J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

上司も部下も全員「さん」づけで呼ぼう! 運動を進める東レ経営研究所社長の高林和明サンに聞く

   会社の中では上司をどのように呼んだらよいだろうか。

「上司は『社長』『部長』『課長』などの役職名で呼び、必要に応じて『○○部長』と名前を付けて呼ぶのが正しいルールです」

   などとビジネス本に書いてある。

   ところが社長を含めた上司はもちろん、同僚、部下でさえすべて「さん」づけで呼ぼうと徹底させている会社がある。東レのシンクタンク「東レ経営研究所」(東京都千代田区)だ。

   いったいなぜ、そんな気やすい呼び方の運動を始めたのか。J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部は、同社の高林和明社長、おっと失礼、高林和明さんに話を聞いた。

  • 「プロフェッショナルの部下を尊重したい」という東レ経営研究所社長の髙林和明さん
    「プロフェッショナルの部下を尊重したい」という東レ経営研究所社長の髙林和明さん
  • 「プロフェッショナルの部下を尊重したい」という東レ経営研究所社長の髙林和明さん

メールも「〇〇様」「〇〇部長」ではなく「〇〇さん」に

   高林和明さんは、三井グループ系企業の親睦紙「三友新聞」(2021年2月11日付)に「『さんづけ運動』について」というタイトルで寄稿して、

「社長たる私の役目は、軍隊のように上から指示、命令、管理することではなく、みんなが喜んで働けるような環境、働き甲斐のある会社の文化を作ることだと思いました。『さんづけ運動』はその礎になると考えました」

   と決意を述べている。

――「さんづけ運動」を始めたきっかけは何ですか。

高林和明さん「前任社長の神山健次郎さんから社長交代時に、『お互いに一人の人間として尊重しあうことを念頭に『さんづけ運動』を始めたので引き継いでほしい』と言われました。シンクタンクとして、専門職が多いこの会社のスタイルには合っていると思い、引き継ぐことを決意しました。お互いに意見が言いやすくなるし、敷居が低くなるだろうと思ったのです。
それ以前に勤務していたタイでは、4000人のトップでしたが、権力格差が大きい文化の国でした。上下関係があるのは当たり前で、部下は上司に従順に従います。たとえば、工場に離任挨拶に行った時は、玄関に従業員がずらっと並んで迎えます。3S運動(整理、整頓、清掃の職場環境の維持改善運動)のために社長が率先して朝早く門の前を掃除しようとすると、『使用人がやる仕事だ』とNGになります。
上司から言われたことを作業のようにこなすだけで、部下が上司の者に意見をいうことはほとんどない。意見はこちらから取りにいかないといけない。『ホウレンソウ』(報告・連絡・相談)が利かないというのが日本人駐在員の悩みです。日本でもそういう文化はありますよね。私が通った高校は、旧制中学の伝統を残していて学校全体が運動部みたいな感じでした。1年上は神様で、廊下で先輩に会うと全員に挨拶しなくてはならない。また、放課後の応援練習で歌を覚えていないと屋上で正座させられる。そんな雰囲気です。
日本は世界の中で、権力格差は真ん中あたりでしょうか。ファーストネームで呼び合う欧米が小さく、中国や東南アジアが大きい印象です。日本の中でもバラツキがあって、会社にもそれがあります。伝統的な企業ほど大きくて、IT業界などの新しい会社は小さい気がします。どの国でもだんだん権力格差が小さくなっていく流れになっていると思います」

――「さんづけ運動」を始める前は、具体的にはお互いがどのように呼び合っていたのでしょうか? 会社案内を見ると、専門職が多いためか、肩書がさまざまです。「社長」「部長」はわかりますが、「エグゼクティブエコノミスト」「チーフアナリスト」「シニアリサーチフェロー」「シニアコンサルタント」「主席研究員」...... となっています。
肩書をつけて呼んでいたとすれば、「〇〇部長」ならわかりますが、「〇〇エグゼクティブ(エコノミスト)」「〇〇チーフ(アナリスト)」「〇〇シニア(リサーチフェロー)」「〇〇主席(研究員)」などと呼んでいたということですか。

高林さん「いや、さすがにそれはない。『〇〇エグゼクティブ』とか『〇〇シニア』では呼びにくいでしょう(笑)。ふつうに『〇〇さん』ですよ。社長や部長を『〇〇さん』と呼び、部下には呼び捨てや『〇〇くん』ではなく、『〇〇さん』と呼ぼうということです。前の社長から引き継いだ時は、徹底していなかった。口頭で呼び合う時は『〇〇さん』でも、メールになると『高林様』とか『高林社長』になってしまう。これを『〇〇さん』に統一するよう徹底してもらいました。ただし、社外に発信する時は、失礼と受け取られかねないので、社内にとどめています」

