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ニッポンの自動車産業の新しいルーツとは何か?

   自動車の自動運転や電動自動車(EV)の記事をしばしば目にするようになった。日本の自動車メーカーは大丈夫なのか? と心配している人も多いだろう。

   本書「日本車は生き残れるか」は、ズバリ!「日本の自動車産業は崩壊しない。ただし、戦い方のルールは大きく変化する。そして、新しいルールに適合できた企業だけが生き残ることができる」と予測する。 その新しいルールとは何だろうか?

「日本車は生き残れるか」(桑島浩彰、川端由美著)講談社現代新書
  • どうなる! 日本の自動車産業?
    どうなる! 日本の自動車産業?
  • どうなる! 日本の自動車産業?

クルマがインターネットにつながったモノになる

   著者の桑島浩彰さんは三菱商事などを経て、現在は企業戦略コンサルタント。アメリカのシリコンバレーを拠点に、世界の自動車メーカー・部品メーカーの動向を調べている。もう一人の川端由美さんは、エンジニア出身のジャーナリスト。以前、自動車雑誌「NAVI」にいたので、名前を知っている人も多いだろう。

   第1章「自動車産業はどう変わるのか」と第6章「日本車は生き残れるか」を川端さん、米国、欧州、中国メーカーの動向をリポートした第2~5章を桑島さんが分担して執筆している。

   川端さんによると、自動車産業はいま、「100年に一度」の大変革期だそうだ。日本では自動車の電動化、自動化ばかりが話題になるが、世界のキーワードは「CASE」だ。コネクテッド、自動化、シェアリング・サービス、電動化を指す英語の頭文字を取ったものだ。最大のポイントはコネクテッド、クルマがインターネットにつながったモノになることだ、と川端さんは指摘する。

   移動体である自動車がつながるようになり、第三者が提供するサービスによってモビリティ産業が爆発的に拡大することになる。その結果、巨大なヒエラルキーの頂点にいた完成車メーカーの影響がおよぶ領域は限定されたものになる。

   桑島さんの海外リポートから、興味深い動きをいくつか紹介しよう。まず、2021年はアメリカで加速度的にEVが普及する「EV元年」になると予測している。バイデン米大統領が「連邦政府の車両約65万台をEVに置き換え、EV充電ステーションを現在の10倍以上の55万カ所に増やす」と宣言。テスラだけでなく、フォード、GMもEVの投入とEVへの投資を発表している。

EVで再生する米デトロイト 欧州で加速するEVシフト

   自動車産業が衰退し、「危険な街」として知られたデトロイトは、EV関連の産業で急速に再生しているという。巨大な廃墟になっていたミシガン・セントラル駅とその周辺の土地をフォードが買収し、自動運転・EVの先端研究拠点として活用する計画だ。

   GMが買収したベンチャー「クルーズ」は、2020年1月、自動運転EVを発表。アプリを介して呼び出し、送迎可能な自動運転タクシーとして投入される予定だ。

   アメリカのもう一つの自動車産業の中心地がシリコンバレー。テスラやIT企業が集まっている。水平分業モデルではなく垂直統合モデルにこだわるテスラの独自の技術的思想を紹介している。このほかにグーグルの子会社・ウェイモの自動運転技術への取り組み、部品メーカーから「自動運転システムサプライヤー」に転換したアプティブなども取り上げている。

   シリコンバレーといっても、80キロメートルほどの長さがあり、エリアごとに業種も分かれ、インナーサークルに入らないと、いい情報は入らないという。日本の自動車メーカー、部品メーカーもシリコンバレーに進出したが、「日本のビジネス慣習に染まった企業にはなかなかハードルの高い世界」と書いている。

   一方、欧州ではEVシフトが加速しそうだ。ブルームバーグの予測によれば、欧州でのEV販売台数は2019年の50万台弱から2030年には770万台に急増する見込み。米テスラもドイツ・ベルリン近郊に年間50万台を生産する工場を2021年7月に稼働させる予定だ。

   フォルクスワーゲンは、2025年までに電動化を含む技術開発のために、860億ドル(約9兆4600億円)という巨費を投じ、2030年までに2600万台のEVが量産可能な体制を整えるという。

   ベンツで知られるダイムラーは、ライバルのBMWとカーシェアリングや充電など複数の事業統合を2019年に発表。本格的なMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス=デジタルを活用し、交通における移動を個別のサービスとして提供すること)に取り組んでいる。

   このほかに、ボッシュ、コンチネンタル、ZFなど大手部品メーカーの動きを紹介している。そして、カギを握るのは「コネクテッド」。データをめぐる争いになると予想している。

日本の自動車産業は没落した家電産業のようになる?

   海外では、最後に中国の動きを紹介している。2020年の中国での新エネルギー車販売台数は、前年比11%増の約137万台(EV112万台、プラグインハイブリッド車25万台)。そのうち米テスラが12万台で、同社の全世界での販売台数は約50万台だから、4台に1台を中国で売ったことになる。2019年、上海に年産50万台の工場を建設。今後は欧州、日本への輸出も予定しているという。

   新たな動きとして、バイドゥ、アリババ、テンセントという巨大IT企業に資金的に支えられたNIO、BYDなど巨大EVスタートアップ企業の勃興がある。IT企業は、車単体ではなく、その先にある都市インフラから交通プラットフォームまで、幅広い視点で事業に進出する機会を狙っているという。大手の上海汽車集団もCASEには積極的に取り組んでいる。

   さて、冒頭で触れた自動車産業の新しいルールとは何か。川端さんは3つ挙げている。

(1)自動車がIoT(Internet of Things=モノのインターネット)に組み込まれ、パソコンやスマホのようなモノになる
(2)垂直統合から水平分業への変化
(3)データとソフトウェアを制する者がすべてを支配する

   川端さんは、モノづくり信仰、垂直統合(系列)への強いこだわり、自前主義、電気・材料・IT系エンジニアの軽視、「形のないもの」にお金を払えない、という5つの弱点を改善すれば、日本の自動車産業にはまだまだ世界と戦う力が十分にある、と結論づけている。

   しかし、世界がEVに向けて走り出しているのに、日本は政府もユーザーも動きが鈍い。日本の携帯電話は「ガラパゴス化」した存在になってしまった。日本のエンジン車がそうならないとは断言できない。

   日本の自動車産業が、没落した家電産業のようにならないことを祈るばかりだ。

「日本車は生き残れるか」
桑島浩彰、川端由美著
講談社現代新書
990円(税込)