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齋藤道三は「商才」もスゴかった! 現代に通じる「商売」「折衝」「管理」「育成」の極意(大関暁夫)

   今年(2020年)のNHKの大河ドラマは、織田信長直下の謀反の家臣として有名な明智光秀を取り上げた「麒麟がくる」です。

   古くは「太閤記」「天と地と」「国盗り物語」、史上最高視聴率を記録した「独眼竜政宗」、最近では「軍師官兵衛」など、戦国武将を取り上げると高視聴率が稼げると言われている大河ドラマ。意表を突いて近代のオリンピック物語を扱った昨年の「いだてん」の大コケ後ということもあって注目された今年ですが、戦国モノの強さゆえか、前半戦はまずまず好評であったと聞いています(現在は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で放送休止中)。

  • 美濃国を治めた下剋上の武将、齋藤道三の居城だった稲葉山(岐阜)城
    美濃国を治めた下剋上の武将、齋藤道三の居城だった稲葉山(岐阜)城
  • 美濃国を治めた下剋上の武将、齋藤道三の居城だった稲葉山(岐阜)城

「国盗り物語」に見るリーダーとしての資質

   戦国モノ人気の裏には、経営者層をはじめとした年配者の根強い支持があります。経営のヒントを歴史的先人に学ぶ、という観点もあるのでしょう。かくいう、日頃から企業経営に関わる私もその一人。今回、劇中で個人的に注目している武将は、光秀の若年期の主で大きな影響を受けたといわれる斎藤道三です。道三といえば、戦国は下克上の武将として、その生涯を取り上げた「国盗り物語」を中学時代に観て、無骨な人となりに魅力を感じ原作を手にしてはみたものの、人の世の機微など中学生には難解で消化不良だったという記憶がありました。

   そこで今回「自粛生活の友」として、40数年ぶりに「国盗り物語」を読み返してみました。

   改めて読んで感じ入ったのは、ダイナミックな戦国の国盗りストーリー以上に、道三のリーダーとしての驚くべき資質の高さでした。中学時代にはなんとも思うことなく読み過ごしていたであろう処々に記された道三の振る舞い描写からは、社会を知り、組織管理、人事管理に関わる仕事を経験した今だからこそわかる、教養を身に付け相手の心を汲んで自ら動くことで信頼を勝ち得て、着実に下克上を成し得た理由が読み取れます。

   道三が一介の油商人から身を興したことは世に広く知られていますが、この物語の序章では下賤階級に生まれた道三が、京都の名門油商に入婿として取り入り、店を目覚しいまでに発展させ、遂には乗っ取ってしまう様を取り上げています。

   戦略家としての才ばかりでなく、その商才にも驚くべきものであり、単なる戦国武将とはひと味もふた味も違った、異彩を放つ人柄がここには描かれているのです。その部分を少し抜き出してみます。

『商人というものは、永楽銭一文の客にも、おなじようないんぎんさをもってせよ』と手代以下に説いた。
(中略)なんと庄九郎(道三の本名→筆者注)は、奈良屋の主人のくせに、店の売り子にまじり、そういう振り売りの行商までした。
『おん油ぁ、おん油ぁ』と売って回る。
つらい仕事だ。だてや酔興でできるものではないのである。
(中略)『なにもそこまでなさらなくても』とお万阿(道三の妻で油屋の主人→筆者注)はうれしいながらも庄九郎が気の毒になってしまった。
『いや、商人の見習いは振り売りからじゃ。これがわからなければ、大商いもできぬ』と庄九郎はいった。
(新潮文庫「国盗り物語(一)/司馬遼太郎」より)

齋藤道三は「恐るべき指導者」だった

   まずは基本に忠実なその考え方が奮っています。前記の冒頭と末尾にある言葉に、時代を問わぬ商いの基本が語られています。

   売り上げの大小で客あしらいを変えてはならないという商売思想、上に立つ者といえども自らが商売の最前線を経験しなければ大きな商いの指示などできないという行動姿勢は、顧客を惹きつけ使用人たちの信頼感を得ることの大切さを知ればこその言葉であり、室町時代の商売経験のない道三がそれを知って語っていたとは恐るべき指導者であると思わされます。

   さらに驚くべくはこのあとのくだり。道三は自ら油売りをする中で使用人たちが一滴残しで貯めた油を自分の商売にしている悪事を見つけ、それを禁じます。その際にしたことがふたつあり、ひとつは客自身に油の計量をしてもらい、公明正大な業務姿勢を顧客に表明し店の信頼感を高めたこと。今ひとつは、使用人たちに一滴残しでこっそり稼いでいた油と同量の油を日々くれてやることで、彼らの身入りの足しを店がつくってやりモチベーションを上げ、忠誠心を強くさせたのだといいます。

   美濃の守護・土岐氏に取り立てられ、国主の代行を任された折にも、長良川の大決壊で被害を受けた農民には年貢をすべて免除したり、冷害の際には通常5公5民の年貢を2公8民にしたりと、農民の立場に立った配慮ある領主ぶりを実行しています。

   また、百姓であろうとも有能な者とみれば士分を与える、規律破りの人材登用もしたといいます。そんな下層民を思う姿勢は広く浸透し、百姓からは「斎藤様」ではなく仏門名で「道三様」と呼んで神的に崇められ、いざ戦(いくさ)の陣貝が鳴れば、この百姓たちが我先に馳せ参じ足軽として働いてくれたのも、道三の日常的な配慮あればこそだったのでしょう。

   このような「国盗り物語」に書かれたことが、すべて史実にそったものではないかもしれませんし、一部は作者の司馬遼太郎の創作でもあるのかもしれません。しかし、客の立場で考え、時には使用人の立場で考え、一国を収める立場になれば農民の立場で考える、本書に記された、常に相手の立場に立ちどうしたら皆の信頼を得られる主人や領主になれるのかと腐心する姿は、今の経営者、管理者たちにも見習うべき点は多いのではないでしょうか。

   「国盗り物語」に描かれた斎藤道三の振る舞いには、商売、折衝、管理、育成などに及ぶ、多くの学びがあります。テレワークが定着に向かい、自宅で過ごす時間が増える今日この頃、息抜きを兼ねて同書から斎藤道三の戦略家哲学、指導者哲学を学んでみるのも一興かと思います。(大関暁夫)