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渋沢栄一の言葉は100年たっても古びない

   「日本資本主義の父」といわれる渋沢栄一を主人公にした、NHK大河ドラマ「青天を衝け」が佳境を迎えている。

   三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎との確執が描かれたばかりで、経営者の利益ばかりではなく社会への貢献を説く、姿勢に共感した人も多いだろう。本書「渋沢栄一 100の訓言」は、栄一の玄孫(孫の孫)である渋澤健さんが、栄一の著書などからその思想と言葉を現代的に解釈した解説書だ。

   「渋沢栄一 100の訓言」(渋澤健著)日本経済新聞出版社

  • 新しい1万円札の「顔」となる渋沢栄一翁
    新しい1万円札の「顔」となる渋沢栄一翁
  • 新しい1万円札の「顔」となる渋沢栄一翁

会社は経営者のものではない

   著者の渋澤健さんは1961年、栄一の玄孫として生まれた。米・テキサス大学化学工学部卒。米・UCLA大学でMBAを取得。米系投資銀行で外債や為替などの運用に携わった後、米大手ヘッジファンドを経て、2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー設立。08年、コモンズ答申を立ち上げ、会長。著書に「渋澤流30年長期投信のすすめ」「運用のプロが教える草食系投資」など。

   渋澤さんは旧東京銀行に勤める父親の仕事の関係で、小学2年生のときアメリカに引っ越した。大学を卒業するまでアメリカで過ごし、日本に帰国後も外資系金融機関に勤務したため、「渋沢栄一」という存在は、本の背表紙で思い出すくらいだったという。

   そんな渋澤さんが栄一に関心を持ち始めたのは、起業を思い立った頃だ。500社も会社を立ち上げた栄一の言葉に、何か参考になるものがあるかもしれない、と栄一の伝記資料を読んだ。

   100年ほど前の言葉なのに、その考えや思いは、現代の日本にそのまま使えるものだと思い、本書を執筆した。「渋沢栄一訓言集」、「論語と算盤」など著書からの引用を右側ページ、その解説を左側ページという見開きの構成で、100の言葉を紹介している。

   「心にも富を貯えるための教え」「規律を学ぶための教え」「運のつかみ方を知るための教え」「会社の本質を見抜く教え」「お金儲けの哲学が光る教え」など、10章からなる。いくつか引用しよう。

「現代における事業界の傾向を見るに、まま悪徳重役なる者が出でて、多数株主より委託された資産を、あたかも自己専有のもののごとく心得......」(「論語と算盤)

   会社を自分だけの利益獲得の踏み台にする者、故意に株価を操作したり、株主に対して利益をごまかそうとしたり、こうした悪徳な行為を指弾している。

「他人を押し倒してひとり利益を獲得するのと、他人をも利して、ともにその利益を獲得するといずれを優れりとするや」(「渋沢栄一訓言集)

   ときには他人や他社と共同して、大きな利益を上げるべきだ。パイの取り合いをするより、パイ全体を大きくすることに目を向けるべきだと説いている。

「事業経営に利益を希望するは当然である。されどその結果ばかりに着眼せず、まず己れの本分をつくすことを目的として、事に従うべきものである」(「渋沢栄一訓言集)

   結果を出すことだけを目的にしていては、利益が出たら「よかった」で終わり、失敗すれば、「すべて無駄」ということになる。それよりも「自分が持っている能力を追求し、磨き、実行する。それらの努力の実ったものが、結果である」。そう思えば、結果がどうあれ後悔はなく、失敗しても、経験や成長など、何かが残るだろう。

   渋澤さんは、さらにこう付け加えている。

「それに、ビジネスで成功した人も失敗した人も、皆、人間として辿り着く結末は同じ『死』です。その最後の日まで、精一杯生きたいと思いませんか?」

   このくだりを読み、「青天を衝け」の前半に登場した幕末の青年たちを思い出した。攘夷を唱え決起し、多くの者が亡くなった。栄一も仲間だったが、数奇な運命のもと、明治新政府に仕え、やがて民間の力を集め、銀行や会社を興した。栄一も多くの失敗を経て成長し、成功したのである。

弱者のサポートをした渋沢栄一

   コロナ禍で、「分配」が政治のキーワードになった。弱者の救済についても栄一は論じている。

「弱者を救うは当然のことであるが、更に政治上より論じても、(中略)成るべく直接保護を避けて、防貧の方法を講じたい」(「論語と算盤)

   安直に金銭を援助するよりも、自らの力で貧しさを脱却できるよう、そのサポートをすることが必要だ、と訴えている。

   栄一は、教育、病院、社会福祉施設など非営利組織への関与も約600あると言われている。数としては、社会的な非営利活動の関与のほうが経済的な会社の関与より多かった、と指摘する研究者もいる。

   「100の訓言」の100項目は、「富を永続させよう」。仁義や道徳によらなければ、本当の富を永遠に殖やし続けることはできない。「論語と算盤」。つまり道徳と経済というかけ離れて見える二つを融合することが、今、最も重要な自分の義務だと考えている、という趣旨が書かれている。

   個人も社会もサステナブル(持続可能)であるためには、「論語」と「算盤」の両方が必要だというのだ。

   岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の落としどころは、案外、このあたりではないだろうか。

   今年(2021年)は、「青天を衝け」が放送され、栄一の関連書が数多く発行され、100年ぶりにスポットライトが当てられた年になった。さらに、栄一が描かれた、新1万円札は2024年から使われるので、このブームはしばらく続きそうだ。

   「渋沢栄一 100の訓言」
渋澤健著
日本経済新聞出版社
712円(税込)