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「コロナを抑えるには罰、罰、罰だ!」時短拒否で50万円、入院拒めば前科が付くってアリ?(2)

「何が何でもコロナの感染拡大を抑える。それには罰、罰、罰だ!」

   とばかりに、菅義偉政権は2021年1月18日、罰則の導入を柱にした新型コロナウイルス特別措置法と感染症法の改正案をまとめた。

   営業時間の短縮要請に応じない飲食店には50万円の過料、入院を拒否した感染者は100万円の罰金で前科が付く、協力を拒んだ民間病院は名前を公表......。

   ビシ!ビシ!ビシ!を叩くムチの音が聞こえてきそうな内容だ。もともと罰則には及び腰だったという菅首相だが、いったいどうしたのか?

  • 最前線で闘っている看護師
    最前線で闘っている看護師
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保健所長「入院したくても入院できない人が多いのに」

   現場の医療関係者からも罰則に否定的な声が――。東京都の八王子市保健所の渡辺洋子所長は、朝日新聞(1月19日付)の取材に、東京都では入院先が見つからないなどの理由で自宅療養をしている感染者が9442人(1月18日現在)もいることを踏まえて、こう語った。

「いまは入院したくても入院できない、そういう状況のほうが多いのが実情。『あなたはホテルに入ったほうがいい』と言って、いやだと言う方は今のところはいらっしゃいません」

   東京都内の別の区の保健所長も、同紙にこう語ったのだった。

「1月17日から一昼夜ぶっ通しで入院先探しを続けました。まずは医療資源を増加させることが先。それをせずに国民の理解が得られますか」

   ところで、感染症の改正案では民間の医療機関などに対して、協力を拒んだ場合、名前を公表するという罰則も盛り込まれた。これはどういうわけか――。

   現在、「医療崩壊」が叫ばれているが、じつは日本は欧米に比べてケタ違いに少ない患者数なのに対し、「ベッド大国」と言われるほど病床数が多いのだ。それでも、感染者の入院先が見つからないのは、民間病院が協力しないからだ、という思いが政府にある。

   朝日新聞(1月16日付)「病床確保、民間に迫る 患者受け入れに偏り 公立病院では58%、民間は17%」が不可思議な実態をこう報じる。

「新型コロナの感染者は米国で2300万人を超え、英国320万人、フランス、イタリア、スペインは200万人を超す。日本は急増しているとは30万人と桁違いに少ない。一方、日本は『ベッド大国』といわれ、経済協力開発機構(OECD)の調査によると、人口千人あたりのベッド数は日本が13で最多。米国の2.9、英国の2.5の4~5倍だ。それなのに『入院が必要な患者が入院できない』と病床の逼迫が叫ばれるのはなぜなのか」

   公立病院が多い欧米に比べ、日本は民間病院が多い。しかも中小が大半で、病床数は多いものの、集中治療室(ICU)などでコロナ患者を治療する医療スタッフが少なく、分散している。昨年(2020年)11月末時点で、コロナ患者を受け入れた実績があるのは、公立病院が58%、日本赤十字など公的な病院が75%、しかし民間病院は17%にとどまった。また、「風評被害」などを恐れて、コロナ患者の受け入れを拒否するケースも多いという。朝日新聞はこう続ける。

「コロナ患者の受け入れると、感染防御のために1人の患者のケアに必要な看護師が通常より多くなる。感染が怖い、差別を受けるといった理由で離職するスタッフもいる。ほかの診療ができなくなり減収につながると、敬遠する施設も少なくない」

というわけだ。

「ベッド大国」日本医療の「不都合な真実」とは

日本の病院は「ベッド大国」といわれるが
日本の病院は「ベッド大国」といわれるが

   さらに構造的な問題があると指摘するのは、医師で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏だ。「文藝春秋」(2021年2月号)の「医療資源世界一 日本だけなぜ医療崩壊が起きる」が、日本医療の「不都合な真実」をこう書いている。

「日本の医療制度に欠けているのは、病床数でも、医師数でも、看護師数でもない。臨機応変に対応する『機動性』である」

   機動性には「縦の機動性」と「横の機動性」があり、たとえば「縦の機動性」ならスゥーデンではICU病床数を、感染者の増減に合わせて臨時に増やしたり、減らしたりした。これは当然だ。感染症とはドッと押し寄せて、ドッと引いていくものだからだ。ドイツ、アメリカでもコロナ対策病床を随時増減させた。

「感染者が大幅に増加すれば、緊急ではない手術を延期し、ICUや看護師等の医療資源をコロナ病床に配置。波が落ち着けば元に戻す。一方、日本ではまったく対応できなかった。コロナ病床全体もゆっくり増えていくだけで、機敏に減らすことができなかった。これほど硬直した医療体制では、ドッときてサッと引くパンデミックに対応できるはずがない」

   「横の機動性」はどうか。これは医療スタッフや患者を臨機応変に「横」、つまりほかの医療機関に移動させることだ。たとえば昨年12月、旭川市が医療崩壊だといわれた。患者の少ない北海道各地から旭川に医療スタッフを回せば、すべて解決できた。さらに、近隣の県を見ると秋田県に余裕があった。秋田県に患者を搬送すればよかったのだ。しかし、横の連携ができない事情が日本医療にある。それは、民間病院同士の競争原理が災いしていると、森田氏は指摘する。

「日本の病院は8割が民間病院である。しかも機動性が低い中小病院が多い。それらの病院のほぼすべてが『満床』を目指して経営されている。国の医療費抑制方針から、診療報酬が低く抑えられているので、満床にして患者数を稼がないと経営を維持できない。ビジネスの世界でいう『薄利多売』の世界観が染みついているのだ。満床にするため、病院は患者獲得競争に奔走する。こうして地域の病院間は患者獲得のライバル関係になる。それに常に満床、もしくはそれに近い状態だから、動きようがないのが現実だ」

   たしかに、これでは地域の医療機関が機敏に連携し合う「横の機動性」など望むべくもないだろう。そもそも国や地方自治体は民間病院に対し、

「2週間でワンフロアすべてをコロナ病棟に転換しなさい」
「隣の県で看護師が不足しているから看護師20人を派遣しなさい」

などと、直接命令を下すことはできない。

   だからこそ政府は、こうした構造的な問題を避け、単刀直入に協力を拒む民間病院に対し、感染症改正案で「名前を公表する」という脅しをかけようというわけなのだ。

   森田氏は記事の最後をこう結んでいる。

「最前線の現場スタッフの疲弊に感謝のメッセージを贈ることも大切だろう。彼らが本当に求めているのは、感謝のメッセージでも、表面的な法整備でも、場当たり的な対策でもない。真に国民の命を守ることができる、誰かの犠牲で成り立つのではない無理のない医療システムだ」

(福田和郎)