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AI時代のサバイバル法 創造的ではない人でも創造的になれる!?

「『独創的な仕事をしろ! 創造的な仕事をやれ!』と命じられても、どうしたらよいかわからない。そんな私と同じように苦しんでいる人は、世の中に多いのではないか」

   同じ経験の持ち主である著者が、その苦しみから脱する一助になればと、刊行したのが本書「ひらめかない人のためのイノベーションの技法」だ。

「ひらめかない人のためのイノベーションの技法」(篠原信著)実務教育出版
  • イノベーションは「ひらめき」がなくても身につけられる
    イノベーションは「ひらめき」がなくても身につけられる
  • イノベーションは「ひらめき」がなくても身につけられる

センスがなくても、コツさえつかめば

   著者の篠原信(まこと)さんは、農業・農村に関する国の研究機関で研究員を務める農学博士。子どものころに、人のマネばかりする自分に気づき、以来、創造性がない不器用さに悩み続けているという。

   中学時代は「偏差値52」。大学進学では「四苦八苦の末」に3度目の受験で京都大学に合格した。「ひたすら大量に過去問に取り組み、解答を丸暗記するという、どう考えても力技としか言えない不器用さで乗り越えた」という。

   不器用な身でも創造的な仕事をする方法はないものか――。研究者となってからも、なお試行錯誤を繰り返した結果、「少しは新しいことができる自信がついてきた」。世界に先駆けて新技術を開発することができ、「独創性がある」と評価されることも増えた。

   これまでの経験でわかったことは、「センスがなくても、コツさえつかめば、才能豊かな人と似た結果を出すことは可能」ということ。そのコツのつかみ方をガイドするのが本書だ。

   豊富なエピソードを使い、どれも親しみやすいタッチとユーモアで、わかりやすい。

ソクラテス、サンデル教授に習う

   そんな親しみやすいタッチとユーモアとは対照的に、エピソードには哲学がモチーフになっているものが少なくない。著者が「あとがき」で明らかにしているが、本書の当初の企画はビジネスパーソン向け哲学紹介の本だったためだ。

   かつてのベストセラー「ソフィーの世界」に触発されたというが、「哲学は売れない」という理由で企画はボツになった。

   企画はボツになったが、その残像がところどころにあって、ビジネスと哲学には、かなりの繋がりがあることが伝わってくる。その一つは、ソクラテスの「産婆術」。ソクラテスの産婆術とは、助産に関係なく、無知の者同士が話し合っているうち、新しい知を生み出すことをいう。著者によれば、現代のビジネスの世界でいう「コーチング」だ。

   数学に素養のないソクラテスが、やはり数学の知識がない友人の召使を呼び、図形前に質問を繰り返す。召使が問われるままに答えるうちに、誰もまだ発見したことがない図形の定理を見つけるシーンが、ソクラテスの弟子、プラトンの著作に描かれている。

   ソクラテスの産婆術を現代で再現しているのが、「ハーバード白熱教室」で知られる哲学者の米ハーバード大学、マイケル・サンデル教授だ。教室で出された意見に自分の解釈を加え質問を投げかけ、その答えにさらに質問し教室全体がそれまで経験したことがないような思考の深み包まれる。

   ソクラテスや、サンデル教授は、「問い」が同じことを別の視点、角度から考えることを促し、イノベーションの触媒になり得ることを体現したのだ。

技術をカラダに染み込ませる

   イノベーションや創造性が、ビジネスシーンで一段とキーワード化した一つのきっかけは、英オックスフォード大学でAI(人工知能)などを研究しているマイケル・A・オズボーン准教授が、2013年に発表した「雇用の未来」という論文。これから到来する「AI時代」には、さまざまな場面で自動化が進み、多くの仕事で人間がやる必要がなくなるとの予測を掲げ、世界中に衝撃を与えた。

   その中で、オズボーン准教授はAI時代の人材の重要な要素として創造性を挙げたことで知られる。

   著者も断っているが、本書を読めば、直ちに創造的な人間になれるわけではない。そのゴールに着くプロセスは「自動車の運転教習に似ている」。他人の運転を見ていると簡単そうに思えるが、いざ自分で運転してみると、シフトチェンジや、ブレーキやアクセルの加減など、やってみなければわからないことが多いはず。「技術がカラダに染み込むまで、繰り返し運転して身に付けるしかない」という。

   本書で述べられているのは、「産婆術」ばかりではない。「TIPS」と名付けられたエピソードは33件。どの人にとっても、いくつかは「繰り返し運転」できるものがあるはずだ。

「ひらめかない人のためのイノベーションの技法」
篠原信著
実務教育出版
税別1500円