)『早苗買い』『種籾買い』といった言葉もある。そんな先物買いがやり放題になるのか。2年生、1年生と際限なく就職活動が早まることにならないか。心配なのは学業への影響だけではない。まだ何ものでもないでもない自分と向き合うための時間が、どんどん削りとられる。『青田買い』のほかに『青田刈り』という言葉もある。収穫をあせって稲が実り切る前に刈ってしまうことを指す。学生を早くから振り回して、実りを台無しにしないといいのだが」

   一方、中小企業への影響を指摘する論調は地方紙に多くみられる。採用ルールが廃止されると、人事担当部門が充実している大企業が有利になり、中小企業が割を食うからだ。山陽新聞社説「学生、中小に目配り必要」(9月11日付)は大企業に翻弄されてきた中小企業の実情をこう訴える。

「(過去にも経団連の指針の変更が繰り返された結果)先に入社が決まっていた中小企業の内定を辞退し、大手に乗り換える学生が相次ぐなど混乱した。(ルールの廃止で)知名度や人気が高く採用部門も充実している大企業の自由度が増せば、中小企業は人材確保が従来以上に厳しくなる。経団連は就活ルールの見直しに向けて政府、大学と協議する方針だ。大企業だけの都合を優先する仕組みとなっては論外だ。大都市圏に多い大企業に有利なルールなら、東京一極集中にも拍車が掛かりかねない」

唯一、日経新聞が「支持」する理由は?

   こうしたなか、ほぼ全面的に「中西提案」に賛同しているのが日本経済新聞の社説「中西氏の問題提起受け就活論議深めよ」(9月5日付)である。

   まず、中西会長の「ルール廃止表明」を「『新卒一括』に偏った採用は時代遅れなのに、ルールがあるため温存されているとの考えからだ。その問題意識は理解できる」と支持する。

   そのうえで、「経団連は採用活動の開始時期を指針として定め、企業に横並びの採用活動を促してきた。それが新卒一括採用と表裏一体の仕組みだからだ。大勢の学生を説明会や選考の場に呼び込んで一定の質の新卒者を確保することで採用のコストも抑えられる。こうした効率的な新卒一括採用が、他社の経験のない若者を自前で育てるという日本企業の慣行の土台になってきた」と批判。そして、こう続ける。

   「グローバル化やデジタル化が進み、企業は人材を外部にも柔軟に求める必要性が高まっている。環境変化に合わせ採用活動も見直すべきだとする中西氏の考えは理にかなっている」というわけだ。 しかし、さすがに「慎重に見極めたいのは(ルール撤廃で」学生が受ける影響」として、「中西氏の問題提起を一つのきっかけとして、経団連は大学や文部科学省などと就活のあり方について議論を尽くすべきだ」という。

   日経新聞ほど「中西提案」寄りではないが、この際、就職活動のありかたを考え直すべきだとする論調も少なからずある。産経新聞社説(主張、9月6日付)は、

「一足飛びにルール撤廃へと向かう前にやるべきことは多い。新卒一括採用の見直しや、幅広い人材に門戸を広げる通年採用などの取り組みである。これを機に産業界は、大学や政府とともに、就活のあり方について、もっと議論を深めてもらいたい」

   と提言。

   毎日新聞社説「何らかの『目安』は必要だ」(9月5日付)も通年採用を勧めている。

「日本型雇用の特徴である『日本型雇用』は、新卒時にいい企業に就職できないと労働市場から締め出されるとの弊害も指摘される。諸外国のような『通年採用』にすれば、さまざまな人材にチャンスが広がるだろう。現行の就活ルールの下でも通年採用を行っている企業はあり、就活の『目安』があることとは矛盾しない」

   と、ルールを維持しても改革は行えるとの立場だ。

   この議論はどこに落ち着くのだろうか。学生をやきもきさせないためにも、できるだけ早く結論を出してほしい。(記者 福田和郎)