J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

【6月は環境月間】「カーボンニュートラル」が企業の武器になる!

   月は環境月間だ。環境を保全するためにどうしたらいいのか。最近、よく耳にする「SDGs」(持続可能な開発目標)とは何なのか? 6月は環境に関する本を紹介しよう。

   日本で「カーボンニュートラル」という言葉が広がったのは、2020年10月、菅義偉首相が、「2050年 カーボンニュートラルを目指す」と所信表明演説で宣言してからだ。「カーボンニュートラル」は国策となり、経済界も動き出した。

   本書「超入門カーボンニュートラル」は、この分野の第一人者が、カーボンニュートラルとは何かから始まって、気候変動が与える経済へのリスク、産業界の動向、そして新たに生まれた地政学的リスクをわかりやすく解説した入門書である。

「超入門カーボンニュートラル」(夫馬賢治著)講談社
  • 菅義偉首相は「2050年、カーボンニュートラルを目指す」と宣言した
    菅義偉首相は「2050年、カーボンニュートラルを目指す」と宣言した
  • 菅義偉首相は「2050年、カーボンニュートラルを目指す」と宣言した

130か国が2050年までのカーボンニュートラルを宣言

   著者の夫馬賢治さんは、株式会社ニューラルCEO。サステナビリティ経営・ESG投資コンサルティング会社を2013年に創業、現職。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG関連有識者委員を務める。東京大学教養学部卒。ハーバード大学大学院サステナビリティ専攻修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。著書に「ESG思考 激変資本主義1990-2020、経営者も投資家もここまで変わった」、「データでわかる2030年 地球のすがた」などがある。

   夫馬さんは、菅義偉政権が「2050年カーボンニュートラル」を不意に打ち出した背景には、世界規模での経済競争や地政学観点による事情があるという。菅政権はそれを自ら打ち出したのではなく、日本経済を守るために打ち出さざるをえなかったというのだ。

   カーボンニュートラルとは、地球の気温上昇を抑えるために、温室効果ガスの排出量をプラス・マイナス・ゼロにすることだ。二酸化炭素が気候変動に与えていることに懐疑的な人もいるが、夫馬さんは「もはや科学的根拠を失ってしまっている」と手厳しい。カーボンニュートラルは環境用語から経済用語になり、「理解していなければ、まともな事業計画を立てることも、経済政策を議論することも、さらには良い就職先を選ぶことも、良い投資をすることもできなくなる」と書いている。

   カーボンニュートラルを実現するには、温室効果ガスを減らせるだけ減らしたうえで、どうしても減らせない分を、大気中から吸収して、プラス・マイナス・ゼロにするのが現実的だという。二酸化炭素を吸収する具体的な手法には、(1)植林・森林管理(2)海藻などの海洋植物に吸収させる「ブルーカーボン」(3)食品廃棄物を原料にしたバイオ炭を田畑に撒く(4)アミンを使い、直接空気回収する(5)植物を資源にして化石燃料に代替するバイオエコノミーなどがあるという。

   現在の温室効果ガスの年間排出量は50ギガトン。もしこの先何も対策しないまま人口増加と経済成長を続けていけば、2100年には今の2倍から3.5倍の排出量になる。自然災害による打撃を少なくするため、パリ協定では国際目標として2度、さらには1.5度の上昇にとどめることを定めている。

   国連の勧告や金融危機を恐れた投資家が、各国政府に目標の引き上げを要求。2020年11月までに日本を含む約130か国が2050年までのカーボンニュートラルを宣言した。

   資本主義が気候変動を引き起こしているとして、資本主義社会からの脱却を主張する人が増えてきた。しかし、夫馬さんは経済成長と気候変動はデカップリング(切り離す)できる、と説明している。

日本企業にもチャンスがある

   国連環境計画(UNEP)の報告書には、以下の興味深い一節があるという。

「繁栄がある線を越えて進むと生産・消費による環境影響が減少する」

   温室効果ガスを削減するには、デカップリングのためのイノベーションが有効だ。投資家や銀行は温室効果ガスを排出し続けている投融資先の企業や政府に対し、削減を要求。自分たちの投融資を、そうしたイノベーションを起こせる企業に振り向けている。これが「ESG投資」という潮流だ。ESGとは環境(Environmental)の「E」、社会(Social)の「S」、企業統治(Governance)の「G」の頭文字をとった英語の造語だ。

   一方で、環境技術やEV分野の技術で世界に先行する日本企業は数多く、重厚長大産業といわれてきた分野でも事業を切り替えて成長している会社が多い。スタートアップにもチャンスが巡ってきている。これが未来の成長産業だ、として以下のトレンドを挙げている。

■ 電力 全電力をまかなえるほどの洋上風力発電ポテンシャル
■ 交通・運輸 EV化の流れは止まらず
■ ICT産業 AI活用でデータセンター電力消費量を40%削減
■ 鉄鋼 製鉄大手でも水素と電炉へ
■ セメント 二酸化炭素排出量を70%削減するコンクリート生産法
■ 紙・パルプ 他素材から紙製へのシフト

   各産業への影響を詳しく挙げている中で、最も驚かされたのは、建物・不動産への影響だ。「超高層でも鉄筋コンクリート造から木造へ」とある。

   不動産は、住宅、マンション、オフィス、店舗など、あらゆる建物が対象となる。不動産建設では、鉄筋や鉄骨などの鉄材、セメント、コンクリートの生産時に排出される二酸化炭素排出量が大きいため、これらをカーボンニュートラル化していくことが求められる。根本的に鉄筋コンクリート造をあきらめ、木造建築に転換することも選択肢になるという。

   住友林業は地上70階の超高層木造ビルを2041年頃に建設する「W350計画」を発表した。

   中国とアメリカもそれぞれカーボンニュートラル政策を打ち出した。「SDGs」もこの文脈の中に置けば、理想論ではなく、きわめて現実的な生き残り策であることが理解できるだろう。

   古い資本主義でも陰謀論でも脱資本主義でもない、「ニュー資本主義」こそが、人類に未来を切り開くという主張には説得力がある。(渡辺淳悦)

「超入門カーボンニュートラル」
夫馬賢治著
講談社
946円(税込)