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2年ぶりインバウンドに期待と不安! エコノミストの注目は「地方」...「ごみゼロ運動」観光資源に ポストコロナの新しい挑戦

   政府は2022年6月10日、2年ぶりにインバウンド、訪日外国人観光客の受け入れを再開する。社会経済活動を活発にして、コロナ以前の生活に取り戻す一環だ。

   観光業界を中心に経済界に期待の声が大きいが、コロナが再拡大するのではないか、という不安も少なくない。

   エコノミストの間では「円安のメリットを大いに活用できる」と歓迎の声がある一方、「ポストコロナの新しい観光に挑戦を!」と求める声がある。いったい、どういうことか。

  • ニッポン観光のメッカ浅草も賑わいを見せるか
    ニッポン観光のメッカ浅草も賑わいを見せるか
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観光の魅力度ランキングで日本が初の1位になった理由は?

   政府は6月10日から外国人観光客の受け入れを再開するが、当面、1日当たりの入国者数の上限を2万人に抑える方針だ。

   7月の参議院選挙をにらみ、感染が再拡大したら元も子もないとの思惑から、様子見の方針といわれる。となると、入国可能な観光客数は最大年間730万人にとどまり、コロナ禍前の2019年の訪日外国人3188万人に対して2割強ほどになる見込みだ。

   主要新聞社説は、このインバウンド再開をどう見ているのだろうか。

自分が作った陶芸の写真を撮る外国人観光客(写真はイメージ)
自分が作った陶芸の写真を撮る外国人観光客(写真はイメージ)

   毎日新聞(5月28日付)は「拙速な対応は控えるべきだ。インバウンドの復活を優先するあまり、コロナ対策がおろそかになっては本末転倒だ」と、急な受け入れ拡大をいさめた。

   東京新聞(6月1日付)も「社会経済活動を活発にする必要はあるが、それにより感染状況が悪化すれば逆に停滞を招く。科学的知見に基づいた感染対策を着実に講じつつ、行動規制を緩和する場合には状況に応じて柔軟に対応することも必要だ」と慎重な対応を求めた。

   一方、日本経済新聞新聞(5月27日付)は、岸田文雄首相が5月初めのロンドン講演で「他の主要7カ国(G7)並みに水際措置を緩和する」と世界に発信したことを取りあげ、観光産業や地域経済の活性化のため、受け入れ人数の制限がない「G7並みのインバウンド」の早期実施を求めた。

   読売新聞(5月31日付)は、スイスの民間研究機関の世界経済フォーラムが2021年の旅行・観光の魅力度ランキングを発表し、日本が対象117か国・地域の中で初めて1位になったことを取りあげた。そして、「観光資源だけでなく、治安や清潔さなど日本の総合的な潜在力を再認識し、低迷が続く経済の再生につなげる契機としたい」とインバウンド再開に期待を寄せた。

円安効果で「安い日本」の魅力を世界にアピール

   さて、エコノミストたちはどう見ているのか。円安によってコロナ禍以前よりよりも大幅に「安い日本」になった利点を大いに活用すべきだ、と指摘するのは第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏だ。

   熊野氏はリポート「訪日観光の再開では「安い日本」が魅力~コロナ前よりマイナス26%も日本円が割安に~」(5月31日付)のなかで、いかに円安のおかげで外国人にとって日本の物価が安くなり、観光客を呼びやすくなったか、グラフで示している=図表1参照

(図表1)日本の物価水準の変化率・コロナ禍以前との比較(第一生命経済研究所の作成)
(図表1)日本の物価水準の変化率・コロナ禍以前との比較(第一生命経済研究所の作成)

   グラフは、円がすべての通貨に対して、どのくらい割安になったのか、実質実効為替レートの2019年平均と2022年4月の変化幅から計算したものだ。

「(全通貨の平均で)円の購買力が実にマイナス26%も下落していた。これを解釈すると、仮に訪日客を全面解禁した場合に、日本の観光のコストがかなり安くなったことで、日本観光が大きな価格競争力を持つことを示唆している」

   ただし、問題がある。図表2はコロナ禍以前(2019年)の訪日外国人の国別内訳だが、中国と韓国が突出して多いことがわかる。現在、この2つの国との関係はあまりよくない。

(図表2)コロナ禍以前(2019年)の訪日外国人の国別内訳(第一生命経済研究所の作成)
(図表2)コロナ禍以前(2019年)の訪日外国人の国別内訳(第一生命経済研究所の作成)
「中国は日本からの入国者に、2週間の隔離期間、1週間の健康観察を求めている。まだ日本観光はできない状態である。(中略)一方、韓国に対しては、政治環境の変化が訪日ビジネスに大きなチャンスをもたらす可能性がある。政権交代が実現して、現在は雪解けのムードが生じている。以前の政権は、そうした融和ムードがなく、訪日客も停滞することが数年続いていた。今後は、訪日観光を盛り上げることを通じて日韓が経済的利害を一致させて、日韓関係を正常化していくチャンスだと考えられる」

