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【IEEIだより】福島レポート 「オプトアウトの4条件」 災害と医学研究 災害時の情報収集と法律・ガイドライン(2-2)

   災害時の患者さんや住民の情報提供は、どのようなルールに従って行われるのか、災害時にそのルールに従うことの難しさについて解説する、「災害と医学研究」災害時の情報収集と法律・ガイドラインの2回目。

  • キャプション 住所が、氏名が…… 問われる災害時の個人情報の取り扱い(写真は、福島県富岡町周辺)
    キャプション 住所が、氏名が…… 問われる災害時の個人情報の取り扱い(写真は、福島県富岡町周辺)
  • キャプション 住所が、氏名が…… 問われる災害時の個人情報の取り扱い(写真は、福島県富岡町周辺)

災害時におけるルール遵守の困難

   オプトアウトが許されるには、具体的に以下の4つの条件をすべて満たす場合です。

・研究の実施に侵襲(軽微な侵襲を除く)を伴わないこと。
・患者さんの同意を得る手続きを省くことが、患者さんの不利益とならないこと
・患者さんの同意を取る手続きを行うと研究の実施が困難であったり、研究の価値が低くなったりしてしまうこと。
・社会的に重要性が高い研究と認められるものであること。

   どの程度を「困難」とするのか、社会的に重要性が高い研究とはどのようなものなのか。その判断は施設などに設置されている「倫理委員会」の判断に委ねられています。

   こうした条件から考えると、災害時の情報収集には、下記のような困難が起こり得ます。

(1)現場での患者同意困難

   一つ目は、災害現場では患者さんの同意を取ることが難しい、という問題です。災害という緊急時に「後でこの患者さんの情報を活用しよう」と考える余裕などないことも多いでしょう。また、被災に苦しむ患者さんにおもむろに研究の同意を求めることには、感情的に忌避感を覚える方も多いのではないでしょうか。

   さらに、同意を取るためには、「どの情報を」「なんの目的で」「誰が」使用するかにつき、詳細な説明を行う必要があります。たとえば血液検査データを使用する、という同意書を得た後で、「やっぱり住所や家族構成の情報も加えたい」などとなった場合、改めて同意を取り直さなくてはなりません。あるいは、別の研究者が同じデータを用いて別の研究をしたい、という場合にも、同意を取り直す必要があります。

   つまり、その当初被災地に入った方以外が患者同意のもとに情報を使用することは非常に困難だと言えます。

(2)研究目的か否かの判断

   それでも「医学研究目的」であり、かつ上記の4つの条件を満たせば、③「オプトアウト」での情報収集は可能です。しかしここでもいくつかの問題が生じます。特に問題となるのは、

・それは学術研究目的なのか・社会的に重要性が高い研究と認められるのか

という点です。特に「調査」という目的が強い場合や、他の自治体が「未来の災害に役立てたい」といって使用許可を求めた場合に、社会的重要性を認められるかどうかは議論が分かれるところかもしれません。ここに明確なルールはなく、その時々の倫理審査委員の判断によるものが大きいようです。

災害時は患者の「住所が変わる」可能性がある

(3)患者さんへの「通知」の問題

   じつは(3)オプトアウトの場合にもう一つ重要な問題があります。それは患者さんへの「通知」です。災害のような緊急時には、患者さんを診察するのは病院内とは限りません。あるいは避難した患者さんを病院で診ても、その後患者さんの住所が変わる可能性は高いですし、また、二度とその病院を受診されない方もいるでしょう。

   そのような場合に、たとえば病院のロビーに大きな貼り紙をする、患者さんの登録してある住所にお知らせを送る、などという方法で通知を行うことが難しくなります。また、病院ホームページへの掲載も「通知」として許容されますが、被災地にあるすべての病院がホームページを持っているわけでもありませんし、また災害時にホームページの更新ができなくなった病院もあります。

   つまり、「患者さんに拒否機会を与えた」とするオプトアウトの条件を満たすことができないのです。

   また、通知の期間も問題です。通知をしても拒否の連絡がないので論文を書いたところ、数年後に「データを撤回したい」という申し出があったとしても、実質上撤回は不可能です。

   そこで、患者さんに通知をする場合には、拒否機会を1か月などと定めて通知する場合も多いと思います。しかし、災害という混乱時には「災害の時には撤回する余裕などなかった。たとえ数年後でも撤回できるべきだ」などという意見も起き、適切な通知についてもコンセンサスを得にくい、という状況があります。

(4)匿名化の問題

   では、その情報を完全に「匿名化」してしまう②の方法はどうでしょうか。これは被災地においては一番有力な方法のように見えます。しかし前述のように、患者情報と匿名化情報の「連結表」が病院内にある限り、その情報は匿名化されていない、とみなされます。

   また、本当にその情報で個人が特定できなくなっているのか、という問題も生じます。例えばある避難所の避難者の情報が一般公開されていて、かつある年齢の患者さんが一人しかいなかった場合。氏名や生年月日を消しても、年齢がある限り「匿名化」されていないのでは、という議論が起こります。(越智小枝)

(つづく)

越智 小枝(おち・さえ)
1999年、東京医科歯科大学医学部卒。東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科。東京都立墨東病院での臨床経験を通じて公衆衛生に興味を持ち、2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に進学。留学決定直後に東京で東日本大震災を経験したことで災害公衆衛生に興味を持ち、相馬市の仮設健診などの活動を手伝いつつ世界保健機関(WHO)や英国のPublic Health Englandで研修を積んだ。2013年11月より相馬中央病院勤務。2017年4月より相馬中央病院非常勤医を勤めつつ東京慈恵会医科大学に勤務。
国際環境経済研究所(IEEI)http://ieei.or.jp/
2011年設立。人類共通の課題である環境と経済の両立に同じ思いを持つ幅広い分野の人たちが集まり、インターネットやイベント、地域での学校教育活動などを通じて情報を発信することや、国内外の政策などへの意見集約や提言を行うほか、自治体への協力、ひいては途上国など海外への技術移転などにも寄与する。
地球温暖化対策への羅針盤となり、人と自然の調和が取れた環境社会づくりに貢献することを目指す。理事長は、小谷勝彦氏。