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毎月18円、私たちは東京電力のツケを払わされている!【震災10年 いま再び電力を問う】

   東日本大震災の被害を大きくしたのは、津波とそれによる東京電力福島第一原子力発電所の事故である。原発の安全神話は崩れ、今も避難を余儀なくされている人たちがいる。また廃炉への道筋も見えていない。

   本書「原発時代の終焉」は、朝日新聞で原発、電力・エネルギーを担当してきた記者が、事故からの10年を振り返るとともに、多くの専門家への取材から「日本の原発時代は終焉の時を迎えようとしている」と結論づけた本である。

「原発時代の終焉」(小森敦司著)緑風出版
  • 道路はあちらこちらで進入禁止になった(写真は、福島県いわき市周辺・2011年)
    道路はあちらこちらで進入禁止になった(写真は、福島県いわき市周辺・2011年)
  • 道路はあちらこちらで進入禁止になった(写真は、福島県いわき市周辺・2011年)

菅元首相が語った「神の御加護」

   著者の小森敦司さんは、1987年に朝日新聞社入社。経済部記者として東京電力や通商産業省(現・経済産業省)を担当。福島原発事故の後は、「この国と原子力」など多くの連載を執筆してきた。著書に「資源争奪戦を超えて」(かもがわ出版)、「日本はなぜ脱原発できないのか」(平凡社新書)など。

   本書は連載記事や朝日新聞デジタルに書いてきた記事を、再構成し、加筆したものだが、日本の原子力をめぐる構造、原発事故の責任、原発ゼロへの動き、日本の電力の将来など、包括的に原発を論じた内容になっている。

   内容が多岐にわたるので、印象に残った点をいくつか紹介したい。原発事故当時の首相、菅直人は、2012年に出版された「東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと」(幻冬舎新書)の中で、「破滅を免れることができたのは、幸運な偶然が重なった...... 神の御加護があったのだ」と書いている。

   その真意を訊ねようと、小森さんは2016年4月にインタビューした。記事はデジタル版のみに載ったので、あまり知られていないが、戦慄すべき内容だ。  菅氏は当時の原子力委員長の近藤駿介氏に避難地域のシミュレーションを依頼した。3月25日に届いた報告書は、最悪のケースを想定したシナリオの場合、避難対象は東京都を含む半径250キロに及ぶというものだった。菅氏は、こう語っている。

「福島には計10基の原子炉がある。もし、すべて制御できなくなったら、チェルノブイリの何十倍もの放射性物質が放出される。東京まで来たらどうするかと考えた。しかし口に出せない。対策がないのに言えば、それこそ大事です」
「居住する約5000万人が避難するとなると地獄絵です」

   当時、アメリカなど欧米各国は日本にいた自国民を海外に避難させた。また一部の日本国民も首都圏から関西や九州に避難した。彼らは最悪のシナリオを知っていたのだろうか?

   現実には、2号機の格納容器の圧力がなぜか急低下、4号機の使用済み燃料プールに奇跡的に水があったという「偶然」が重なり、最悪の結果は避けられた。

   菅氏は「正直、あの時は『神の御加護』だと思ったのです」

大震災の8日前に津波対策の会合があった

   小森さんは津波対策について、いろいろな角度から情報公開請求を行った。そうして入手した資料から防災行政当局と電力業界の「なれ合い」の関係を示唆するものが出てきたという。

   原発事故直前に文科省の防災研究担当者と東京電力社員らがメールを交わしていた。東電の社員は、平安時代に東北地方を襲った貞観津波に対する国の評価に絡んで、福島の原発への影響を懸念する記述が残されていた。

   3月中旬に三陸沖~房総沖の長期評価(第二版)が公表されるため、事前に内々にその内容を電力会社側に説明したいとしたうえで、こう書いている。

「なお、東北電力さんは施設の標高が高くあまり影響がないようです。原電の東海さんのほうが影響が大きいようですが いずれにしましても最も影響が大きいのは東電の模様です」

   3月3日、文科省で関係者が集まり、非公開の会合が開かれた。東京電力は以下の2点を要望した。

「貞観地震の震源はまだ特定できてない、と読めるようにして頂きたい」
「貞観地震が繰り返し発生しているようにも読めるので、表現を工夫して頂きたい」

   小森さんは、会合後に対策をしても間に合わなかっただろうが、東電が貞観津波の評価に神経を尖らせていたことがうかがえ、「なぜ国は対策を強く指示できなかったのだろう」と書いている。

原発は野垂れ死にする

   さまざまな分野の専門家にインタビューしている。原発の限界、再生可能エネルギーへの転換を訴える点でほぼ共通している。その中で、関西電力の金品授受問題によって、「原発推進のキーマン」を失ったという橘川武郎・国際大学教授の指摘が印象に残った。橘川さんはエネルギー政策に詳しく、脱炭素のために原発は必要だという立場だ。

   しかし、関電だけでなく、日本全体の原発推進のキーマンだった関電の豊松秀己・元副社長が1億円超の金品を受け取っていたことが分かり、辞任。原発のリプレース(建て替え)をリードする民間側の担い手がいなくなってしまったという。

   関電の問題の影響は大きく、国はリプレースを言い出せない状況にある、と見ている。

「このままでは、原発は野垂れ死にすることになる、というのが私の見方です」

   政府は2016年12月、賠償や廃炉など原発事故の対応費用が11兆円から21.5兆円に増えるとして、2020年4月から国民に広く負担させるようにした。送電線の使用量「託送料金」に新たな負担金が上乗せされた。標準家庭で月18円。全国で総額6000億円、40年間の徴収で2.4兆円になるという。これに対して取り消しを求める住民訴訟の動きもある。そもそも21.5兆円に収まらず、最大81兆円になるという民間シンクタンクの試算もあるそうだ。高くなるばかりの原発のコストを直視すべきだ、「原発が終わる」時が来た、と結んでいる。(渡辺淳悦)

「原発時代の終焉」
小森敦司著
緑風出版
1800円(税別)