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仰天!「家計は値上げを受け入れている」...黒田日銀総裁発言にエコノミストがノー!「消費者の一種のあきらめの心境だ」

「家計は値上げを受け入れている」

   2022年6月6日、黒田東彦日本銀行総裁の「仰天発言」が飛び出した。都内で開かれた講演の席上、金融緩和を続ける理由として見解を示した。

   いったい何を根拠に? エコノミストたちも「人々の実感からかけ離れた発言」「家計への目配りに欠ける」と非難が相次いだ。

  • 高すぎてスーパーの買い物にも迷う(写真はイメージ)
    高すぎてスーパーの買い物にも迷う(写真はイメージ)
  • 高すぎてスーパーの買い物にも迷う(写真はイメージ)

家計が値上げを認める間に、持続的物価上昇目指す

   日本銀行の黒田東彦総裁は5月6日、共同通信の加盟社などで構成する「きさらぎ会」で講演し、「揺るぎない姿勢で金融緩和を継続していく」と強調した。報道をまとめると、その中で「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」との見解を示し、「(日銀が目指す)持続的な物価上昇の実現にとって重要な変化」と述べたのだった。

   黒田総裁は「ひとつの仮説」と断ったうえで、「家計が値上げを受け入れている」根拠として東京大学大学院の渡辺努教授が今年5月に発表した5か国の家計へのアンケート調査を引用した。それは、「馴染(なじ)みの店で馴染(なじ)みの商品の値段が10%上がった」際の行動を尋ねた内容だ。昨年8月は「他店に移る」が半数以上を占めたが、今年4月には大きく減ったことが「値上げ許容度が高まった」ことになるという。

   黒田総裁は、その背景として、コロナ禍による行動制限で蓄積した「強制貯蓄」が影響していると指摘。「家計が値上げを受け入れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持し、賃金の本格上昇につなげていけるかが当面のポイントだ」と述べ、改めて強力な金融緩和を続ける考えを強調した。

「家計が値上げを受け入れる」根拠となった調査とは

日本銀行本店
日本銀行本店

   黒田総裁が根拠にしたとみられる調査は、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究(S)によるプロジェクト「対話型中央銀行制度の設計」の、《「5か国の家計を対象としたインフレ予想調査」(2022年5月実施分)の結果》(5月30日付)というタイトルがそれだ。

   米国、英国など欧米4か国と日本の家計に対する意識をアンケート調査したもので、これを見ると、「主な結果」に「日本の家計の値上げ耐性が高まった」とある。そして、

「『馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がったときどうするか』という問いに対して、前回調査(2021年8月)では日本の家計の過半は『他店に移る』と回答しており、「その店でそのまま買う」(=値上げを受け入れる)との回答が過半を占める欧米と異なっていた。しかし今回調査(2022年4月)では日本も欧米と同じく値上げを受け入れる回答が過半となった」

と記されている。

   具体的に、その箇所を見ると、2021年8月の日本の調査では、「その店でそのまま買う」が43%、「他店に移る」が57%だった。ところが、2022年4月の調査では、「その店でそのまま買う」が過半数の56%に増え、「他店に移る」が44%に減少した。これは、(値上げを受け入れる)欧米4か国の結果とほぼ同じ割合になった、というわけだ。

「日銀は政治との距離が近すぎる」

どんどんモノの値段が上がっている(写真はイメージ)
どんどんモノの値段が上がっている(写真はイメージ)

   今回の黒田総裁の発言について、専門家やエコノミストの間では、疑問や批判の意見が巻き起こっている。

   日本経済新聞(6月7日付)「日銀総裁『家計は値上げ受け入れ』 緩和継続も主張」という記事につくThink欄のひとくち解説で、東京財団政策研究所主席研究員の柯隆(か・りゅう)氏はこう指摘した。

   「家計が物価上昇を許容? 何を根拠にこう話されるのだろう」と疑問を呈し、「食品価格とガソリン価格の上昇は許容の範囲を超えている。日銀は政治との距離が近すぎて、独立性をかなり失った。今の難局はこれまでの行き過ぎた金融緩和の結末である。そこから脱却するには、まず独立性を少しでも取り戻さないと」と訴えた。

   ヤフーニュースのヤフコメ欄では、時事通信解説委員の窪園博俊氏が、「消費者の実感としては、商品の値上がりは家計を圧迫するものであり、受け入れている、との表現には違和感を持たざるを得ない」と批判。「今後、家計が値上がりを文字通りに『受け入れる』ためには賃金の本格上昇が必要となるわけですが、残念ながらコロナ禍からの脱却には時間がかかり、その間、国際資源価格の高止まりが続くと、企業収益・家計所得は圧迫され、賃金上昇も望めない、という悪循環に陥りかねないです」と指摘した。

値上げを当然のものとして受け入れる「値上げ許容度の向上」というよりも...

   物価上昇に実質賃金が追いついていない状態で、家計の値上げ許容度が高まったといっても人々の暮らしはよくならない、と指摘するのは野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。

   木内氏のリポート「家計は値上げを受け入れているのか? 日銀は政策修正で物価安定へのコミットメントを示すべき」(6月7日付)では、潜在成長率と所定内賃金上昇率のグラフを示し、いかに現在の「悪い物価上昇」が家計の逆風になっているかを明らかにした=図表参照

(図表)潜在成長率と所定内賃金上昇率(野村総合研究所の作成)
(図表)潜在成長率と所定内賃金上昇率(野村総合研究所の作成)

   木内氏によると、潜在成長率は所定内賃金上昇率の上限を決める。図表のように、潜在成長率がどんどん下がっている現状では賃金はあがらない。そうした中で、生鮮食品を除く物価上昇率が2%を超えた状況は、人々の暮らしにとって大きな逆風だ。

「家計の値上げ許容度が高まっていることが、持続的な物価上昇の実現にとって重要な変化、と黒田総裁が説明したことに、強い違和感を持った個人も少なくなかったのではないか。簡単に言えば、個人が感じているのは実質賃金上昇をもたらすような『良い物価上昇』ではなく、消費に大きな打撃を与える『悪い物価上昇』だからである」

   そして、こう結ぶのだった。

「アンケート調査で、価格が上昇しても他店に移るとの回答比率が低下したのは、エネルギー・食料品を中心に、幅広く一斉に価格が上昇しており、もはやどの店でも安く買うことができない情勢になってきた、との消費者の考え方の変化を反映しているのではないか。それは、値上げを当然のものとして受け入れる『値上げ許容度の向上』というよりも、消費者の一種の諦めの心境を反映しているようにも見える。それは決して『良い物価上昇』ではなく、『悪い物価上昇』である」

(福田和郎)