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【日韓経済戦争】疑惑の「タマネギ男」法相任命を強行する文大統領 その「吉凶」を韓国紙で読み解く

   文在寅(ムン・ジェイン)大統領の側近で、次期法務部長官(法務大臣)に指名されているチョ・グク氏(56)が2019年9月2日、数々の疑惑について「釈明会見」を開いた。

   「会見」は日付をまたいだ翌日未明まで11時間にもおよび、その「誠実に説明する姿」に世論調査では好感度がアップするありさまだ。文大統領は3日、チョ氏を正式に法務長官に任命する意向を発表した。

   むいても、むいても、皮の中から疑惑が現れることから「タマネギ男」と呼ばれるチョ氏を抱え込んで、文大統領は大丈夫なのか! 韓国紙の分析を読み解く。

  • 11時間の「記者懇談会」で釈明するチョ・グク氏(ハンギョレ9月4日付より)
    11時間の「記者懇談会」で釈明するチョ・グク氏(ハンギョレ9月4日付より)
  • 11時間の「記者懇談会」で釈明するチョ・グク氏(ハンギョレ9月4日付より)

「記者会見」ではなく「オフ懇」で報道陣を骨抜きに

   日本のメディアのほとんどが「釈明記者会見を開いた」と報じたが、正確には「懇談会を開いた」である。

   ハンギョレや中央日報などの日本語版オンラインは、「記者懇談会」と報道している。いったい、どういうことか――。日本メディアでも、政治報道の場ではよく「オフレコ懇談会」(オフ懇)が開かれる。官房長官、首相秘書官、党幹事長ら政界の要人が番記者を集め、非公式に政策の狙いや政局の動きなどについて背景をレクチャーするのだ。

   その際、記者は相手を鋭く追及しないし、誰が何を言ったかを明かさないのがルール。「政府高官が」「党幹部によると」といったあいまいな表現で報道する。

   チョ氏の「記者懇談会」は、そんな「オフ懇」をオープンにして大々的に行なったものと考えるとわかりやすい。名称は最初から「懇談会」で、与党「共に民主党」が場を仕切った。取材ができた記者も与党担当が中心だった。

   今回の「記者懇談会」の経緯を、与党に批判的な中央日報(2019年9月3日付)「韓国法務部長官候補『申し訳ない、知らなかった、不法はない」が苦々しくこう伝える。

「チョ・グク氏は9月2日、記者懇談会という形式を借りてカメラの前に立った。この様子は全国に生中継された。当初、2日と3日の国会法制司法委員会で開くことにした人事聴聞会が証人採択問題で難しくなったことを受け、チョ氏が『聴聞会が白紙に戻った』として、記者懇談会を自ら要望して『自己弁論』に出たのだ」
「証人も、検証資料もなく、記者団を相手に本人の釈明だけを無制限に行う席だった。午後3時30分に始まった記者懇談会は午前0時をすぎて午前2時15分まで行われた。『最後に正確に100回目の質問があった』と懇談会の司会を務めたホン・イクピョ共に民主党首席報道官が伝えて終わった」

   疑惑に関する100回の質問に対し、チョ氏は「知らなかった」と50回答えた。終始余裕しゃくしゃくで、「質問者の顔が見えないので、カメラのフラッシュをたかないでほしい」などと、学生をさとす穏やかな教官のように振る舞った。事実、チョ氏は現在、ソウル大学法学部の教授なのだ。

   こうした一方的な「弁明ショー」に、文在寅政権寄りとみられている左派系のハンギョレでさえ、悔しさを隠さなかった。9月4日付の「与野党の聴聞会日程交渉が最終的に決裂すると 国会を訪れ異例の記者懇談会」で、こう伝える。

「記者懇談会は、記者らの質問にチョ氏が主導権を握って答える形であり、検証という次元で見れば限界は明確だった。資料提出要求権のない記者の質問は、すでに公開された水準で繰り返され、チョ氏は時間にとらわれず自分の釈明と反論、主張を十分に展開することができた」

