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企業も歓迎、異業種×異職種への「越境転職」 成功の秘訣はスキル&ワクワク感の掘り起こしにアリ!

   コロナ禍を受けて、働く人のキャリア観が変化しつつある。

   自分自身と向き合う時間も増えたなかで、あらためて自分にとってのワクワクする働き方や生き方を見つめなおす――通称、「ディグる(深く掘り起こす)キャリア」というキーワードで、転職市場に新たな潮流が起きているというのだ。

   リクルートによると、自分の経験やスキル・感情を深く掘り起こすことで、自らが本当に夢中になれる領域・仕事へ、成長機会を求めて異業種・異職種へ転職する「越境転職」の割合も増加しているらしい。一方で、人手不足に悩むだけでなく、ビジネスモデルの変化への対応に向けて企業側もこうした「異能人材」を歓迎している。

   コロナ禍によって変化してきた働き方、企業はどのような人材を求めているのか、そして、「ディグる」とはどういうことか、リクルート HR統括編集長の藤井薫さんに聞いた。

  • リクルート HR統括編集長の藤井薫さん
    リクルート HR統括編集長の藤井薫さん
  • リクルート HR統括編集長の藤井薫さん

終身雇用ならぬ、「終身自在」社会へ

   リクルートがまとめた「新型コロナウイルス禍での仕事に関するアンケート」(2020年8月実施)によると、新型コロナの影響から「自分の将来のキャリアを見つめなおしたり、考えたりした」という転職検討中/活動中の人は約6割いた。

   転職活動のきっかけとしては、二大理由に「会社の戦略や方向性に不安を感じたため」(35.1%)、「よりやりがいのある仕事をしたいと思ったため」(26.7%)が挙げられている。「コロナ禍の影響で収入が減ったため」という理由は意外と低く、11.8%にとどまる。そのうえで、「企業に応募する際の重視項目」の上位二つは、「やりたいことを仕事にできる」(56.3%)、「将来的に年収が上がる見込みがある」(49.3%)だった(「コロナ禍での転職活動者の意識・動向調査」2021年3月実施=図表1参照)。

(図表1)転職活動のきっかけ、応募の際の重視項目(リクルート作成)
(図表1)転職活動のきっかけ、応募の際の重視項目(リクルート作成)

   こうした転職者の傾向について、リクルート HR統括編集長の藤井薫さんは、「ひとつは、コロナ禍でなかなか会社がビジネスモデルや働き方を変えないことへの不安。そしてもうひとつに、やりがいのある仕事、やりたい仕事への志向が読み取れます」と指摘する。

   藤井さんによると、象徴的なのは、転職理由に「収入が減ったため」が下位だったこと。金銭的な報酬以上に、仕事の意義、仕事への没頭を求めているのだ。

   そうした考えのもと、業種や職種を変える「越境転職」にもどんどん挑戦していく様子が浮かび上がる。越境転職はたとえば、いままでは営業職だったが、次はデジタルマーケティングに挑戦したい。これまでのように日本国内だけでなく、今後はアジア圏など成長著しい地域で仕事がしたい――こういう志向のことだ。

「今や多くの働き手が重要視しているのは、やりたい仕事に没頭しながら自分を成長させ、ときには自由自在に会社も移動して、結果として将来の収入が上がっていくような働き方です。終身雇用ならぬ、『終身自在』です。自分の持ち味をさまざまな場所で発揮し続け、才能を花開させる働き方がこれからは大事になっていくでしょう」(藤井さん)

自分の持つスキル、ワクワク感を掘り起こす!

   一方の企業側も、異業種・異職種からの「異能人材」を歓迎している。その背景には、長らく続く構造的な人材不足と、ビジネスモデルの変化への対応がある。企業の業況感を見ると、2008年のリーマンショック以降は回復し、コロナ禍で再び悪化した。ところが、雇用人員の不足感はリーマンショック以降、業況感を上回るかたちで推移している。

   こうした状況を裏付けるように、リクルートが直近で行なった「2021年度上半期中途採用動向調査」(2021年7~8月実施)では、中途採用計画を満たせなかった企業は約7割。そのため、約2割の企業は、人材要件を変更して対応した。理由の上位二つは「自社のビジネスモデルが変化し、これまでと異なる人材が必要になったため」(41.7%)、「これまでの人材要件では必要とする人材を採用できなかったため」(39.2%)とある。

   ビジネスモデルの変化による人材要件の変更とは、たとえば自動車業界を例にすると、電気自動車(EV)へのニーズの高まりから、エンジンの開発者よりも、EV関連の知見を持つ異能人材を求める。または、サブスク的な考えのシェアリングサービスのビジネスも出てきたので、ケータイなどの料金プラン設計の知見を持つ異能人材を求める、などだ。

「絶えず変化して成長したい企業としては、新商品・新市場に打って出るためにも『異能人材』への期待が大きいのです。一方で、働き手としても、同じ会社や同じ業界ではコモディティ化(陳腐化)してしまうので、成長機会を得たいと考えている。双方の考えがあいまって、私たちの調査によると、いまや転職市場では『越境転職』が最多パターンとなっています=図表2参照」(藤井さん)
(図表2)『越境転職』は最多パターン(リクルート作成)
(図表2)『越境転職』は最多パターン(リクルート作成)

