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ジョブ型人事は「賃金停滞問題」を解決するか? 注目の「戦略人事」の考え方とは

   企業のESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:統治)やSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を重視した経営が、近年叫ばれるようになってきた。

   その背景には、気候変動に対する企業の取り組みなど環境面からの要請もある一方、企業と社会の持続的成長を可能とする人的資本への構築にも注目が集まっている。

   本書「持続的成長をもたらす戦略人事」(経団連出版)は、英米のデータをもとに、日本の賃金停滞問題を解決する切り札として、ジョブ型・マーケット型人事の実態を紹介するものだ。

「持続的成長をもたらす戦略人事」(須田敏子・森田充著)経団連出版

   著者の須田敏子氏は、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授。専門は人材マネジメント、組織行動、国際経営比較。著書に「日本型賃金制度の行方」など。共著者の森田充氏は、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授。専門は応用計量経済学。

日本型人事のせいでダイバーシティが進まなかった?

   2022年4月にスタートした東京証券取引所のプライム市場上場企業には、2021年版改訂コーポレートガバナンス・コードの全原則の適用が求められている。管理職においては多様性の確保(女性・外国人・中途採用者の登用)に関する目標設定などが求められている。

   だが、ジェンダー・年齢・国籍・雇用形態・キャリアなどさまざまな面で、日本ではダイバーシティが進んでいない。本書は、その大きな阻害要因として日本型人事を挙げている。

   その代表的な特色である長期雇用と年功制のもとでは、勤続年数の短い女性や外国籍社員、中途採用者などの昇進やキャリア開発が妨げられるからだ。

   長期雇用と年功制はワンセットであり、かつては有効に機能した。だが、年功制のもとでキャリアアップしていくには、長期間同じ企業で働く必要があるため、社員が同質化してしまう。そのため、ダイバーシティは進まずにサステナビリティの実現も困難になる、と指摘している。

   1990年代以降、日本でも世界標準のジョブ型人事への移行が見られた。しかし、日本ではヒト型あるいはメンバーシップ型といわれる日本型人事と世界標準の人事とのハイブリッドになっている、というのだ。そこで、本書は英米のデータに基づき、世界標準のジョブ型人事の実態を紹介している。

マーケットが賃金を決める「ジョブ型人事」導入進むか?

   ジョブ型人事とは、担当職務の労働市場における価値に基づいて処遇を決定する人事のことだ。「マーケット型人事」を意味する。著者は「日本の賃金停滞問題の数多い原因の一つに、日本では賃金決定において、労働市場の需給関係という市場メカニズムが機能していないこと」を挙げている。

   だから、ジョブ型人事(マーケット型人事)への移行が日本の賃金停滞問題を解決する、と主張している。

   人事の基本的な目的に、「採用」「定着」「モチベーション」の3つがある。しかし、ここで著者は「日本企業にとって特に賃金レベルを上げる必要がないのが実態ではないだろうか」と驚くべきことを書いている。

   大企業では定着率が高く、組織内では高い競争状態が維持される中で、社員はモチベーション高く働くからだ。大手企業の人事担当者の「賃金を上げなくても定着に大きな問題はなく、一生懸命働いてくれるので特に賃金を上げる必要がない」という話を紹介している。

「人的資本」は経営の重要テーマに

   一方、サステナビリティ重視の世界的潮流では、「人的資本」が経営の重要テーマになりつつあるという。企業がどの程度、SDGsの17の目標に対応しているかについて、「東洋経済CSRデータ」からその割合を算出している。

   こういう結果になっている。2020年において、人的資本に関連する「目標5:ジェンダー平等を実現しよう」が36.8%、「目標8:働きがいも経済成長も」が43.4%と高い。また、「目標13:気候変動に具体的対策を」も41.1%と、他の目標よりも高いことを紹介している。

   資本市場では、投資によって社会問題や環境問題を解決し、投資リターンを得ようというSRI投資が2000年代に欧米で急成長した。さらに、ESG投資、サスティナブル投資へと変遷してきたという。

   日本では、ESG投資、サスティナブル投資を推進する制度環境として、企業側へのコーポレートガバナンス・コードへの説明が経営者に求められるようになった。

   その基本原則は「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」である。女性の活躍促進を含むダイバーシティの確保、社員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇を求めるものだ。 東京証券取引所のプライム市場上場企業には、2021年版改訂コーポレートガバナンス・コードの全原則の適用が求められていることは先に書いた。

   アメリカでは2020年から日本の有価証券報告書に相当する「Form 10-K」の中で、人的資本の情報開示が義務化された。日本でも同様の動きが強まってきた。

   こうした流れの中で、日本型人事システムが変化してきたことを紹介している。たとえば、KDDIは管理職だけでなく、新卒社員まで対象を広げたジョブ型人事を2021年から導入した。また経団連は、すべての企業が一律にジョブ型人事に移行するのではなく、自社に合った雇用システムを導入することを提案している。

   この章のコラムで「新卒で賃金レベルが同一なのは日本だけだ」とあるのに驚いた。

   日本以外では職種別・職務別採用であるため、職種・職務によって賃金レベルが異なるし、個人の知識・スキル・能力・経験などによって賃金レベルが異なるのが通常だというのだ。いかに日本の人事システムが特殊なのかがわかるだろう。

   ほかに、新型コロナウイルス感染拡大にもかかわらず、国際的に比較すると、日本の在宅勤務率が低いことを指摘している。個人の職務内容が明確になっていないため、離れた場所からのマネジメントが難しいことが原因だ。日本のヒト型人事の弱点が新型コロナウイルス感染拡大で浮き彫りになった。この面からも、ジョブ型人事への移行は進むのかもしれない。

   同書では、ジョブ型人事に欠かせない職務分析、職務評価、賃金決定方法などの詳細を解説しており、移行を検討している企業の人事担当者は必読の本だろう。

   長期雇用と年功制をセットにした日本型人事システムは大きな転換点に差し掛かっていることを痛感した。

(渡辺淳悦)

「持続的成長をもたらす戦略人事」
須田敏子・森田充著
経団連出版
2200円(税込)