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「新しい資本主義」岸田首相の目玉政策「四半期開示」の見直し...「決算短信」一本化で進んだ舞台裏とは

   政府が、上場企業約4000社に金融商品取引法で開示を義務付けている決算書類「四半期報告書」が廃止される見通しになった。

   証券取引所の規則に基づいて開示する「決算短信」に一本化することで、売上高や利益など業績、財務情報が重複する二つの書類を作る企業の負担は軽減される。

   岸田文雄政権が訴える「短期的視点の経営の是正」の具体策の一つとされたが、四半期の開示は残ることになった。

  • 四半期開示が、証券取引所の規則に基づく「決算短信」の一本化へ(写真は、東京証券取引所)
    四半期開示が、証券取引所の規則に基づく「決算短信」の一本化へ(写真は、東京証券取引所)
  • 四半期開示が、証券取引所の規則に基づく「決算短信」の一本化へ(写真は、東京証券取引所)

「成長と分配の好循環」へ...岸田首相、中長期視点の経営を重要視

   金融審議会の作業部会が4月の会合で了承した。金融庁は具体的内容を詰め、2023年の通常国会での法改正を目指す。今回の見直しでも、通期の有価証券報告書と半期決算である第2四半期報告書の提出義務は変更ない。

   企業にはさまざまな経営情報の開示が求められるが、このうち四半期ごとには、決算短信と四半期報告書があり、2つをまとめて「四半期開示」と呼ぶ。

   具体的には、企業は3か月ごとの決算期を終えると、売り上げや利益など経営情報をまとめ、まず証券取引所に決算短信を提出。その後、監査人のチェックを受けた四半期報告書を国に出している。

   四半期報告書は、ライブドア粉飾決算事件で四半期業績の虚偽を法的に追及できなかった反省に基づき、2008年に金融商品取引法で提出が義務づけられ、罰則も設けられた経緯がある。

   四半期開示の見直しは、岸田文雄政権が掲げる「新しい資本主義」の目玉政策の一つとして浮上した。

   岸田首相が2021年10月の所信表明演説で、賃上げなどを通じた「成長と分配の好循環」の実現には、中長期の視点に立った経営が重要だとして、四半期開示を見直す方針を示した。22年1月の施政方針演説でも「市場に任せればすべてうまくいくという、新自由主義的な考え方が生んだ弊害を乗り越える」と強調した。

   首相の問題意識を、わかりやすく言うと――。

   業績を3か月ごとに開示させられると、企業は短期的な利益ばかりを気にして、賃上げに二の足を踏み、次の成長に向けた設備投資や研究開発も控えるなど、長期の戦略課題がおろそかになりかねないから、四半期開示をやめようというのだ。

   背景には、配当を優先する過度な「株主資本主義」を是正し、従業員や取引先など幅広い「ステークホルダー(利害関係者)」に目を向けた経営をすべきだという考えがある。これが、首相が看板に掲げる「新しい資本主義」だ。

透明性確保の観点から、開示義務の廃止には至らず

   ところが、こうした岸田政権の動きに対し、市場からは開示義務の廃止を懸念する声があがった。

   開示義務がなくなれば投資家への情報提供の後退だとして日本への投資が落ち込み、金融市場の競争力が低下してしまう心配があるというのだ。2月に始まった金融審の部会での議論は、「透明性が高い日本の資本市場の質を低下させる」といった反対意見が相次いだ。

   学者などからは、四半期開示が短期志向を招くとの主張に対して、「学術上の根拠が弱い」などの疑問も出された。企業が目先の利益に走りがちなのは、ストックオプションといった株価に連動した役員報酬の普及などさまざまな理由があり、四半期開示を見直すだけで解決できる問題ではないという指摘も多い。

   他方、企業からは負担軽減を求める声が強まっていた。関経連の松本正義会長は「経理担当者の作業量も増え、働き方改革にも逆行する」などと訴えていた。

   こうした市場と企業の言い分を折衷するかたちで、四半期報告と決算短信の一本化での決着になった。

   ただ、四半期報告書と決算短信の開示内容は全く同じではない。四半期報告書では、事業内容やリスクなどの公表も必要だが、経営成績が主な内容である決算短信は、そうした情報の開示を求めていない。

   また、最近は財務諸表など経営成績だけでなく、気候変動の経営への影響やこの問題への取り組み、経済安全保障や人権などサプライチェーン(供給網)における問題も重視されるようになっている。こうした情報の開示も、経営者を規律付けるうえで重要さが増している。

   透明性確保の観点からはむしろ開示の充実が求められる一方、事務負担が軽くなれば企業は経営資源を他に振り向けられる。「長期的な視点での経営へ」という首相の思いとは裏腹に、議論は「四半期開示の継続」の流れが早々に固まり、書類の一本化という実務的な落としどころで決着した。(ジャーナリスト 白井俊郎)