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がん治療で髪の毛が抜けても...「いつものあなた」であるための医療用ウィッグ アートネイチャー「アンクス」開発者に聞く

   がんなどの病気治療の副作用で、髪の毛が抜けてしまう――。とくに女性にとっては外見が変わってしまうことで、気持ちの面で治療に差し支えてしまうことは想像にかたくない。

   そんな気持ちが少しでも和らぐようにと、アートネイチャーでは、医療用ウィッグ「ANCS(アンクス)」を手掛けている。軽くてふんわりとフィットするつけ心地のよさ、「自分の髪」と思えるような自然な質感が魅力だ。

   「アンクス」は2009年の発売以来、主として女性がん患者に寄り添い続けてきた。そんな「アンクス」の開発秘話を、執行役員で営業本部副本部長の重松小百合(しげまつ・さゆり)さん、医療サポート推進室・室長の敦賀優博(つるが・まさひろ)さんに聞いた。

  • 医療用ウィッグ「ANCS(アンクス)」
    医療用ウィッグ「ANCS(アンクス)」
  • 医療用ウィッグ「ANCS(アンクス)」

なぜ「自分の髪」だと思えるウィッグにこだわるのか?

――まずは、医療用ウィッグ「アンクス」開発の経緯について教えてください。

重松小百合さん「アートネイチャーの歴史を振り返ると、オーダーメイド専用のウィッグを扱う会社としてスタートしています。それ以来、医療用ウィッグも、利用者の頭の型を取って製作するオーダーメイドにこだわっていました。
ところが、抗がん剤治療を受ける患者さんは、お医者さんから、『治療を始めると、1週間~10日後には髪の毛が抜ける』という説明を受けます。多くの場合、その話を受けて短期間でウィッグを探しますが、オーダーメイドでつくると、早くても1か月程度かかってしまう。しかし、利用者の立場では『すぐにでも欲しい』のにもかかわらず、以前はそのような製品を扱っていませんでした」

――そのあたりの歯痒さといいますか、お役立ちしたいという思いがあったのですね。

敦賀優博さん「そこで、サイズやヘアスタイルにもバリエーションをもたせながら、規格を統一させつつ、それぞれの人の頭の形に合わせて調整できる、セミオーダーウィッグを企画しました。それが2009年、レディースアートネイチャーのブランドとして立ち上げた医療用ウィッグ『アンクス』です。立ち上げ時のコンセプトは『いつものままで』。患者さんにとって、それまでと変わらない生活であってほしい――そんな願いを込めました」
頭皮と一体化するように、薄く、やわらかくできないか、と試行錯誤を繰り返した」と重松さん
「頭皮と一体化するように、薄く、やわらかくできないか、と試行錯誤を繰り返した」と重松さん
重松さん「機能面では、形状記憶効果のある素材を一部に使っているため、髪にはある程度の復元力があります。そうすることで、『自分の髪』と思える自然さを生み出します。ほかにも、一日中使っても重さが気にならない、通気性に優れている、自分で手洗いできる、といった特長があります。これらは長年、オーダーメイドのウィッグ製造で、日本人の頭の型を取り続けてきたアートネイチャーの知見があってこそ、生まれた製品といえます」

――どのような点にこだわって開発しましたか。

重松さん「利用者の『体に優しい』ことです。ウィッグは頭皮や髪にじかに触れるものですから、触れた時にチクチクするような違和感があってはいけません。なによりも、利用者の気持ちの面で負担のないものをつくりたい、という思いがありました。
たとえば、ウィッグの内側の、頭皮や髪に触れるところは、メッシュ素材で網目状になっています。このネットの生地には、肌触りのよいものを選びました。また、縫い合わせたつなぎ目の部分は、細い糸を使っています。洋服でもそうですが、太い糸のほうが肌に当たりやすく、当たるとしばらく気になるもの。医療用ウィッグは長時間使うので、そういったところにも気を配りました」

――お客さんからは、どのような要望がありますか。

重松さん「『治療を受ける前の自分と変わらない、同じ髪形になるウィッグが欲しい』と、話されるお客さんが多いですね。いつもの自分のスタイルでいたい――。鏡に映った時、いつもの見慣れている自分がそこにいる――。それが安心感につながるからではないでしょうか。そこで『アンクス』は、太陽の下で髪を見ても、自毛のようなツヤを感じられる、そんなリアリティさにもこだわりました」

――リアリティにこだわる......。開発時のご苦労も多かったのではないでしょうか。

重松さん「私の理想は、頭皮を再現することです。これは『もっとできるはずだ』という思いをもうずっと抱いています! 研究開発に終わりはない、といえるかもしれませんね。
人間の毛髪は、1つの毛穴から1~3本生えています。これをウィッグで再現するには、(毛髪を植える土台となる)網目に1本ずつ植えていく必要があり、大変なところです。手間やコストはかかりますが、そうすると自然な毛流れになります。『アンクス』のラインアップの中ではACシリーズが、1本ずつ植える仕様になっています」
「治療期間中の髪へのストレスを少しでも軽減できれば」と敦賀さん
「治療期間中の髪へのストレスを少しでも軽減できれば」と敦賀さん