   「懇談会」という多くの制約があるなか、むしろ記者たちは「11時間もよく粘った」と言うべきかもしれない。

「受験地獄大国」韓国では大学不正入学は命とり

   チョ氏の「疑惑」をざっとおさらいすると、「息子の兵役逃れ」「妻の資産隠し」「親族の企業による公共事業大量受注」など多くの疑惑の中でも、とりわけ国民の怒りを買っているのが、娘(28)の大学不正入学と奨学金の不正受給だ。

   韓国は、李氏朝鮮の科挙制度以来の極端な学歴重視社会で、「4当5落」(睡眠が4時間なら合格するが、5時間眠ると落ちる)という言葉がまだに残っている。それだけに、受験に関する不正への怒りはすさまじい。朴槿恵(パク・クネ)前大統領が疑獄事件で失脚したきっかけも、知人の子弟の大学不正入学だった。

   チョ氏の娘は高校時代に檀国(タングク)大学医科学研究所のインターンシップに参加し、約2週間、担当教授の論文の翻訳などを手伝った。ところが、その教授が発表した小児病理学の論文に第1著者として娘の名前が掲載された。そして医学論文を書いた「実績」が評価され、名門・高麗大学に推薦入試で合格した。

   野党は「2週間インターンシップに参加しただけの高校生に、医学の専門論文など書けるか!」と批判する。担当教授の息子とチョ氏の娘が高校の同級生で、母親同士も仲がよかったことも疑惑の火に油を注いだ。

   また、奨学金の不正受給は、娘が釜山(プサン)大学医学専門大学院で2回も留年したにも関わらず、6学期連続で奨学金1200ウォン(約106万円)を受領したことをさす。

   こうした疑惑にチョ氏は「記者懇談会」でなんと答えたか。先の中央日報がこう伝える。まず、大学不正入学疑惑では、

「チョ氏は『私も今見ると高校生が第1著者になっていることはおかしいと思う』としつつも、『責任教授の裁量にその多くが委ねられていた。また、自分の子どもが実験結果を英語で整理する際に大きく寄与したという判断で、そのように聞いた』と話した」

   そして、担当教授の電話番号を知らず、連絡したこともないと言い張った。釜山大学で2回も留年したのに奨学金をもらった事実の釈明はこうだ。

「チョ氏は、『娘が落第して大学を辞めようとしたので、激励のために(奨学金)を与えたというのが、担当の教授の言葉だ』と伝えた」

   さらに、記者団からは「これだけ疑惑があり、検察捜査を受けているのに、法務部長官として(検察の)改革を推進できるのか」という当然の質問が出たが、チョ氏はこう見栄を切っている。

「不可能を可能にしてみたい。法務部長官を引き受けることになれば、法務部長官以外のいかなる公職にも欲を出さない」

野党「詐欺ショーの決定版」VS大統領府「誠実に答えた」

   こうした釈明にもならない言い訳を11時間も続けたあげく、「必ず法務部長官になる」と宣言したことに韓国野党は怒り心頭だ。中央日報(9月3日付)がこう続ける。

「自由韓国党のイ・マンヒ院内報道官は『一方的な記者懇談会を国会で強行したことは、国民に対する詐欺ショーの決定版』と批判した。正しい未来党のキム・スミン院内報道官は『一方的に国会聴聞会は白紙に戻ったと宣言し、奇襲的に記者懇談会を開いて長官任命を受けるという、見たことも聞いたこともない奇怪な手続きを創り出したことには驚かざるをえない』と批判。文在寅大統領を含んだ関係者全員を権限乱用で告発すると明らかにした」

   これだけ猛反発を受けながら、文在寅大統領はチョ氏を正式に法務部長官任命を強行しようとしている。東亜日報(9月4日付)「文大統領、『チョ・グク聴聞報告書、6日まで』...帰国後任命の模様」はこう伝える。

