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初めて行く場所も、これなら安心...視覚障がいの方、期待のアプリ「EYECAN」開発秘話 ポイントは自動運転技術【後編】/ZMP社長・谷口恒さんに聞く

「視覚障がいの方が、初めていく場所でも一人で歩ける世界を実現したい!」

   自動運転技術やロボット開発で存在感を発揮してきたZMP(東京都文京区)が、視覚障がいの方向けの歩行サポートアプリ「EYECAN(R)(アイキャン(R))」を開発して話題を集めている。

   障害物を検知して音声で知らせ、GPSより精度の高い位置情報を用いて目的地まで正確にナビゲートするという「EYECAN」は2022年9月にベータ版を先行リリースし、年内のサービス開始を目指している。

   そんな注目のアプリの開発秘話について、ZMP代表取締役社長の谷口恒(たにぐち・ひさし)さんに話をうかがった。

  • ZMP代表取締役社長の谷口恒さん
    ZMP代表取締役社長の谷口恒さん
  • ZMP代表取締役社長の谷口恒さん

筑波技術大学のメンバー「おもしろそうだ」!

   <初めて行く場所も、これなら安心...視覚障がいの方、期待のアプリ「EYECAN」開発秘話 ポイントは自動運転技術【前編】/ZMP社長・谷口恒さんに聞く>の続きです。

「EYECAN」のイメージ画像(プレスリリースから)
「EYECAN」のイメージ画像(プレスリリースから)

――前回を振り返ると、ZMPの強みである自動運転技術が、視覚障がいの方の歩行サポートに転用できることに着目した、というお話でした。その後、「EYECAN」のプロジェクトはどのように進んでいったのでしょうか。

谷口恒さん「まずは社内のエンジニアに相談したところ、技術的にはできそうだ、とわかりました。また、面識のある視覚障がいの方に話すと、そこでも好感触でした。
一方で、本格的に開発するには、実際のユーザーとなる視覚障がいの方の意見も取り入れたいと考えていました。そこで、一緒に取り組める人、できれば研究機関と協働したいと検討していたところ、人づての紹介で筑波技術大学のメンバーと知り合いました。協働が始まってからは、アプリのユーザーインターフェイスに関してアドバイスをいただいています」

――谷口さんのアイデアやコンセプトを筑波技術大学のメンバーに話したときの反応はいかがでしたか?

谷口さん「最初のウェブ会議では、みなさん、『おもしろそうだ』と言ってくださって、ぜひ一緒にやりましょう、と話が進みました。アイデアはもちろん、ZMPの自動運転技術に対して『それだけの技術があれば』と手ごたえを感じてくれました。
いま、視覚障がいの人は、歩くときは必ず、スマートフォンの音声案内を聞いているそうなので、スマートフォンで利用できるのは魅力的だったようです。もっとも、GPSを活用した既存のナビゲーションアプリでは誤差があるなど精度に課題があります。『EYECAN』の場合、ZMPの強みでもある自動運転用の高精度三次元デジタルマップ(=RoboMap(R)(ロボマップ))と、自己位置推定の技術によって、より正確なナビゲーションができるのです」

認知、判断、操作をスマートフォンで

――自動運転の技術について、もう少し教えてください。

谷口さん「そもそも自動車の運転には、教習所でも習うように、認知、判断、操作の3つのプロセスがあります。自動運転の場合、センサー等を使って、障害物の有無など周囲の環境を『認知』する。障害物があれば避ける、信号が赤なら止まるなどを『判断』する。そして、『操作』では、人間がブレーキを踏む代わりにモーターによってタイヤを止めています」
「EYECAN」の使い方のイメージ
「EYECAN」の使い方のイメージ
谷口さん「『EYECAN』では、いわばこうした3つのプロセスの制御をスマートフォン(iPhone)でおこなうことで、目的地まで正確にナビゲートします。
歩行時の『認知』はスマートフォンのカメラやLiDAR(ライダー)スキャナ(※)が行い、『判断』はスマートフォン本体のCPUやクラウド上の機能を利用します。
そして、人間を行きたい方向にガイドする『操作』では、言葉(音声)で指示を出して、耳で道案内を聞けるようにしているのです(技術的には、高精度三次元デジタルマップをデジタル基盤に用いて、ナビゲーションをおこなっています)。
ちなみに、自動運転(ロボット)では、リアルタイムで細かい指示を出して、ブレーキを段々にタイヤにかけるなど、複雑な仕組みになっています。今回は、自動車とは異なり、人間に合わせた制御が必要でした。また、スマートフォンに搭載された限られたセンサーなどの装置を使って機能させることなどが、開発上の難しかったところです」

