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社長業を継承した3代目がコロナ禍でみせた手腕 有事対応でわかった「2つ」のリーダーシップの形を使い分ける術(大関暁夫)

   従業員30人ほどの小型産業用機械製造業S社の社長Oさんは、実質的に同社事業の基礎を作り上げた技術畑の先代を、40歳代前半で引き継いた3代目です。

   10年ほど前に先代の一人娘と結婚して婿入り。それを機に勤務先の上場企業の本社総務部門を退職し、現場修行を経て3年前に副社長に。そして2020年の年明けから晴れて社長のイスに座ることになりました。

   社長就任直後の彼の悩みは、「社員が私を社長としてみてくれていないような気がする」「以前よりも、私への接し方がよそよそしく感じられる」といったものでした。彼がこれまで副社長としてどのようなことを心がけ、どのように社員の人たちと接してきたのか、まずはその点を聞いてみることにしました。

  • 社長として、どのように社員と接していけばいいのか……(写真はイメージ)
    社長として、どのように社員と接していけばいいのか……(写真はイメージ)
  • 社長として、どのように社員と接していけばいいのか……(写真はイメージ)

職人肌の社長と社員とのパイプ役で「信頼」を獲得

「うちは創業来50年以上の歴史があり、長く勤めている社員も多いので、よそ者の私がいきなり会社の幹部として入社することに、ものすごく気を遣いました。大学は理系ではありましたが機械工学的な分野は素人だったので、まずはしっかり勉強して皆さんと対等な話ができるようにと心がけました。
副社長になってからは、職人肌の社長が社員とのコミュニケーションが少なかったので自分が率先して毎日社員一人ひとりと話をして、悩みや社長に言いにくいことなどを仲介役としてトップに伝え、皆が働きやすいように社内を円滑に回していくことに注力してきました。そのせいか、社員からの信頼感が日に日に増していくのを、肌で感じていました」

   Oさんが副社長時代に心がけてきたやり方は、サーバントリーダーシップといわれる「支援型リーダーシップ」スタイルとして近年注目を集めているあり方に近いです。

   要するに、あれこれ口うるさく指示・命令を出したり、時に叱咤したり、やや高圧的な指導をしたりという、ワンマン社長の代名詞とも言える「支配型リーダーシップ」とは好対照なスタイルといえます。

   これまで社長が気にかけてくれなかった、社員の悩みや考えを積極的に聞いてあげることで、副社長の存在がうまく機能していたのは間違いないようでした。

社長あっての「副社長」として有効だった

   ところが、Oさんが社長に就任して2~3か月経つ中で、社員がまだ新リーダー体制に慣れていないのか、あるいは副社長時代のイメージから抜けきらないのか、「社長としてみてくれていない」という状態が起きてきてしまったようなのです。

   先代はといえば、会長職にはあるものの70代後半という年齢と、体調も万全ではないという事情もあって、実権はすっかりOさんに譲り、出社日数も減って、社員にとって技術的な拠り所ではあり続けながらも経営者としての存在感はほとんどなくなっている、とのことでした。

   すなわち、新社長の管理に横ヤリを入れる者がいないので、新体制固めを邪魔するものはないはずなのですが......。これは、もしや先代がワンマン社長で存在感が強すぎたのかとも考えましたが、聞けばまったくの職人的技術者とのことなので、表面上は強いリーダーシップを持ったトップというわけではなさそうです。

   ただ、技術に関しては社員たちからの圧倒的な信頼感があり、それによって地位と求心力を確立していたという感はうかがい知れました。

   Oさんのコミュニケーション重視のやり方は、職人肌でコミュニケーション下手の社長を補完する意味ではS社にとってかなり有効だったとは言えます。言ってみれば、あくまで社長が存在する前提でのナンバーツー副社長としての求心力が得られていたということだったのでしょう。

   トップとナンバーツーでは、一般的にリーダーシップのあり方が異なります。「支援型リーダーシップ」が悪いわけではありませんが、それ一辺倒ではトップとして物足りなさは否定できないのです。

   なので、O社長には徐々にそのあたりを変えていってもらおうと思ったわけですが、そんな矢先に新型コロナ危機が勃発しました。

   平時がいきなり有事に。感染防止に向けた社内ルールをどう決めるか、テレワーク導入をどう進めるか、勤務体制をどう組むのか、相手と面談できない状況下で営業体制はどうするのか......。山盛りの対処事項を前にして、どうなることかと思いきや、Oさんの過去の経験が思わぬ力を発揮しました。

「災い転じて......」新社長がとった有事対応とは?

   Oさんには大企業の総務時代、業務プロセス作りの経験があったのです。そこで彼は今回、手際よく有事に必要な対応業務のプロセスを決め、まず全体方針を社内に開示。そのうえでチーム分けを実施し、チーム別作業の稼働やテレワーク導入に向けた準備を進め、社内体制とルールを構築、パーテションなどの物理的な感染予防の対策を講じ、コロナ対応営業体制の徹底を図ったのです。あらゆる有事対応策を手際よく決定し指示を出し、他社に先駆ける形でスムーズに有事体制への移行を実現したのです。

   現在もS社は、この新社長がリードして構築した体制下で、長期化が予想される「ウィズコロナ」期に粛々と立ち向かっています。結果、業績も大きな落ち込みもなく、至って順調に推移しています。そしてO社長にとって、何よりの大きな成果がありました。

「コロナは我々にとっても大変脅威であり、ありがたくない存在ですが、じつは今回のコロナ対策検討を通じて社員の私を見る目が変わってきたというか、以前にはなかった信頼感をもって皆が付いてきてくれているという実感が持てるようになりました。火事場のバカ力が功を奏したような、そんな気分ですね」

   O社長は、そう言って嬉しそうに笑いました。

   どうしたら自分にもっと求心力が得られるかと悩んでいたO社長。突然襲ったコロナ危機という有事の中で、社長自らが自信をもって社員をリードしたことで道が拓けました。

   これまでは「支援型リーダーシップ」一辺倒で、ややもすると心許ないイメージだったのが、「支配型リーダーシップ」が有事と相まって思わぬ形で発揮され、好結果につながったといえます。

   O社長は、自分に欠けていた、もう一つのリーダーシップを思いがけず手に入れたわけですが、これからはこの2つのリーダーシップを上手に使い分けることで、先代以上に求心力の強い経営者になれるだろうと確信した次第です。(大関暁夫)