「〇〇部長」がある日、「〇〇嘱託」と呼ばれる

――「さんづけ」を徹底するようになってから社内の雰囲気が変わりましたか。何かメリットが生まれましたか。

高林さん「呼び方を変えただけで、すごく変わったということはないし、そこまでは期待していません。会社はそんなに単純なものではありません。あくまで働き方改革の第一歩です。ただ、うちの会社は全員がプロフェッショナルです。そういう人たちを社長が軍隊のように上から管理・監視するスタイルはふさわしくない。
少しずつでもいいから雰囲気が変わって、社長を殿上人みたいに思わず、もっと色々なことを言いやすくして、彼らの持っているパワーとモチベーションを最大限に上げるのが僕の仕事です。意図的に呼び方を変えることで、どう変わっていくのか。ある意味、実験だと思っています」

――なるほど。「さん」で呼び合うことが会社のスタイルにあうということですね。ところで、「さんづけ運動」を三友新聞に発表したとき、東レグループ内では何か反応がありましたか。

高林さん「何人かの女性社員から『そうですよね~』と共感の声がありました。今まで『〇〇部長』と肩書で呼んでいたのに、ある日、嘱託になってしまったら『〇〇嘱託』と呼ばなければならないのは変ですよね~と。一理あると思いました(笑)。男性から特に反応がなかったのは、男社会のピラミッド構造を表していると思いました」
お互いに「さん」づけで呼ぶと距離が縮まる
お互いに「さん」づけで呼ぶと距離が縮まる

――「さんづけ運動」を他の会社にも広めるべきだと思いますか。その場合、どんなアドバイスを送りますか。

高林さん「いいなあと思うところがやればよいし、やりたくなければやらなくてもいい。押しつけるつもりはまったくありません。その会社に合った社員のパフォーマンスを引き上げるスタイルがあるはずです。たとえば、数千人の製造現場の工場があって、三交代で勤務している。工場長以下、命令系統がはっきりした職層があるところで、工場長を〇〇さんと呼ぶのはおかしいと思います。私がそんなところのトップになったら、さんづけでは呼ばせません。
また、当社は少人数(25人)で、平均年齢が50歳前後と高いことも、お互いに『さんづけ』で呼びやすくなっている理由だと思います。20歳をちょっと超えた新入社員が、いきなり社長を『〇〇さん』と呼ぶのは、本人も抵抗があると思いますよ」

――欧米では、ファーストネームで呼び合うのが一般的ですが、社員から「カズアキ」と呼ばれるのはどうですか?

高林さん「いや、それは絶対ダメ(笑)。日本人の文化に合わない」

――日本人はお互いに呼び方に困ることが多いですよね。妻は夫を「あなた」と呼びますが、夫が妻を呼ぶ上手な言い方がないから、「おい」「キミ」「ちょっと」「ママ」などと呼んでしまう。英語では「ハニー」とか「スウィーティー」という親しい呼び方があります。
また、家族の中でも目上の人には「お父さん」「お母さん」「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」という呼び方があるのに、目下の「息子」「娘」「弟」「妹」には呼び方がないから「〇〇」と名前で呼ぶしかありません。

高林さん「確かにそうです。英語では、息子や弟を『マイ・サン』とか『ブラザー』と呼びますよね。海外から日本に帰ってきた駐在員の奥さんたちが、学校のママ友たちとの付き合いに怒っていますよ。旦那のことを『主人』というのがヘンだと。それとお互いに『〇〇チャンのママ』と呼び合っている。なぜ自分のことを名前で呼んでくれないのか、自分というものがないの!と不思議がっています」

――やはり、名前で親しく呼び合うべきですよね。

高林さん「世界的にも、会社の中の権力格差がなくなっていくのが潮流になっています。会社内でも若い人や女性の意識がそうなっている。それに年寄りがついていけなくなっています。先日の東京五輪組織委員会の森サンの発言なんかそうかな。
今、30歳になっている息子が中学生の時、『生徒会の役員が女子ばかりだから、副会長に立候補してくれ』と頼まれたと聞き、死ぬほど驚きました(笑)。会長じゃなくて副会長ですよ! 今、全国の学校の生徒会は女子が頑張っているのでしょうね。そういう女性がどんどん会社に入ってきています。会社も変わらなくてはいけません」

(福田和郎)


プロフィール
髙林 和明(たかばやし・かずあき)
株式会社東レ経営研究所代表取締役社長
1980年京都大学教育学部卒業。同年東レ株式会社に入社。フィルム事業を歩み、2003年10月からマーケティング企画に従事。2017年6月から東レタイ代表を務め、2020年12月から現職。