J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

話題のMMT(現代貨幣理論)が後押しする「積極財政」 その考え方、実践できるのか?《後編》(鷲尾香一)

   MMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)を中心とした「財政『積極化』推進派」の主張には、理論的には正しい部分も多く含まれている。しかしながら、その理論は本当に実践可能なものなのだろうか。

   積極派に質問しても、明確な回答が得られない2つの質問がある。その1つは、

「もし、実践可能だとするならば、なぜ米国を始めとする自国通貨建ての国債を発行している国々は、それをやらないのか」

という質問だ。

  • 積極派に質問しても、明確な回答が得られない2つの質問とは
    積極派に質問しても、明確な回答が得られない2つの質問とは
  • 積極派に質問しても、明確な回答が得られない2つの質問とは

MMT実践に適した国は日本と言われるが...

   おそらく、その答えの1つは、

「国債の保有者が自国だけではなく、多くの他国の機関投資家などにより保有されており、影響が大きいため」

と言うことだろう。

   いみじくも、MMTの提唱者であるニューヨーク市立大のステファニー・ケルトン教授が、MMTを実践するのに適した国として日本を挙げたように、前述のように日本の国債のほとんどは国内で保有されている。

   では、日本であれば可能なのだろうか。理論的には可能だろうが、そこには大きな弊害、副作用を伴う可能性がある。

   たとえば、為替円安の問題だ。

   昨今の物価上昇の大きな要因は、エネルギーや資源価格の上昇と為替円安の進行による輸入物価の上昇がある。エネルギーから食料までを輸入に頼っている日本にとって、円安は物価上昇の大きな要因だ。

   そして、この円安進行の背景には、米国を中心に欧米諸国が金融政策の正常化に向けて動き出し、利上げ方向に舵を切ったのに対して、日本では低金利政策からの脱却が難しいため、日米の金利差が拡大することで「円が売られ、ドルが買われた」ことがある。

   もし、積極的な財政拡大を行う一方で、低金利政策により金利上昇を抑え込めば、積極的な財政出動による景気回復を通じた賃金上昇が生まれる前に、一段の円安進行が発生し、国民生活を直撃する可能性がある。

   さらに、莫大な財政赤字を抱え、なおも莫大な国債を発行する国の国債市場が市場原理の働かない、不健全なものであれば、それは円という通貨の信認を損なうことになる。それは、円安進行の要因にもなるだろう。

「国債は無制限に発行できるのか」という疑問の答えは?

   さて、いまひとつ明確な回答を得られない質問の2つ目は、

「国債は無制限に発行できるのか。もし、発行の限界があるとすれば、それはいくらなのか」

というものだ。

   数多の積極派の主張を読んだが、この点を明確にしているものはほとんどない。唯一、「インフレが行き過ぎないまで」という非常に曖昧な回答が見られるだけだ。

   この答えは、積極的な財政出動が行われ、市中に供給される資金が増えれば、早晩、インフレが起きる可能性があることは、積極派も健全派も同じだ。

   だが、そのインフレはどの程度の財政出動で発生し、どの程度までを行き過ぎないインフレと呼べるのかは定かではない。そして、前述と同様だが、このインフレが発生した時に、賃金が上昇しており、国民生活がインフレに耐えられるものになっている、という保証はない。

   100歩譲って、インフレが行き過ぎないところまで財政出動を行ったとして、果たして、インフレの状況に合わせて、財政出動をやめることは可能なのだろうか。

   なぜなら、日本は議会制民主主義の国であり、財政出動を含めた予算は国会審議によって決定されている。インフレ自体を予見し、的確に把握することは難しい。しかしもし、インフレの兆候が見え、インフレが加速した時に、果たして予算の執行を止められるのだろうか。

   こうした点を考えると、MMTを中核とした「財政積極論」は、理論上は正しい部分もあるが、それを実践するには、実務面で議会制度を含めたさまざまな法律やルールの変更が必要であるだろう。

   少なくとも、「政治が決断すれば、すぐにでも可能な実践的なものではない」と言える。

   最後に、国債のほとんどが国内で保有されているため、財政を積極化して国債を増発しても影響が少ないという考え方は、為替円安の進行を引き起こす可能性があることは前述した。

   同様に、現在の膨大な財政赤字が、円の信認を損なわずにいられるのは、財政破綻したギリシャとは違い、日本が経常黒字国である点も大きな要因だ。

   しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により、日本がしばらくの間、貿易赤字に転落し、経常黒字幅が毎月縮小するという状況だったことは、肝に銘じておく必要がある。

   もし、経常赤字に転落するような事態が起きた時には、日本の財政赤字は円の信認を損なう要因になり、急激な円安進行を引き起こすかもしれない。

   なお、新型コロナ禍にあっては、その対策のために積極的に財政出動を行う必要があるのは、言わずもがなであることを申し添えておく。

(鷲尾香一)