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IWC脱退、商業捕鯨再開に「誰がクジラ食べるの?」新聞社説が総スカン

   政府は2018年12月26日、突然、国際捕鯨委員会(IWC)を脱退し、来年(2019年)7月から商業捕鯨を再開すると発表した。

   「主張が入れられないと席を蹴るトランプ流」「在庫が余っているのに誰が鯨肉を食べるの?」と新聞社説ではオール野党の総スカン状態だ。いったい何が問題なのか、新聞社説を読み込むと――。

  • ミンククジラの刺身
    ミンククジラの刺身
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クジラの敵をクロマグロやサンマで討たれる

   J-CASTニュース会社ウォッチ編集部は、12月中旬にIWC脱退の動きが報じられてから27日付までの全国紙、主なブロック紙、捕鯨基地のある地域の地方紙...... と多くの社説を調べた。すると、捕鯨基地のある網走市・釧路市を管内に持つ北海道新聞、同じく山口県下関市をカバーするブロック紙の中国新聞を含め、ほとんどの社説が「短慮に過ぎる」(朝日新聞)、「翻意して粘り強く説得を」(産経新聞)などと批判一色だった。

   唯一、「脱退はやむを得ない選択だ」と理解を示したのは、捕鯨基地の宮城県石巻市、青森県八戸市をカバーするブロック紙の河北新報。ちなみにIWC脱退について、読売新聞は12月27日現在までに社説で取り上げていない。

   時事通信(12月27日付)によると、「決断に至る過程では、古くから捕鯨が盛んだった地域が地元の安倍晋三首相(山口県下関市)と二階俊博自民党幹事長(和歌山県太地町)の意向が大きく働いた」という。国会での突っ込んだ議論もなく、審議会などの開かれたプロセスも踏んでいない。政権のツートップが主導した不透明な経緯によって、日本がこれまで築いてきた国際協調路線が壊れてしまったことに、まず批判の矛先が向いた。

「他国の理解が得られず、納得がいかないから組織を抜けるというのであれば、環太平洋連携協定(TPP)やパリ協定を次々と離脱した米トランプ政権の手法と変わるまい。日本は自国第一主義に傾く米国をいさめる立場だったはずだ」(中国新聞)
「政府が先週(~12月21日)まで明言を避けたのは、欧州での日欧経済連携協定(EPA)承認手続きに影響しないよう配慮したことが理由ではないのか。米国などが自国優先主義に傾く中で、来年20か国・地域(G20)首脳会議の議長国となる日本は国際的な連携の維持をけん引しなければならないはずだ」(日本経済新聞)
「なぜ、このタイミングの脱退なのか。日本は、外交、経済、環境問題などでの国際協調を何よりも重視してきたはずだ。再検討の上、翻意するよう求めたい」(産経新聞)

と、政権寄りと見られがちな産経新聞まで厳しい論調だ。

   国際協調に背を向けるとどんな事態に発展するか。まず漁業の面ではこんな問題が生じると指摘する。

「クロマグロやサンマなどの水産資源保護を巡っては、日本は国際社会に協調を求める立場にある。脱退によって、そうした要請が説得力を失う心配もある。IWC脱退による損失は計り知れない」(毎日新聞)

鯨肉消費はピーク時の20分の1、在庫の山

   漁業だけでなく、産業全体にも悪影響を与えそうだ。

「日本は自分勝手だと海外の消費者のイメージが悪くなり、食品の輸出拡大に障害となることも懸念される。こうしたリスクを冒してまで、IWC脱退に大きな意味があるとは思えない」(日本経済新聞)

   そもそもIWC脱退の理由は、商業捕鯨の再開だが、各紙とも異口同音に「そんなにクジラを食べたい国民がいるのか?」と、鯨肉需要に疑問を投げかける。

「国内の鯨肉消費はピークだった1960年代の20分の1程度にとどまる。商業捕鯨を再開したとしても大規模な操業は望めない」(毎日新聞)
「鯨肉は戦後の食糧難の時代には安価で貴重な栄養源だった。ピークの1962年度には年間23万トンが消費された。最近は年5千トン前後にとどまる。調査捕鯨で得た肉を2011年に初めて入札販売した際には、4分の3が売れ残ったという。下関市などでは再開を歓迎する声が上がっている。だがやはり流通先の確保という課題への不安も根強い」(中国新聞)
「国内の鯨肉消費量は激減し、既に大量の在庫を抱えている。現状では商業捕鯨に転換することのメリットは見えづらい。政府が目指す商業捕鯨の姿も不明確だ。国民が納得できる説明を求めたい」(北海道新聞)

