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【IEEIだより】福島・双葉町レポート(その3)解体という始まり 「町の様子を五感で感じる」

   福島・双葉町の見学の目的を果たすため、JR双葉駅へと向かう通りでクルマを降り、商店街を少し歩かせていただきました。

   柱がつぶれて斜めに傾いだ家、埃の山と化したショーウィンドウ、あちこちに転がるイノシシの糞...... 雨が降りしきるなか、人気のない街並みの写真を撮りながら歩いていると、見回りをしていた現場工事担当らしき職員が飛んできました。

  • この家もまた誰かの大切な持ち物だが……
    この家もまた誰かの大切な持ち物だが……
  • この家もまた誰かの大切な持ち物だが……

斜めに傾いた家、転がるイノシシの糞......

   事情をお話しすると、

「Hさんのご案内なら大丈夫ですね。お聞きとは思いますが、作業員や個人情報の分かる場所は公開しないでください」

と、改めて念を押されました。

   この崩れた街並みは、今でもどなたかのお宅であり、プライベートな領域であること。獣の気配ばかりが残る風景に、ふとそうした大切なことを忘れてしまいそうになります。

   駅の周辺では駅舎などの建設作業が進められていました。しかし、建てることのできないものもあります。

「電気は部分的に復旧しています。でも、復旧の目途が立たないのは下水道の処理場など。ここに帰還する人数がわからないと、処理場の規模が決まらないからです」

   Hさんの言葉の端々に、先の見えない双葉の現状が垣間見えます。

   現在、帰還を希望されている元住民の方は約1割。しかし、その中でも全員が帰還できるわけではありません。

   「双葉町の復興計画」によると、現在の双葉町は、その復興の目途のあり方によって大きく4つの区域に分けられます。

(1)避難指示解除準備区域
年間の積算放射線量が20ミリシーベルト以下である地域で、将来的に住民の帰還を目指す地域。許可がなくても一時帰宅や公益目的の立ち入りができます。双葉町沿岸部のうち北側の区域がそれにあたります。
(2)特定復興再生拠点区域
町内の96%を占める帰還困難区域のうち、町の再興のために特に集中して除染やインフラ整備を行うことのできる地域。双葉駅を中心とした、約4キロメートルを1辺とする三角形をした区域です。「新市街地ゾーン」「まちなか再生ゾーン」「耕作再開モデルゾーン」などに分かれます。
(3)中間貯蔵施設建設予定地
30年間にわたり中間貯蔵施設となることが予定されている地域。福島第一原子力発電所を中心とした街の沿岸南側の地域がこれに当たります。
(4)(1)~(3)に含まれない区域
少なくとも2022年までのあいだに避難指示解除の目途が立たない地域です。山側の多くの地域がこれに当たります。

   現在ご自宅に帰ることができる可能性のある方は、(1)(2)の区域に家がある方のみです。特に(4)の区域の方は、災害以降今に至るまで、まったく先が見えない7年半を過ごしているということになります。

「帰還できるかどうかすら決まらないなか、東電の賠償金が打ち切られるのではないかなど、町民は多くの不安を抱えています」。

   Hさんが淡々と話される姿を見ながら、仕方ないと分かりながらも不条理を感じずにはいられませんでした。

「生きていくため」に必要な「解体」という作業

   「帰還」という言葉を聞いた時、当事者ではない私たちが思い浮かべるものは、懐かしいふるさとへ戻る人々の姿ではないでしょうか。しかし、この見学のあいだHさんの口から何度も語られた「帰還」という言葉は、それよりもずっと重いものでした。

「しばらくのあいだは家に片付けに来ていた人たちでも、繰り返し動物に荒らされるうち、訪れなくなった方もいます。昔の家に愛着があるからこそ、その家が荒れていくのが耐えられなかったのかもしれません」。

   Hさんの奥さんも、途中から家に帰ることをやめてしまったお一人だといいます。住民の方々にとってふるさとに帰れないことと同じくらいつらいことは、そこを「ふるさと」と思えなくなることではないでしょうか。

「子どもに『お前たちのふるさとはどこだと思う?』と聞いたんです。子どもはしばらく考えて『うーん...... 埼玉?』と答えました。双葉に住んでいた、ということは覚えてはいるんですが......」。

   では、この荒れた町を子どもに「ふるさと」と教えることができるのか。そして今避難している方々がこの土地を再びふるさととして愛することができるようになるか――。

   よそ者がこのような発言をすることは、「無礼」「不謹慎」と詰られるかもしれません。しかし福島の外でそれを問わない限り、帰還という言葉が漠然とした憧れのイメージを持ったまま、地に足のつかない未来計画ばかりが議論されることになりかねないと思います。

   では、帰還のために何が必要か――。もちろん買い物をする場所や医療機関などの生活インフラは重要です。しかしそれ以前に、生きていくために壊されなくてはならないものが、ここには確実に存在します。

   町中で進む家屋の解体作業。かつて誰かの大切な持ち物であった家がむき出しの柱や土台となっていく姿は、無残にも見えます。しかし、それは人々が血を流しながらもふるさとを取り戻すための、初めの一歩なのかもしれません。

   双葉町では、町の主要な建物を上空や中から撮影し、アーカイブ化を行う試みが続けられています。何年か後、この町がさまざまなものを壊し、再び美しい街並みを取り戻したとしても、その再興のために壊された建物の姿を、私たちは忘れてはいけないと思います。(越智小枝)

越智 小枝(おち・さえ)
1999年、東京医科歯科大学医学部卒。東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科。東京都立墨東病院での臨床経験を通じて公衆衛生に興味を持ち、2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に進学。留学決定直後に東京で東日本大震災を経験したことで災害公衆衛生に興味を持ち、相馬市の仮設健診などの活動を手伝いつつ世界保健機関(WHO)や英国のPublic Health Englandで研修を積んだ。2013年11月より相馬中央病院勤務。2017年4月より相馬中央病院非常勤医を勤めつつ東京慈恵会医科大学に勤務。
国際環境経済研究所(IEEI)http://ieei.or.jp/
2011年設立。人類共通の課題である環境と経済の両立に同じ思いを持つ幅広い分野の人たちが集まり、インターネットやイベント、地域での学校教育活動などを通じて情報を発信することや、国内外の政策などへの意見集約や提言を行うほか、自治体への協力、ひいては途上国など海外への技術移転などにも寄与する。
地球温暖化対策への羅針盤となり、人と自然の調和が取れた環境社会づくりに貢献することを目指す。理事長は、小谷勝彦氏。