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国家公務員に「不妊治療休暇」導入 民間より先「羨ましい」悩める女性たちには朗報だけど...

「まず『官』から始めて民間に広げたい」

   民間企業でも例が少ない「不妊治療休暇制度」の導入を国家公務員が率先して始めるという。2021年8月10日、人事院の川本裕子総裁が菅首相に提出した「国家公務員の働き方改革の提言」の中に盛り込んだ。

   不妊治療は頻繁に休まなくてはならないうえ、周囲に知られたくない人も多いデリケートな問題だ。快挙ともいえる決断の影には何があったのか。不妊治療に悩む女性たちの声を聞くと――。

  • やっと授かったお腹の赤ちゃん(写真はイメージ)
    やっと授かったお腹の赤ちゃん(写真はイメージ)
  • やっと授かったお腹の赤ちゃん(写真はイメージ)

「年間10日の不妊治療休暇、1時間単位の取得もOK」

「不妊治療支援」導入を目指す川本裕子・人事院総裁(人事院の公式サイト)
「不妊治療支援」導入を目指す川本裕子・人事院総裁(人事院の公式サイト)

   川本裕子・人事院総裁の狙いを読売新聞(8月10日付)「国家公務員に年10日の不妊治療休暇、人事院が新たに制度創設」が、こう報じている。

「人事院は8月10日、国家公務員が不妊治療のために年間最長で10日間の有給休暇を取得できる制度を、新たに創設すると発表した。民間でも導入の少ない不妊治療の休暇制度に国が率先して取り組み、社会全体に広げる狙いがある。内閣と国会に勧告した。不妊治療のための休暇制度は来年1月に導入し、男女ともに対象となる」

   具体的には、どうやって休暇を取得するのだろうか。

「年間5日間を基本に、頻繁な通院が必要な場合は、さらに5日間を追加取得できる。勤務との両立を可能にするため、職場を一時的に抜けて通院できるよう、1時間単位の取得も認める。不妊治療は、通院時間を確保する負担も大きい。国家公務員を対象とするアンケート調査で、『勤務時間中でも通院し、治療を受けたい』との声が多かったことに配慮した。
菅内閣は、少子化対策の一環として、不妊治療の保険適用や助成拡充を打ち出している。費用負担と同時に仕事の両立が課題となるため、人事院は『社会的要請を踏まえ、公務員先行で休暇を設けることにした』としている」

   人事院のホームページをみると、今年1~2月に行った不妊治療を経験・検討する中央省庁職員7368人に対するアンケート調査が掲載されている。不妊治療は排卵日など体調に合わせて行われるため、日取りが急に決まるうえ、頻繁に通院するケースが多い。「仕事との両立は無理だ・かなり難しい」と答えた人が73.8%もいた=図1参照

(図表1)不妊治療と仕事の両立に悩む国家公務員の調査(人事院の公式サイトより)
(図表1)不妊治療と仕事の両立に悩む国家公務員の調査(人事院の公式サイトより)

   それでも、ほとんどの人が働きながら治療を続けたいと願っていた。そして、不妊治療と仕事を両立する場合の希望する治療スタイルを聞くと、一番多かったのが「勤務時間中でも、必要なときに通院し、治療を受けられる」方法だった=図2参照

(図表2)不妊治療と仕事の両立で求める方法(人事院の公式サイトより)
(図表2)不妊治療と仕事の両立で求める方法(人事院の公式サイトより)

   そこで、原則年に5日の不妊治療のための休暇(有給)を認め、体外受精や顕微授精など頻繁な通院を要する場合は5日の加算も認めることにした。さらに、医療機関からの急な呼び出しに応じて職場を一時的に抜けて通院できるよう、1時間単位の取得も認めるという。

   今年3月に発表した厚生労働省の「不妊治療を受けている女性の意識調査」によると、「勤務先に不妊治療を支援する制度がない」と嘆く女性は73%だったから、まさに至れり尽くせりだ。しかも、常勤・非常勤職員ともに公平に行われる支援だ。

   主要メディアの報道によると、人事院の川本裕子総裁は記者会見で、

「治療と仕事の両立が難しいという現場の声を踏まえた対応です。仕事を続けながら安心して治療を受けられる環境づくりを急ぐとともに、民間企業や地方自治体にも検討を促したい。まず『官』が率先して行っていくということです」

と述べたのだった。

国会や省庁幹部にも切り込む「剛腕」の川本裕子総裁

   朝日新聞(8月10日付)「人事院、霞が関に働き方改革促す」によると、この画期的な改革は、「コンサルタント出身で(今年)6月に就任した川本裕子総裁の存在」が大きいという。

