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必ずやってくる定年...その時、あなたの人生の物語はどう続けたい?

   2017年から18年にかけて、橘木新さんの「定年後」がベストセラーになるなど、「定年」をテーマにした本がいちやくブームになった。

   65歳への定年延長が話題になった頃だ。本書「定年入門 イキイキしなくちゃダメですか」(ポプラ社)もそのうちの1冊だ。ビジネス系の本ではなく、まったりしたテイストのノンフィクションで、普通の人たちのリアルな定年後が描かれている。

「定年入門 イキイキしなくちゃダメですか」(高橋秀実著)

   著者の高橋秀実さんは、ノンフィクション作家。著書に「からくり民主主義」「トラウマの国ニッポン」などの著書がある。結論を急がず、じっくり話をきくインタビューの手法に定評があり、本書でも多くの人が定年後の生活について本音を語っている。

  • 定年後の人生に迫った一冊だ
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元会社員、元銀行マン、元パイロットの定年後

   手始めに、ハローワークで求職した定年退職者の話を聞いている。未経験でも可能な仕事は「マンション管理人」や「清掃員」などに限られるという。マンション管理人だと、時給1000~1100円。月に20万円ほどになるが、前職のプライドが邪魔をしてできない人も多いそうだ。

   実際に、マンション管理人の仕事に就いた男性(63)が登場する。週3日勤務、時給は1000円に満たないが、「自分には合っています」とうれしそうに語っている。

   60歳で商業施設の運営会社を定年退職。売上を追求する会社ではストレスが多く、定年までは、と我慢した。辞めたとたんに血圧が下がり、体調が良くなったという。

   マンション管理の仕事は、朝8時半から午後5時半までの勤務。業務としては、設備の点検、宅配便の受付、引っ越しやトラブルへの対応、共用部分の電球の交換など。30階建て300戸のマンションを1日に3万4000歩も歩くが、毎日爽快だそうだ。

   7年前に信託銀行を定年退職した男性(67)は、55歳で銀行の役職を離れ、関連会社へ出向。その後、子会社の嘱託に。給料は銀行時代の4分の1まで減った。

   そこで、60歳で見切りをつけ、銀行時代の取引先が設立した不動産会社に再就職した。給料は完全歩合制だが、「定年後に、ようやくやりたい仕事が見つかった」と晴れ晴れと語っている。 もともと街歩きが好きだという。「おかげで毎日行くところがあるし、用事もある。こうやって昔と変わらず、定期を持ってスーツ着て。雇ってくれる今の会社には本当に感謝しています」と話している。

   元旅客定期便のパイロットの男性(66)は、定年後は貨物航空のパイロットやLCC(格安航空会社)の教官になる道もあったが、航空関係の仕事は「一切しない」と決め、沖縄のレストランバーでウエイターのアルバイトをしている。

   時給400円。渡嘉敷島に一軒家を借り、月に3週間島に滞在してバイトに励み、東京にある自宅で1週間過ごすというローテーションだ。パイロットOBは、年間7往復はタダで搭乗できるので、それをフルに利用している。

「島では午前10時頃から庭で缶ビールを飲みます。それからおもむろに居酒屋を2軒ほど飲み歩いて昼寝。それで7時にレストランバーに出勤」

   こんな生活だそうだ。

   20年間島に通い続け、9年前から家を借りているので、島にすっかりなじんでいるという。パイロットは、長年放射線を浴びているので、病気で亡くなる人が多く、この男性も独特の死生観を持っているようだ。

   定年後の趣味として人気なのは「畑仕事」だ。65歳で定年退職後、千葉県で農家から畑を借りて農業をしている男性(67)。2100坪を借り、借地料は年間11万9000円。1人で耕作するには広すぎる。NPO法人を立ち上げ、会員31人で社会福祉を兼ねた農業の活性化を図っている。

   会社を辞めていいなあと思ったのは1週間だけ。1週間くらいたつと、罪悪感を覚え、何もしないでいることが恥ずかしくなったという。本書には、ほかにも同様の感想をもらす人がいた。

居酒屋、カルチャーセンター、図書館が居場所に

   定年後、働いている人ばかりが登場しているわけではない。ユニークな人をいろいろ紹介している。

   退職してから外出時には和服に雪駄、自宅から6駅先までの定期券を買い、毎日居酒屋へ「出勤」する男性(69)がいる。「野鳥の会」の会員でもあり、「野鳥は本当に時間がつぶれます」と喜々としている。

   カルチャーセンターは、女性の社交の場にもなっているが、男性も少なくない。「カルチャーに通って、人生が180度変わりました」という独身男性(67)は、講座で知り合った女性と、定年後に初恋をしたとのろけている。

   夫が家にいることで、妻が感じるストレスは大きくなるという。「そういう問題はない」と言い切る夫婦の場合、夫と妻は、日中、1階と2階で「別居」しているらしい。ほかに、海外への単身赴任が長かった夫の退職とともに、ある夫婦は、東京から宇都宮に引っ越した。

「引っ越して新しい場所でスタートすれば、お互いゼロですから、一緒にスタートできるじゃないですか」

と新しい土地でも生活を楽しんでいる。

   ときに、ドキっとするような1行がある。

「定年後の男性にとって、図書館は新たな勤務先のようである」

   たしかに、平日の図書館は彼らのオアシスかもしれない。時間つぶしができるうえに、居心地も悪くない。だが、時折、クレーマーと化した人を見かける。著者は「定年後の人がますます増えると、図書館は昔ながらの会社になってしまうのではないだろうか」と心配する。

   2025年には65歳定年が法律で義務化される。さらに、その先まで働くことを求める動きもあるようだ。「定年後」というゆるい時間を享受できるのは、今のうちかもしれない。

   本書には、この手の本にありがちな、こうしなければならない、という堅苦しさがまったくない。いろいろな定年のありようがあることを知り、気持ちが少し楽になるだろう。

(渡辺淳悦)

「定年入門 イキイキしなくちゃダメですか」
高橋秀実著
ポプラ社
1056円(税込)