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「人生を賭けている」プーチン大統領には経済制裁は効かない!? エコノミストが指摘...バイデン大統領の誤算

   ロシアがウクライナに侵攻してから3か月余。次々と経済制裁が打ち出されたが、プーチン大統領は一歩も引かない。

   それどころか、世界的食糧不足という「脅し」を材料に、欧米諸国に制裁解除を迫る勢いだ。いったい、経済制裁は効いているのか。

   エコノミストからは「バイデン大統領が侵攻を許した時点で経済制裁は失敗している」との指摘もあがっている。どういうことか。

  • 「人生を賭けている」プーチン大統領に経済制裁は効くのか?(ロシア大統領府公式サイトより)
    「人生を賭けている」プーチン大統領に経済制裁は効くのか?(ロシア大統領府公式サイトより)
  • 「人生を賭けている」プーチン大統領に経済制裁は効くのか?(ロシア大統領府公式サイトより)

ロシアに対する経済制裁、効果はあがっているのか?

   欧州連合(EU)は2022年5月29日、対ロ経済制裁第6弾としてロシア産原油の禁輸を打ち出そうとしたが、加盟国の合意がまとまらなかった。報道をまとめると、ロシア産原油の禁輸は自国経済に打撃になると主張するハンガリーが反対、スロバキアとチェコも同様の懸念を示したという。

   一方、これに先立ち、ロシアのプーチン大統領は5月28日、フランスのマクロン大統領とドイツのショルツ首相と電話会談を行った。会談ではウクライナ情勢をきっかけとした世界的食糧不足の問題が話し合われ、仏独首脳は黒海を経由してウクライナの穀物を輸出できるように、ロシア軍の南部オデーサ港の封鎖を解くことを求めた。

ウクライナ情勢をきっかけに、世界的食糧不足が懸念される(写真はイメージ)
ウクライナ情勢をきっかけに、世界的食糧不足が懸念される(写真はイメージ)

   しかし、プーチン大統領は「問題は欧米諸国のロシアに対する誤った経済制裁によって引き起こされた」と欧米を批判。制裁を解除すれば、「ウクライナの穀物輸出を妨げない」と強調した。いわば、世界的食糧不足と飢饉の危機にある人々を「人質」に、欧米諸国に「脅し」をかけたかたちだ。

   こんなありさまでは、ロシアに対する経済制裁は効果があがっているのだろうか。

   5月25日、米財務省はドル建てロシア国債の利払いを認める特例措置を失効させた。これによって、ロシアの国債はデフォルト(債務不履行)に陥り、経済は破綻する...と通常なら思うところだが...。

   ところが、そうは簡単にいかず、「ロシアがしぶとく粘っている」と指摘するのは第一生命経済研究所主席エコノミストの西濵徹氏だ。西濵氏のリポート「ロシア、デフォルトへの外堀は埋まるも『籠城戦』の動きを強める」(5月27日付)のなかで、ロシアは必死に景気を下支えし、「抜け穴」を使って長い籠城戦を覚悟している、と見る。

「デフォルト」認定には長い時間がかかる

   図1は、ロシアの通貨ルーブル相場(対ドル)の推移だが、ウクライナ侵攻直後の3月上旬、欧米諸国から経済制裁にあい、暴落したものの、その後は持ち直している。5月以降は、侵攻以前より高い水準を維持するありさまだ。これは、西濵氏によると、ロシア政府と中央銀行が連携した3つの素早い対応によるものだ。

(図1)持ち直してきたルーブル相場(対ドル)の推移。(第一生命経済研究所の作成)
(図1)持ち直してきたルーブル相場(対ドル)の推移。(第一生命経済研究所の作成)

(1)政府は資金流出の阻止に向け、外国人投資家のロシア資産売却を禁止する資本規制や、強制的な外貨の売却措置を導入したほか、中央銀行政策金利を大幅に引き上げる金融引き締めに動いた(9.5%⇒20.0%)。

(2)デフォルト回避とルーブルへの実需喚起に向けて、すべての貿易決済をルーブル建で行うことを求める動きをみせた。こうした「特殊な環境」を醸成したことが追い風になり、ルーブル相場は侵攻前の水準を回復。

(3)その後、資本規制に伴い外国人投資家による「ロシア売り」が禁止されたことも重なり、足下のルーブル相場の底入れが進んだ。ルーブル相場の混乱が一段落すると、中央銀行は一転して4月初旬に緊急利下げに動くなど、金融緩和による景気下支えに舵を切る動きをみせている。

   ただ、図2を見るとわかるように、経済制裁強化を受けた物資不足により、インフレが加速する状況が続いているのは確かだ。しかし、「足下では週次ベースのインフレ率がウクライナ侵攻後初めてわずかな下落に転じるなど、物価上昇に一服感がみられる」というから、危機的な状況には至っていないようだ。

(図2)インフレ率の推移(第一生命経済研究所の作成)
(図2)インフレ率の推移(第一生命経済研究所の作成)

   ところで、「デフォルト」はどうなったのか。「デフォルト確定までに長い時間がかかる」ことも、ロシアには有利に働いている。その理由はこうだ。

「ロシア政府は対外債務の支払いをあくまでルーブル建で行う意思を示しており、債権国自ら返済不能を宣言する可能性は皆無とみられるほか、欧米諸国などの経済制裁の一環として、主要格付機関3社はいずれもロシア関連の格付を撤回していることを勘案すれば、格付機関がデフォルト認定を行う可能性も低い」

   ということは、国際的な業界団体である「国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)」が、「デフォルト相当」と判断するほかはない。

   しかし、ロシア政府がルーブル建での支払い意思を示している以上、仮にISDAが「デフォルト相当」と判断しても、ロシア政府が米国政府に対して支払い意思妨害を理由に法的手段に訴えるのは必至だ。

   となると、法廷闘争に持ち込まれ、「最終的なデフォルト確定には長期間かかることは避けられそうにない」というわけだ。

制裁対象の「暗号資産」取引所は運営されていた!