チョ氏の法務長官任命を強行する文在寅大統領
チョ氏の法務長官任命を強行する文在寅大統領
「文在寅大統領は9月3日、法務部長官候補のチョ・グク氏に対する人事聴聞経過報告書を6日までに送付するよう国会に要請した。これにより文大統領は、聴聞会の開催および経過報告書の採択有無に関係なく、7日午前0時以降、チョ氏を任命できる」

   チョ氏の国会聴聞会は2日に予定されたが、喚問する証人の人選について与野党が折り合わず延期された。チョ氏以外に聴聞会がすんでいない長官(大臣)候補が6人もおり、文大統領は国会に「待っていられない」と時間切れを宣告したのだ。

   国会の承認を受けなくても長官は任命できる。6日までに聴聞会を開くのは事実上不可能で、チョ氏の就任は決定的だ。

「ユン・ドハン大統領国民疎通首席秘書官は記者会見を開き、『チョ氏は記者懇談会で誠実に答えた。疑惑が解消できなかった部分はない』と強調した」

   チョ氏は国民に説明責任を果たし、「みそぎ」はすんだというのだ。意外なことにチョ氏の「記者懇談会」は、国民の印象をよくする効果があったようだ。世論調査では、チョ氏の法務長官就任に賛成する国民が増えたのだ。

国民の好感度は上げたが、検察に手の内見せてしまった

   聯合ニュース(9月4日付)「文大統領側近の法相候補任命 賛成46.1%に上昇」が、こう伝える。

「韓国の世論調査会社リアルメーターが9月4日に発表した調査結果によると、チョ・グク氏の法務部長官任命について、反対するとの回答が51.5%、賛成は46.1%だった。8月30日に実施した同じ内容の調査結果(反対54.3%、賛成42.3%)と比較すると、反対意見が2.8ポイント低下し、賛成意見が3.8ポイント上昇した。特に記者懇談会を視聴したとする回答者では、賛成(53.4%)が反対(45.7%)を7.7ポイント上回った。一方、視聴していない回答者では、反対(60.0%)が賛成(35.6%)より24.4ポイント高かった」

   テレビに映るチョ氏を見て、好感度を上げた国民が多かったのだ

   ちなみに、中央日報が独自に行なった8月23日時点の世論調査では、反対60.2%、賛成27.2%だったから、国民の怒りはどんどん冷めていることになる。これは文大統領にとって「吉」と出るか「凶」と出るか――。ハンギョレ(9月4日付)「チョ法務部長官候補、疑惑解消は果たせたが...聴聞会のない任命は政権の『負担』に」が、おもしろい分析をしている。

   まず、プラス面は――。

「チョ・グク氏を危機から救い出す『太い綱』となるか、それとも足を引っ張る『失策』となるか。政界内外ではチョ氏の『夜通し記者懇談会』を巡る損得勘定が行き交った。チョ氏個人は確かに得をした。国会聴聞会であれば野党議員の怒号で釈明が途切れたはずだが、記者懇談会では自分が主導権を握って釈明を十分に行うことができたからだ。龍仁大学のチェ・チャンニョル教授は『状況がどうなっても文大統領はチョ氏を法務部長官に任命するだろうが、チョ氏が釈明を十分にしたという点は、大統領に任命の大義名分を与えた側面がある』と話した」

   一方、マイナス面はどうか――。

「検察の捜査を受ける立場としては『危険な選択』だった。検察としては、捜査対象の防衛論理を学習する機会となったからだ。検察がチョ氏の釈明を覆す物的証拠を見つければ、致命傷を受ける可能性もある。検察特捜部出身のある弁護士は『チョ氏が否定した各点は捜査計画を立てる際に参考になる。政治的にはやむを得ない記者懇談会だったが、捜査の観点からすると失策だった』と語った」

   いずれにしろ、文在寅政権は「チョ・グク リスク」を抱えたまま、さらなる荒波の航海に旅立つというわけだ。

(福田和郎)