   商業捕鯨の再開には、ビジネスとして成り立つのかという疑問以外に、別の問題もある。結局は政府に補助金漬けにされるのでは、という心配だ。

「商業捕鯨になれば、調査捕鯨のように政府が補助金を出すことは難しくなり、(鯨肉の)市場価格がさらに上昇しかねない」(中国新聞)
「食料の選択肢が豊富になった市場で、商業捕鯨が経営として成り立つのかも検証すべきだ。商業捕鯨になれば、これまでのような補助金頼みの事業継続は許されない」(日本経済新聞)

「食文化」の沿岸捕鯨までトバッチリを

   日本には鯨食を「食文化」として育み、維持してきた沿岸捕鯨がある。小型のクジラやイルカ漁だが、今回、沿岸捕鯨が盛んな地域を地盤とする自民党国会議員らが強硬に脱退を主張する経緯があった。ところが、IWC脱退によって、この沿岸捕鯨まで危うくする本末転倒の事態も心配されている。それはこういうことだ。

「(商業捕鯨は)排他的経済水域(EEZ)ではミンククジラなどを対象にするが、クジラは国連海洋法条約で国際機関を通じた管理が義務付けられている。政府はIWCへのオブザーバー参加で、条件を満たせるという解釈だが、反捕鯨国が反発を強めて国際司法裁判所に提訴し、条約違反が認定される懸念は拭えない。国内には伝統的な沿岸小型捕鯨もある。従来捕獲してきたゴンドウクジラなどはIWCの対象外だが、同条約の規制は受ける。EEZでの捕鯨と同様、条約違反に問われる恐れも否めまい。脱退を契機にIWCの対象であるミンククジラの捕獲を始めれば、そのリスクが高まる」(毎日新聞)

   つまり、国際司法裁判所まで巻き込む反捕鯨国の猛反発が予想され、そのとばっちりを沿岸捕鯨が受けてしまうことが危惧されるのだ。

「反捕鯨団体シー・シェパードが妨害を強めてくる恐れがある。反捕鯨国の反応も出てくるはずだ。米国は近年、対日関係を意識してか、調査捕鯨への目立った非難を避けてきたが、商業捕鯨再開となれば黙ってはいまい。政府はこれらを真剣に考慮したのだろうか」(産経新聞)

   さて、こうした批判の嵐の中で、なぜ河北新報だけが理解を示したのか。社説ではこう述べている。

「IWCの総会では、反捕鯨国の感情的な反発が強く議論にならなかった。しかも重要案件の決定は出席国の『4分の3以上』という規定があり、捕鯨支持国41か国、反捕鯨国48か国と拮抗し、何も決められない状況となっていた。科学的な議論をしようにも、反捕鯨国の感情的な対応ばかりが目に付いた。脱退はやむを得ない選択ではないか」

   しかし、

「国際機関からの離脱に対し拒絶反応を示す見方も少なくない。政府の意思決定の過程が不透明で分かりにくかったのも一因だ。政府の丁寧な説明を求めたい。商業捕鯨の再開に対し、かつて捕鯨で栄えて再開を望む地域では、期待ばかりでなく、不安も広がっているからだ」

と、政府に釘を刺すことも忘れない。

   そして、商業捕鯨再開に賛意を示すもう1つの理由をこう説明する。

「(クジラの)一部の種類は増えすぎた弊害さえ判明している。クジラは食物連鎖の頂点に位置し、サンマやイワシなどの魚類を大量に捕食する。世界のクジラ類が1年間に食べる魚介類は漁業による漁獲量の3~6倍に上っているという試算がある」

たとえIWCに残っても妙案は...

   ところで、IWC脱退を批判する各紙社説は、それでは結局どうすればよかったと結論付けているのだろうか。

「戦後、日本の外交は国際協調を基調としてきた。その日本が変節したと見られる恐れもある。IWC脱退による損失は計り知れない」(毎日新聞)
「さまざまな論点が残るにもかかわらず、なぜ性急に脱退に突き進んだのか。説明が求められる」(朝日新聞)
「これまで通り内側に踏みとどまって、『伝統的食文化の重要性』を粘り強く、柔軟に訴える。捕鯨の持続可能性を維持する道は、今のところ、それしかない」(中日新聞)

と、「IWCに残っていればよかった」と主張するだけで、あまり妙案はないようだ。

(福田和郎)