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ポスト安倍に急浮上した菅官房長官の「スガノミクス」に期待できるか? 経済シンクタンクの予測を読み解くと――(1)

   7年8か月の長期政権を続けた安倍晋三首相が退陣する。後任には菅義偉官房長官が本命に浮上した。

   最後の2、3年は安倍首相本人も失敗を認めたのか、「アベノミクス」と言わなくなったが、早くも「スガノミクス」という言葉が登場している。

   それだけ次期政権の景気対策の期待が高いということだろうか。国内の主要な経済シンクタンクが緊急に発表したリポートから今後の日本経済を予測すると――。

  • 次期総理の本命に浮上した菅義偉官房長官(2017年5月撮影)
    次期総理の本命に浮上した菅義偉官房長官(2017年5月撮影)
  • 次期総理の本命に浮上した菅義偉官房長官(2017年5月撮影)

海外投資家は5年前から「アベノミクス」を見限っていた

   次期政権の経済政策を論じるうえで欠かせないのは、安倍晋三政権が行ってきた「アベノミクス」に対する評価だが、かなり厳しく断じているのは、りそなアセットマネジメントが2020年8月31日に発表したリポート「安倍首相辞任と今後のマーケットへの影響について」である。

   まず、安倍首相が辞任しても、マーケット(日本株)への影響はほとんどなく限定的だという。その理由として、「売買シェア7割超を占める海外投資家は、とっくに安倍政権の成長戦略に対して失望し、日本株は売り越しに転じており、期待剥落の売りは既に一巡している」というのだ。次のように説明する。

「2012年12月の第2次安倍政権発足時には9000円台だった日経平均株価は、2015年4月には15年ぶりに2万円の大台を回復した。『アベノミクス』による日本経済再生が期待され、海外投資家による日本株買い越し額は2015 年央には累計23兆円規模にまで膨らんだ。ただ、その後は換金売りが次第に増加し、売り越しに転じた=図表参照。 海外投資家が売り越しに転じた背景には、アベノミクスの第3の矢『成長戦略』が期待通りに進まなかったことが理由に挙げられる。とりわけ市場で関心が高まった『雇用形態の柔軟化』など労働生産性の向上を目指した政策が十分に進まなかった点が大きな失望に繋がった」
(図表)アベノミクスへの失望により、すでに2015年5月に海外投資家の累積買い越し額はピークを越えていた(りそなアセットマネジメント作成のグラフ)
(図表)アベノミクスへの失望により、すでに2015年5月に海外投資家の累積買い越し額はピークを越えていた(りそなアセットマネジメント作成のグラフ)

   りそなアセットマネジメントのリポートは、次期政権の大きな課題は、安倍政権が果たせなかったこの成長戦略、労働生産性を引き上げる経済構造改革だと、次のように強調する。

「7年8か月の長期政権を振り返り、市場参加者が最も物足りなさを感じるのは経済構造改革。その中の一つが『生産性の向上』だ。生産性の向上は成長戦略の柱に掲げられながら、2018 年の日本の一人当たり労働生産性(就業者1人当たりの付加価値)はOECD 加盟36か国中21位で、2012年から一度も順位が上がっていない。骨太方針では、時間当たり労働生産性の低さに焦点が当てられ、働き方改革に軸足が移ったが、根本的な問題は、当初の成長戦略に掲げられていた付加価値の低い産業(企業)から高い産業(企業)への『産業の新陳代謝』が進まなかった点にある」

   アベノミクスで未完に終わった構造改革が、次期政権下で強力に推進されることを期待したいと結んでいる。

日銀は「決して明言しないが」金融緩和策の失敗を認めている

   次期政権に、アベノミクスのもとで急速に進んだ日本銀行の金融緩和策の是正を強く求めるのは、野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。8月31日付のリポート「安倍首相辞任で金融政策は変わるか」の中で、「積極金融緩和はさまざまな点で大きな弊害を残した」と強調し、次のように説明している。

「安倍政権は当初、日本銀行の異例の積極金融緩和策を、デフレ克服のために用いる最大の武器、と位置付けた。しかし、積極緩和策は当初に期待した効果を発揮することはなかった。反面、大きな副作用、潜在的なリスクを累積することになった。それは、金融機関の収益環境悪化、金融市場の機能低下、財政規律の緩み、日本銀行の財務悪化を通じた独立性低下のリスクなどだ。これは巨額の政府債務と並んで、大きな『負の遺産』となった」

   木内登英氏は、安倍首相の辞任が、日本銀行の金融政策を正常に転換する大きなチャンスだと強調する。実は、日本銀行は「決して明言することはないが」異例の金融緩和策は効果がなかったことを認め、すでに政策の転換を図ってきたというのだ。こう語る。

「日本銀行が政策効果に期待して、いわば『攻めの政策』を実施したのは、2016年1月に発表したマイナス金利政策までと筆者は考える。マイナス金利政策に対する金融市場や国民の悪い反応などを受け、その後日本銀行は、異例の金融政策がもたらすリスクを管理・軽減していく政策、『守りの政策』に転換していった。金融機関の収益を損ねる長期・超長期の金利低下に歯止めをかけ、また流動性低下のリスクが高まっていた国債の買入れ額を減らすことに主眼が置かれていた、と考えられる」

   ただし、日本銀行は明確に正常化策に舵を切れないのには3つの理由があったという。第1は、政策の失敗を認めることで日本銀行の信頼を損ねたくないこと。第2は、日本銀行が正常化方向に金融政策を転換したと市場が受け止めた際に生じ得る、急速な円高進行のリスクを警戒してのこと。そして第3が、安倍首相の大きな存在感だった。

   安倍首相は、「考えを同じくする人」として財務省出身の黒田東彦氏を日本銀行総裁に選んだ人だ。金融政策の転換がアベノミクスの失敗であるとして安倍首相が批判にさらされる可能性に、日本銀行は最大限に配慮することを強いられてきたのではないか。だから、安倍首相の辞任は事実上の正常化をさらに進めることを助けるのではないかというわけだ。

   そして、木内登英氏はこう結んでいる。

「安倍首相の辞任によって、日本銀行は次期総裁が日本銀行出身者から選ばれることを期待していることだろう。安倍首相の辞任は、多少長い目で見れば、日本銀行が金融政策を修正し、また、その自主性や政策の自由度を取り戻していく大きなきっかけになり得る、と言えるのではないか」

(福田和郎)