モスクワの赤の広場。高いインフレが続いているが...
モスクワの赤の広場。高いインフレが続いているが...

   その間、ロシアは「抜け道」を使って時間稼ぎをする可能性があり、手段の1つに使われそうなのが「暗号資産」とされる。そのロシアの「暗号資産」をめぐるダークな側面を暴くのが、第一生命経済研究所主席研究員の柏村祐氏だ。

   このリポート「ロシア『暗号資産制裁』の衝撃~2500万ドル相当のビットコインが押収されたダークネットマーケット~」(5月26日付)によると、柏村氏自ら、制裁措置の対象になっているはずの暗号資産取引所ウェブサイトにアクセスを試みたという。米国財務省が制裁措置の対象にした、エストニアで登録されている「Garantex」だ。

   「Garantex」では法定通貨と暗号資産の交換が可能で、過去にロシアのサイバー攻撃集団である「Conti」から600万ドル近くの入金履歴が確認されている。「Garantex」は今年2月、エストニアの金融当局により、暗号資産サービスを提供するライセンスを失った。それにもかかわらず、柏村氏が「Garantex」のウェブサイトにアクセスすると、こう表示されたのだ。

暗号資産が抜け道に使われている?(写真はイメージ)
暗号資産が抜け道に使われている?(写真はイメージ)
《Garantex暗号通貨取引所は正常に動作しています。お客さまは取引所の全機能を完全に利用できます。私たちは24時間連絡を取り合っています。いつものように!》

   これでは、暗号資産の制裁など何の意味もないではないか。柏村氏はこう結んでいる。

「(Garantexは)本稿執筆時点(2022年5月下旬)では、通常通り取引できる状態となっていた。このような免許を持たない暗号資産取引所が運営を続けることは、西側諸国によるロシアへのSWIFT(国際銀行間通信協会)制裁に対する抜け道になる可能性もあり、更なる対策の強化が求められる」

バイデン大統領がウクライナ侵攻を許した時点で経済制裁は失敗...

バイデン大統領が侵攻を阻止できなかった時点で経済制裁は失敗している?(ホワイトハウス公式サイトより)
バイデン大統領が侵攻を阻止できなかった時点で経済制裁は失敗している?(ホワイトハウス公式サイトより)

   そもそも、「バイデン大統領が、プーチン大統領の違法なウクライナ侵攻を許した時点で、経済制裁は失敗している」という見方を提示しているのは、一般財団法人国際貿易投資研究所の客員研究員・木村誠氏だ。

このリポート「対ロシア経済制裁の効果は限定的か」(5月16日付)は、全12ページの詳細な内容だ。そのなかで木村氏は、米国ピーターソン国際経済研究所の経済学者G.C.Hufbauer(ハフバウアー)氏の指摘に注目する。
「2021年12月、バイデン大統領はロシアがウクライナに軍事侵攻すれば、米国は『ハイインパクトな制裁に踏み切る』と警告したが、その具体的な内容を開示しなかった。大規模な制裁が事前に予知できていれば、ロシアは軍事介入に踏み切らなかった可能性もあるとHufbauerはみる」

   Hufbauer氏が、経済制裁がうまくいかないとみるのは、親ロシア国や中立国が多いからだ。

「2022年3月2日の国連総会でのロシア非難の投票では、ロシアを支持したのは4か国(ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、シリア)で、中国、インド、パキスタンなど35か国は棄権に回った。これら親ロシア国や中立国は、ロシアからガスや石油を大幅に値引きして輸入し、また消費財や工業製品をロシアに高値で輸出する可能性がある」

   また、プーチン大統領の「人生観」も制裁を困難にしていると指摘するのだ。

「プーチン大統領がウクライナ領土からすべての軍隊と兵器を撤去し、2つの新しい共和国の承認を撤回することが制裁の最終目標となる。しかし、Hufbauerは、プーチン大統領はウクライナ併合に自分の政治的将来と、場合によっては人生を賭けており、プーチン政権が続く限り完全な原状回復は不可能だとみている」

経済制裁の「打率は3割」、サダム・フセインには効かなかった...

   そして、何よりもこれまで米国がやってきた多くの経済制裁はあまり成功してこなかったことが大きい。

「過去100年以上にわたって米国は100件以上の制裁を発動してきた。そのうちの3分の1以上が成功しているが、成功した例は、国内の治安が悪く、混乱状態にある小国が対象であったことがほとんどである、とHufbauerは分析している。そして強力で毅然とした敵に対しては、あらゆるリスクを伴うものの軍事力の行使が、更生を達成する唯一の手段かもしれないとみている」

   たとえば、1990年に起きたイラクによるクウェート侵攻に対する経済制裁は、包括的でほぼ全世界の支持を得ていた。しかし、サダム・フセインをクウェートから撤退させることはできなかった。結局、多国籍軍による軍事介入「砂漠の嵐作戦」が必要だったというわけだ。

   しかし、一歩も引かないプーチン大統領を相手に、NATOが軍事介入をしたらどうなるのか。「イラク戦争」どころではない大惨事を引き起こすだろう。

(福田和郎)