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カラ売り専業ファンドが進出したら、日本企業はどうなる?

   外国系ファンドの名前が、日本市場でもしばしば取沙汰されるようになったが、「カラ売り専業ファンド」を聞いたことがあるだろうか?

   本書「カラ売り屋、日本上陸」は、米系「カラ売り専業ファンド」と、脛に傷をもつ日本企業との攻防を描いた小説だ。経済小説家の黒木亮氏の作家デビュー20周年記念作品。

「カラ売り屋、日本上陸」(黒木亮著)角川書店
  • 米系カラ売り専業ファンドが日本でひと儲けを企む……
    米系カラ売り専業ファンドが日本でひと儲けを企む……
  • 米系カラ売り専業ファンドが日本でひと儲けを企む……

カラ売りして利益上げるスキーム

   米ニューヨークのカラ売り専業ファンド、パンゲア&カンパニーが東京事務所を開設した。パートナーの北川靖は元キャリア官僚。もう一人のパートナー、ジム・ホッジスとは米国の一流経営大学院のクラスメートだった。

   異様な量的緩和で株高が続く日本市場に上陸。徹底した財務分析で粉飾企業を次々に追い詰める。ターゲットになったのは、病院買収にまい進する巨大医療グループ、架空売り上げの疑いのあるシロアリ駆除会社、タックスヘイブンを悪用して高額な美術品取引を行う総合商社絵画部。3者との戦いがそれぞれ1章ずつ描かれている。

   カラ売り専業ファンドを、こう説明する。日本ではあまり聞かないが、米国には結構あるという設定だ。

「企業の株をカラ売りして、その企業の問題点をレポートで発表し、株価が下がったところで買い戻して利益を上げる連中のようです」

   そのスキームはこうだ。

「株をカラ売りするときは、その株を持っている機関投資家などから借り、市場で売る。値段が下がったら市場で株を買って、貸し手に返却する。売った値段と買い戻した値段の差額から借株料や売買手数料などの経費を差し引いた残りが利益になる。借株料は年率0.4~1%で、それほど高額ではなく、重要なのはどれだけ値下がりするかだ」

   企業の悪い材料を見つけ出し、攻撃すると聞くと、かつての「総会屋」を連想する人もいるかもしれない。しかし、カラ売り専業ファンドはあくまで合法的に活動を行う。ただし、訴訟沙汰も辞さない。

株価上昇する「踏み上げ」とは?

   巨大医療グループ・東堂メディカルと闘ったケースでは、和文と英文で、こんな見出しの長文レポートをネットに発表する。

「強力売り推奨! 東堂メディカル、国立病院に不当価格で医療機器販売か!?」

   記事の発表で、株価は2800円台からいったん1700円台まで落ちたが、その後1900円台まで盛り返した。パンゲアは2860円で40万株をカラ売りしたので、約3億6000万円の含み益を出した。

   しかし、翌日、東堂メディカル株はストップ高となり、一気に2300円台に高騰した。公的年金の積立金の運用を行っているJPIF(日本公的年金運用基金)が、大量の買い注文を入れたためだった(注、年金積立金管理運用独立行政法人=GPIFをフィクション化したもの)。

   JPIF のCIO(最高投資責任者)の女性から北川に電話がかかってくる。

「あなたがたは、あんな憶測まみれのレポートを出して、市場を混乱させて、金儲けしようなんて、もはや犯罪ですよ! 金商法(金融商品取引法)違反ですよ!」

   市場ではJPIFに追随する投資家も増え、東堂メディカルの株価は3000円近くまで上昇し、2860円でカラ売りしたパンゲアは含み損を抱えた。

   さらに株価は3850円に急上昇。信用売り(カラ売り)の残高を示す水色の棒グラフが、急激に短くなった。「踏み上げ」が起きているのだった。

   株価上昇局面でカラ売りのポジションを解消するには、株を高値で市場から買い戻さなくてはならず、それがさらなる株価上昇を招く。カラ売り屋が最も恐れる「踏み上げ」という現象が起きていた。

   4000円を突破したが、カラ売りのポジションを維持し、闘い続ける北川らは、東堂メディカルに関する、ある情報を入手する......。

株価操作、タックス・ヘイブンの疑惑

   「シロアリ屋」では、ワンマン社長がブラック営業を指揮するシロアリ駆除会社による株価操作、「商社絵画部」では、タックス・ヘイブンを悪用した高額な美術品取引を指摘して、カラ売りをするが、いずれも「踏み上げ」が起こり、そのつど窮地に陥るパンゲア。ネタバレになるので、どのようにして闘うかは、本書を読んでいただきたい。

   3つの物語の中では、「商社絵画部」の読み応えが抜群だ。タックス・ヘイブンにかかわるパナマ文書の暴露、英国のEU(欧州連合)離脱、国際オークション市場などのトピックスを盛り込みながら、世界の株式市場の動きに連動して、ストーリーが展開する。

   実際に「カラ売り専業ファンド」が日本に進出したら、どうなるだろう?

   企業活動は透明性を増すのか。そんな期待を持つ人も少なくないだろう。

   巻末には、12ページにわたり、金融・経済・法律用語集が付いている。本文を読み終えてから、この部分に当たると、かなりの部分が頭の中に入っていることに驚くだろう。本文でじつに手際よく、それらの用語が説明されているからだ。

   黒木亮氏は1957年北海道生まれ。早稲田大学法学部卒。カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。都市銀行、証券会社、総合商社を経て2000年、大型シンジケートローンを巡る攻防を描いた「トップ・レフト」で作家デビュー。著書に「巨大投資銀行」「カラ売り屋」「排出権商人」「ザ・原発所長」「アパレル興亡」など多数。英国在住。

「カラ売り屋、日本上陸」
黒木亮著
角川書店
1800円(税別)