――なぜそこまでするのでしょうか。

敦賀さん「できるだけ治療期間中は、気持ちよく過ごしてほしい、というブランド立ち上げ時からの変わらない思いがあります。『アンクス』を利用して、もちろん体調が許せばですが、お友達とショッピングやランチに行くなど、いつもと変わらない生活を、いつもと変わらない自分で過ごしてもらえたら。もっと言えば、『アンクス』があるから『少し出かけてみようかな』と心が動くきっかけにもなる、そんな存在になれたらと思います」

セミオーダーならではのきめ細かな調整

――実際に使ってみたい場合は、どうしたらよいでしょうか。

重松さん「取扱店である弊社サロン(全国のレディースアートネイチャーサロン、既製品ウィッグショップ『ジュリア・オージェ』、病院内サロン)にお越しください。スタッフがサポートします。なかでも、サイズ選びは難しいと思います。実は、抗がん剤治療によって脱毛すると、とくに女性は頭のサイズが変わって、ワンサイズ小さくなることも。そのため、スタッフが治療前の状態を触って確認して、治療の過程で頭のサイズがどう変化しそうか想定したうえで、サイズを提案しています」

――ウィッグのフィット感も調整してくれるそうですね。

重松さん「それも大事な点です。ふだんは気づかないと思いますが、人の頭の形はそれぞれ違います。調整前のウィッグを身に着けると、頭皮との間に隙間ができて浮いてしまうとか、ゆるいとか...... フィット感がよくないのが普通です。そこでスタッフが、違和感のあるポイントを細かく確認。その後、熟練の技術スタッフが、ウィッグのネット部分を微調整して、その人にぴったりなウィッグに仕上げるのです。
いまは、治療方法も進歩して、通院しながら仕事をされているケースも多くあります。1日8時間など長時間使用する間、ウィッグを身に着けていることを忘れてしまうような、それくらいのフィット感が出せるようお手伝いしています」
アンクス 奈良県立医科大学附属病院店(病院内サロン)
アンクス 奈良県立医科大学附属病院店(病院内サロン)

――サロンではほかに、どんなサポートをしていますか。

重松さん「サロンには専門の美容師がいて、自毛だけでなく、ウィッグのカットやセットの変更も承ります。たとえば、購入時はそれまでのヘアスタイルに合わせてロングヘアを選んでも、長く使ううちに、『短くしたい』『スタイルを変えたい』と思うものです。そんな気持ちの変化にも寄り添って、対応できる体制があります」

――アートネイチャーではいま、病院内にもサロンを設けていますね。

敦賀さん「現在、全国の病院9か所にあります。来年(2022年)1月にはもう1か所増える予定です。病院内サロンでは、『アンクス』の紹介や試着、販売をはじめ、シャンプーやヘアカットにも対応いたします。試着の際はカーテンで個室状態にできるのでご安心ください。ほかにも、治療中の生活を支えるアイテムをワンストップで用意して販売しています」

――病院向けの活動の一環としては、2021年11月には「あなたのための外見ケア」という冊子を発行しました。これは、全国の化学療法を行う医療機関を通じて無料配布しています。どのような狙いから発行したのでしょうか。

「あなたのための外見ケア」
「あなたのための外見ケア」
敦賀さん「お医者さんや看護師さんから、患者さんにがんの治療内容や副作用、体や外見の変化などを説明する際に、役立つ冊子があればなという声があり、制作しました。こうしたものがなかったわけではありませんが、どちらかといえば、かしこまった内容。そこで今回は、なるべくビジュアルを増やして見やすい冊子を目指しました。また、できれば手に取った人が元気になるようにと、おしゃれやメイク、ネイルなどの話題も盛り込んでいます」

――患者さんに寄り添う姿勢がうかがえました。最後に、アートネイチャーでは事業を通じて、SDGsや社会貢献にどのように取り組んでいるのか、教えてください。

重松さん「いくつかの観点がありますが、乳がんの正しい知識を広め、早期発見・早期治療を啓発する『ピンクリボン運動』に力を入れています。アートネイチャーでは、社員に向けて、乳がんの正しい知識を身につけ、乳がん検診を啓発できるようになってもらおうと、『ピンクリボンアドバイザー』(主催:認定NPO法人 乳房健康研究会)の資格を取得するよう促しています。現在、社員の2割ほどが取得しました。
乳がんは早く発見できれば、治療により一時的に髪の毛が抜けるにしても、助かる可能性が高いことはよく知られています。ところが、なかなか検診に行けなくて、発見が遅れてしまうことも......。私たちは治療の過程をウィッグで支えていますが、なによりもまずは乳がんの早期発見・早期治療が社会に根づくよう、会社をあげて『ピンクリボン運動』を地道に続けていきたいと考えています」