   では、こうした「越境転職」を成功させるポイントは何か――。藤井さんはキーワードに「ディグる」を挙げた。「ディグる」とは、自らの経験、スキル、感情を深く掘り起こすこと。そこで得た気づきから、次のステップへと踏み出していくことは「ディグるキャリア」と呼ばれる。中古レコードを探す行為を「ディグる」と呼ぶが、それになぞらえた言葉である。「ディグる」には、宝物を掘り当てる、というニュアンスもあるという。

   それぞれの人が「ディグるキャリア」を考えるには、左脳的な視点で自身の「スキル」を把握するとともに、右脳的な「ワクワクする感情」の両方を棚卸ししていくことがポイントだ。

   元旅行代理店勤務の吉屋さんは、「ディグるキャリア」を実践して、RPA(=ロボットによる業務自動化)を担うエンジニアに華麗なる転身を果たした一人だ(=図表3参照)。

   子どもの頃から、パソコンやプログラミングに興味があった吉屋さん。旅行代理店時代、簡単なプログラミングを組んで職場の業務改善をおこなったところ、同僚たちからはおおいに喜ばれた経験があった。こうしたスキルへの興味と感情の掘り起こし(「ディグる」)がきっかけとなり、自身の成長を意識した「越境転職」につながったのだ。

(図表3)「ディグる」ことで転身を果たした吉屋さん(リクルート作成)
(図表3)「ディグる」ことで転身を果たした吉屋さん(リクルート作成)

日本の構造的な人不足解消へ 「一億総才能開花社会」に期待

   だが、「ディグる」ことで気づきを得ても、いきなり転職したりするのはハードルが高い。そこで、自分のキャリアを広げるひとつの手段として注目されているのが「社会人インターンシップ」。リクルートでは、社会人インターンシップのマッチングを担うプラットフォーム「サンカク」を運営し、「ディグる」ことで気づいた好奇心や情熱から自分の可能性をより広げる機会を提供している。

   「サンカク」の場合は、企業側が自社の課題解決や新しいビジネスモデルの策定など、テーマを決めてその参加を呼びかける。一例として、ECサイト展開や首都圏進出などを検討している企業が、デジタルマーケティングなどのスキルを持つ人/興味のある人を募集する。参加者にとっては、その課題に取り組むことや、企業とのディスカッションを通じて自分の「やってみたいこと」を試せるし、いままで培ってきたスキルが社外でどのように役立てるか腕試しするチャンスとなるわけだ。

リクルートの「サンカク」。参加者は、平日の夜、週末などを利用してディスカッションやグループワークなどに参加する
リクルートの「サンカク」。参加者は、平日の夜、週末などを利用してディスカッションやグループワークなどに参加する

   企業側のメリットも大きい。企業側が提示するテーマには、根本課題や経営課題に近い内容も多く、それだけに固定観念にとらわれないアイデアを求めているからだ。「サンカク」を担当する古賀敏幹さんは次のように話す。

「異業種・異職種からの参加者は多いですね。企業側としても、新しく出会った人から、自社や業界に新しい風を吹かせてほしいと考えているもの。いままで同じ業界の人と話していたら、気づかなかった視点がほしい、というわけです。社会人インターンシップがきっかけとなって、その会社への転職につながり、活躍する場合もあります」(古賀さん)

   その好例は、社会人インターンシップから転職に至った元旅行代理店勤務の恩田さんだ(=図表4参照)。

   恩田さんは、旅行代理店時代、2年半営業を経験した。その後、異動して、自社のUI(ユーザーインターフェイス)やUX(ユーザーエクスペリエンス)をともなうアプリ開発や、情報設計などの業務を担当。それを機に、「もっと関連知識を身に着けたい」と社会人インターンシップに参加した。インターンシップ先では、他社へのUX支援などデジタルマーケティング領域での経験を積むことができた。

(図表4)社会人インターンシップから転職に至った恩田さんの例(リクルート作成)
(図表4)社会人インターンシップから転職に至った恩田さんの例(リクルート作成)

   しかも、恩田さんの取り組み方を見たインターンシップ先の担当者からは「顧客満足まで考えてプロダクト設計できるところがあなた(恩田さん)の強み」だと指摘された。それを聞いた本人は「営業時代に『どうすれば顧客満足につながるか』を考え抜いてきた自分の強みであり、スキルだ」と再認識した。思わぬ一言から「ディグる」ことで気づきを得た恩田さんは、インターンシップ先での仕事の面白さにもひかれ、そのまま転職して同社に入社し、現在も活躍中だという。

   吉屋さん、恩田さんのような「ディグるキャリア」の実践を通じて、異業種・異職種への「越境転職」を成功させ、自身のスキルとワクワクする気持ちを大切にしながら活躍する人が増えてほしい、と藤井さんは期待を寄せる。

「日本には構造的な人不足があるので、一人ひとりが『一億総才能開花社会』にならないと、企業も成長できなくなってしまいます。働く人にとっても、才能が開花せずに終わってしまうのは損失です。だからこそ、個人も企業も再成長に向かって、適材適所で出会える社会をつくりたい、と私たちは考えています。しかも、その問題は『待ったなし』。世界のなかで日本は、人材の流動性も生産性も低いことは周知の事実です。そうではなくて、一人ひとりが夢中になって仕事に取り組み、活躍できる社会であってほしいと思っています」(藤井さん)

   いま、ワクワクして仕事ができているだろうか――。ときには少し立ち止まって「ディグる」ことに、キャリア形成のヒントが隠されている。