   また、熊野氏は変化の潮目になっているからこそ、コロナ禍以前とは違った、野心的な観光ビジネスを生み出すべきだと強調した。

「訪日客数が2019年の水準にまで近づくと、再びオーバー・ツーリズムが問題視されると思う。以前も『このまま訪日客数が増え続けると、観光地の雰囲気が崩れる』という嘆きの声を聞いた。だから、今後の観光政策は、人数だけを追求することはせず、1人当たりの宿泊日数を増やし、訪日客の中でリピーターを増やすなど、質的変化をもっと積極的に追求するようにしてはどうかと考える」

中国と韓国一辺倒だった観光ビジネスを地方発に

外国人観光客には大いに買い物をしてほしい(写真はイメージ)
外国人観光客には大いに買い物をしてほしい(写真はイメージ)

   熊野氏と同じく中国と韓国一辺倒だった観光ビジネスを変えるべきだと主張するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。

   木内氏のリポート「訪日外国人観光客の受け入れ再開:インバウンド戦略の再構築を急げ」(5月27日付)ではこう指摘する。

「外国人観光客は、国別にみれば中国と韓国に偏っていた。これでは、日本と両国の間の外交関係が悪化すると両国の観光客が一気に減少し、外国人観光客全体が大きく減少してしまうリスクがある。実際のところ、観光にかかわる多くの事業者は、そうした懸念を持ち続けていた」

   そこで、より幅広い国・地域から訪日観光客を呼び込むことが重要になるが、そのためには政府も成長戦略の一環として観光政策を練り直せ、とゲキを飛ばす。

「東京一極集中の是正、デジタル田園都市構想などの政府の政策とインバウンド戦略を連動させて、外国人観光客を地方に誘導して地域活性化につなげることも重要だ。外国人観光客の受け入れも再開しようとする今、日本経済の潜在力に大きな影響力を与え、成長の起爆剤ともなり得るインバウンド戦略の再構築は、まさに政府にとって喫緊の課題である」

というのだ。

徳島県上勝町の巨大ごみステーションに世界の人が集まる理由

   この外国人観光客を地方に呼び寄せる、新しい観光のあり方の好例を紹介するのが、第一生命経済研究所総合調査部マクロ環境調査グループ研究理事の今泉典彦氏だ。

   今泉氏のリポート「ここが知りたい『Withコロナ/Afterコロナの観光はどうなるのか』」では、地球環境保護やそれをも包含するSDGs(持続可能の開発目標)の達成に向けた「新しい旅のかたち」として、徳島県上勝町(かみかつちょう)のケースを紹介している。

   上勝町は、徳島県の山間部にある人口1500人に満たない町だが、まちづくりの先進性で国内外から注目を集め、海外から見学に訪れる人が絶えないという。注目されたきっかけは、2003年に日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」を行ったからだ。ウェイスト(waste)には浪費、無駄、ごみ、廃棄物といった意味がある。

   上勝町のホームページをみると、こう書いてある。

「上勝町のごみをゼロにする=ごみをどう処理するかではなく、ごみ自体を出さない社会を目指し、上勝町ではごみ収集を行わず、生ごみなどはコンポストを利用し、各家庭で堆肥化。瓶や缶などのさまざまな『資源』を住民各自が『ごみステーション』に持ち寄って45種類以上に分別、『ゼロ・ウェイスト宣言』から17年経過した現在、リサイクル率80%を超えています」

   そして、「ゼロ・ウェイストセンター」と名付けられた巨大な「ごみステーション」は見所になっているのだ=写真参照

ホテル(右下の円形建物)を隣接した巨大なごむステーションを観光スポットにした徳島県上勝町(「上勝町ゼロ・ウェイストセンター」のホームページより)
ホテル(右下の円形建物)を隣接した巨大なごむステーションを観光スポットにした徳島県上勝町(「上勝町ゼロ・ウェイストセンター」のホームページより)

   こうした取り組みを今泉氏は称賛している。

「(上勝町では)『未来のこどもたちの暮らす環境を自分のこととして考え、行動できる人づくり』を2030年までの重点目標に掲げ、再びゼロ・ウェイストを宣言し、残りの20%のごみ削減を目指す。2020年5月末に上勝町に開業したホテルに宿泊することで先進的なゼロ・ウェイスト政策を学び、体験ができることで注目されている」

   内外から訪れた人々は、「ごみステーション」に隣接したホテルを拠点にSDGsの先進的な試みを学びながら、山あいの自然を楽しむという仕掛けなのだ。

(福田和郎)