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東京五輪に反対した人、じつは思っていた以上に感動していた! 鹿児島大学の研究で判明

   東京オリンピックが終わって1か月半が過ぎた。始まる前は、世論調査などで「反対派」や「延期派」が8割以上も占め、決して歓迎ムードがあったわけでなかった。国民の多くが冷ややかだった。

   ところが、じつは「反対派」の人も、自分が思っていた以上に東京五輪を楽しんでいたことがわかった。鹿児島大学の心理学の研究チームが発表した論文で明らかになった。

   しかも、東京五輪をポジティブに受け止める「心変わり」の度合いは「賛成派」を上回っているという。あの反対の世論はいったい何だったのか。

  • 東京五輪の主会場となった国立競技場
    東京五輪の主会場となった国立競技場
  • 東京五輪の主会場となった国立競技場

五輪反対派は自分の想像以上に楽しんでいた

   この論文は、「東京五輪は思ったより楽しかった? ――開催前の賛否の着目した感情の予測と実際のずれの検討」のタイトル。調査結果は、査読前のプレプリント論文を扱う「PsyArxiv」という科学サイトに掲載された。

   研究を行ったのは、鹿児島大学法文学部人文学科心理学コースの榊原良太准教授と大薗博記准教授(ともに社会心理学専攻)。東京五輪開幕前の今年7月1日、7月15日と、開催中の8月1日に継続的にアンケートを実施し、東京五輪に対する人々の感情がどのように「心変わり」していくか、それが開幕前の東京五輪に対する賛否によってどのように異なるかを検証した。

   2人は、クラウドソーシングサービスを通じてアンケートに協力してくれる全国2483人を募集。平均年齢47.7歳、男性1488人、女性965人、不明30人にまず東京五輪に対する考え方を聞いた。

   その結果、7月1日の調査時点で、東京五輪の開催に「賛成」が179人、「どちらかといえば賛成」が353人、「どちらともいえない」が506人、「どちらかといえば反対」が619人、「反対」が826人だった。反対派が計1445人、中立派が計506人、賛成派が計532人と、圧倒的に反対派が多い。

   この人たちに、さらに「東京五輪を楽しんでいるか」「メダルを獲得したときに喜んでいるか」「選手のパフォーマンスに感動しているか」という3つの質問を開幕前の2回(7月1日と7月15日)と、開幕後(8月1日)に聞いた。

   開幕前の質問は、実際には「東京五輪を楽しんでいると思うか」という自分の「感情の予測」である。こうした「感情の予測」が現実に五輪に始まった時にどう変化するかを分析して、東京五輪に対する「ポジティブな感情」(感激の度合い)の変化を調べるわけだ。

   「ポジティブな感情」の分析に当たっては、「とてもあてはまる」から「まったく当てはまらない」の7段階の回答を用意した。たとえば、「選手たちのパフォーマンスに感激しているか」という質問に対して、「とてもあてはまる」なら7点になる。

   こうしたアンケート調査の結果、非常に面白い結果がでた。「反対」の度合いが強かった人ほど、実際に東京五輪が始まると、五輪に対する「ポジティブな感情」(感激)が高まり、上昇カーブを描いたのだ。その逆に、最初から「賛成」の度合いが高かった人ほど、「ポジティブな感情」の上昇はなだらかなものになった。

   つまり、「反対」を主張していた人も、自分が思っていた以上に東京五輪を楽しんでいたわけだ。これはいったいどういうわけか。

東京五輪は「ガッカリする」と多くの人が予測していた

   J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部では、研究チームの榊原良太准教授に話を聞いた。

――そもそも、この研究のきっかけは何ですか。

榊原良太さん「コロナ禍のマスクの着用を社会心理学的に考察していました。感染したくないからか、同調圧力によるものかなどと。その延長線上で、本来、自国開催で熱狂的に喜ぶべき東京五輪に関して、なぜこんなに賛否が分かれて冷ややかなムードが漂っているのか、そして、人々の気持ちは実際に五輪が始まったらどう変わっていくのか。
コロナ禍が人々に与える影響を東京五輪というビッグイベントを対象に心理学的に調べてみようと思いました。その際、ひとつの仮説を立てました」

――仮説とは何ですか。

榊原さん「心変わりの仮説です。心理学で『感情予測』といいます。たとえば、旅行やデートに行く前、『きっと楽しいだろうな』と自分の感情を予測します。旅行が長くて遠い場所ほど、デートの相手がステキな人ほど『楽しいだろうな』という期待値が高まります。『過大な予測』ですね。
しかし、実際に旅行やデートに行くと、ガッカリしたという例もありますよね。だから逆に、素晴らしく思える旅行やデートほど、『そんなに楽しくないかもしれない』と予測する人も多いのです。それを『過小な予測』と言います。私たち研究チームは、東京五輪に関してはみんな『過小な予測』をするだろうと仮説を立てました。つまり、みんな『どうせ、ガッカリするだろうな』と予測すると考えたわけです」
金メダルラッシュが反対派の感動を呼び起こした(水泳女子で金メダルを取った大橋悠依選手=五輪組織委公式サイトより)
金メダルラッシュが反対派の感動を呼び起こした(水泳女子で金メダルを取った大橋悠依選手=五輪組織委公式サイトより)

――東京五輪は超ビッグイベントなのに、なぜ人々は始まる前から「ガッカリするだろうな」と予測するのですか。

榊原さん「無観客になり、規模が小さくなりました。コロナの感染拡大の心配も収まりません。仮説どおり、始まる前の人々の期待値は全般的に低いものでした。ところが、いざ始まるや、日本チームの金メダルラッシュで大いに盛り上がりましたね。
じつは私たちは、もう一つ仮説を立てていました。東京五輪にネガティブだった人、つまり反対派の人ほど最初の『感情の予測』は低いだろうということです。最初から、『どうせガッカリするだろう』とクールに構えていた。しかし、東京五輪が盛り上がれば、その分、『意外と面白いジャン!』と感動が跳ね上がる度合いが高まるだろう、という仮説です」

反対派は最初の期待が低かった分、大いに感激した

――なるほど。実際、そのとおりになりましたね。「東京五輪に対するポジティブな感情の盛り上がりを示すグラフ」=下グラフ参照=を見ると、反対の度合いの高かかった人ほど、感激の度合いが上昇しています。一方、賛成の度合いが高い人ほど、あまり感激のカーブが上昇していません。これはなぜですか。

榊原さん「ひと言でいうと、反対派は最初の期待値が低かったからです。最初はクールだったのに、テレビを見ているうちに『選手がよく頑張っているな』『競技も意外に面白いね』と感動する余地が残っている分、心変わりの振れ幅が大きかったのです。しかし、賛成派は最初から期待値が高かったため、それ以上、感動する余地があまり残されていなかったということです」
グラフ:東京五輪に対するポジティブ感情。反対の度合いが高い人ほど感激カーブが上昇する(鹿児島大学研究チーム提供)
グラフ:東京五輪に対するポジティブ感情。反対の度合いが高い人ほど感激カーブが上昇する(鹿児島大学研究チーム提供)

――しかし、反対派なら、東京五輪のテレビ番組など見なければいいではないですか。

榊原さん「どこのチャンネルを回しても東京五輪をやっているので、そういうわけにはいかなかったと思います。
ただ、この研究結果で誤解してほしくないのは、『反対だった人のほうが、賛成だった人より東京五輪を楽しんでいた』という解釈です。グラフを見ればわかりますが、感激の指数の水準は賛成派のほうが、反対派よりみんな高いです。もともと反対派だった人は、その分、東京五輪を見直して心変わりする割合が多かったということですね」

(福田和郎)