   川本裕子氏は、外資企業マッキンゼーの出身で、早稲田大学大学院教授。現在、ソフトバンクとパナソニックの社外取締役も務めている。朝日新聞によると、霞が関の「働き方改革」のために、今回の提言で、これまでアンタッチャブルだった「国家公務員の長時間労働の一因である国会対応の改善に初めて踏み込んだ」という。朝日新聞がこう続ける。

「人事院はこれまで言及を避けてきた国会の問題や各省庁幹部の人事管理の力についても、あえて踏み込んだ。省庁幹部には深夜まで働き、土日出勤をいとわない人が少なくない。働き方改革が実際にどこまで進むかは、各省庁の取り組みと人事院の指導力にかかっている。『幹部の方々は政策に関心を持っても、長時間労働への配慮がやや欠ける。超過勤務はきちんとルールがあるので、まずルールを守っていただく』。川本氏はそう宣言した」

というのだ。

菅首相に「公務員改革」の提言を渡した川本裕子・人事院総裁(首相官邸公式サイトより)
菅首相に「公務員改革」の提言を渡した川本裕子・人事院総裁(首相官邸公式サイトより)

   今回の人事院の取り組みについて、インターネット上では、不妊治療の経験者たちからは、羨ましがる声とともに、制度がうまくいくかどうか危ぶむ意見が寄せられている。

「年間10日...。それでも今月不妊治療が長引いているため、上司の理解が得られなく退職せざるを得なくなった私にとっては羨ましいです」
「先日も2日前に採卵が決まり、有給を取りました。理由は、生理前の体調不良...と。治療のことは言えていません。いろいろ思っているおばちゃんたちはいますが。全員に理解してもらうのは難しいなあ、と痛感しています」
「制度自体を否定するつもりはありません。ただ、あえて『不妊治療で休みます』という理由限定で休みを取るのではなく、『有給で休みます』で理由を言わなくても休ませてもらえる環境が一番欲しいなあ、と思います。不妊治療は今日休んで明日も、場合によっては明後日も、なんてことが続くから、理由を言わないと不審がられるのですが。私も治療経験者ですが、実父の病院の付き添い、とか言って時間休をもらっていた。同僚の女性で気付いていた人はいたかも」
「たぶん、人事院は自己注射(編集部注:注射によって排卵を誘発する。頻繁に通院できない人が自分で注射を打つこと)を前提に、診察で時間休暇、採卵で半日とか取得できるようにするのではないか。採卵のたびに、ホルモン注射で連続10日休んですべて有給では、国民が納得しないでしょう。年間10日程度の特別休暇なら、上司を納得させやすいし、普通の有給も治療のためと申告しやすくなるといいですね。フルタイムで働きながら自己注射をやり、ホルモン周期で休みの日に採卵日を設定していた10年前の私にしてみれば、人事院が積極的に不妊治療を後押ししているだけ、すごい進歩だと思う。体外受精のスケジュールが決まったら、早めに上司に相談して仕事とのバランスを取れるよう配慮するよう促してもらえるともっといいと思います」

「取得することに寛容な職場環境であってほしい」

「不妊治療の通院のため、年休でちょこちょこ遅出、早退、中抜けしていたら年休をゴリゴリに削ってなくなってしまった。上司に体調でも悪いのかと心配されて事情を話すことになった。どのみち直属の上司には話すことになると思います。クリニックの先生も話しておいたほうがいいと言っていました。だから特別休暇ができるのはありがたいと思います」
「不妊治療で有給はありがたいだろうな。ホルモン注射なら半休とかでもいいが、採卵や移植の時は丸一日休みたい。終わった後が痛いし、針刺すからいつ何があるかわからない。一度採卵時に動脈性血管が切れて出血が止まらなかった時があった...」

   一方で、こんな意見も。

「治療を受ければ成果があるとは限らない難しい案件。それでも産もうとする人を支えなければ国ももたない。本当に難しいと思う」
「まわりに知られるのはなんかイヤなので取りづらい人が多い。あとは、それを取得することに対して寛容な環境であればいいけど」
「国家公務員ですが、有休すらまともに取らせてもらえないのに、こんなの名前だけの制度にしかならないでしょ。そろそろ年功序列の体制を改めないと、国の機関なのに時代についていけなくなると思うけどなあ」
「男女共にちゃんと定時で帰れる社会を実現することのほうがずっと重要だと思う。長時間労働のせいで生理不順や造精機能低下が引き起こされているかもしれないとは考えないのだろうか」

(福田和郎)