(※)初期段階では、LiDARスキャナ機能が搭載されているiOS端末(iPhone13 Pro、iPhone12 Pro)が対象端末となる。

――「EYECAN」は2022年9月にベータ版を先行リリースし、年内のサービス開始を目指しています。

谷口さん「視覚障がいの人は行き慣れたところであれば――道順を覚える努力あってのことですが――白杖を使って行くことができるものです。しかしそれでも困るのは、信号。『EYECAN』は、安全に横断歩道を渡れるよう、信号認識機能を搭載しています。9月の先行リリースでは、とくに利用意向が高かった信号認識機能を搭載するベータ版が登場します。この機能をまずは体験してほしいと思います。
また、みなさんが願う『初めての場所に行きたい』という思いに対しても『EYECAN』でサポートしていきたい。そのためには、対象エリアのマップデータを取得し、デジタル基盤(高精度三次元デジタルマップ)を整える必要があります。『ラクロ』『デリロ』の導入場所ではすでにこれが整っていて、年内のサービス開始時は『EYECAN』をフル機能で利用できる予定です。一方で、『EYECAN』がどこでも使えるよう、そのインフラを全国で広められたらと思います」

まずは自分が輝いて...「一隅を照らす」を胸に

――ありがとうございます。インタビューの締めくくりとして、最後はちょっと角度を変えた質問をさせてください。J-CAST 会社ウォッチの読者層のボリュームゾーンが30代、40代です。この世代に向けて、キャリア/働き方へのアドバイスや、エールをおくるとしたら?

谷口さん「自分もそうでしたけれど、30~40代の中堅の頃は、一番悩みがちな時期だと思います。2つ、アドバイスがあります。 ひとつは、心のケアを大事にしてほしい。『心技体』のうち、『心』がやられてしまうことって多いと思います。心と体は、密接に結びついているものです。好きなものを適度に食べて、十分な睡眠をとって、心をなるべく平静に保ってほしい。これは、自分で保つように意識しないと、意外とできません」
谷口さん「心を平静に保つ方法として、オススメは瞑想です。うちの実家は天台宗のお寺でね。私も大学時代に修行したし、数年前に阿闍梨(あじゃり=弟子たちの模範となる高僧の敬称)の資格もとりました。
だから自分は、心は強いほうだとは思うけれど、それでも出張を入れすぎて体が疲れているときに、心に負荷がかかるような出来事が起こると、やっぱりしんどくなるものです。そういうときは、瞑想です。
30分くらいできるといいですが、慣れていないと5分もできないでしょう。まずは10分を目指して、慣れたら時間を伸ばしていくといいと思います。
心のケアをして心が安定していると、仕事でいいアイデアが浮かんでくるものです。そういう意味でもぜひ、『心』には注意を払ってほしいと思います。

――もうひとつは?

谷口さん「好奇心を持ち続けてほしい、ということです。30代、40代ともなると、社会に流され、日常の仕事をこなしていくうちに、好奇心を持ち続けることが、難しくなってしまいがちではないでしょうか。
そうならないで、好奇心を持ち続けるには、『観察力』が大事だと思います。たとえば、通勤のときは、周りを見回して『人間ウォッチング』をしてもいいと思います。休みの日は、自然に触れて観察するのもいいですね。観察力が高まれば、好奇心は高まり、いろんなことに興味が持てるものだと思います。
日常に流されたっていい、週末は趣味に生きるから――そういう考えもありますが、やっぱり人生の大部分の時間を過ごす仕事が楽しいほうがいい。仕事を面白くするためにも、観察力を高め、いろんなものにアンテナをはる。そうすると、他の人が気づかないものに気づき、仕事でユニークな企画をつくれるようになるのではないでしょうか」

――最後に、谷口さんの座右の銘はなんでしょうか。

谷口さん「天台宗をひらいた最澄の言葉で、『一隅を照らす』は大切にしています。この言葉のエッセンスは、まずは自分が頑張りなさい、ということ。周囲の状況がどうであれ――不満やあきらめの気持ちは差し置いて、いまいるところで頑張って、自分が光りなさい、と。その光は隣の人に伝播し、周囲にいい影響を与えます。その光はそこだけにとどまらず、地域へ、日本へ、世界へと広がっていくことでしょう。ぜひね、その最初の光となるよう、自分ができることで明かりをともしていく。それに気づいてくれる人は必ずいますし、何よりもそういう人のもとに志を同じくする人が集まってくるのだと思います」

――ありがとうございました。



【プロフィール】
谷口恒(たにぐち・ひさし)

株式会社ZMP 代表取締役社長

1964年兵庫県生まれ。制御機器メーカー、商社、ネットコンテンツ会社の起業などを経て、2001年ZMPを創業。家庭向け二足歩行ロボットや音楽ロボットを展開したのち、2009年自動車分野へ進出、自動運転車両『RoboCar(ロボカー)』を開発・販売。以来、自動運転技術で存在感を発揮してきた。ほかに、物流支援ロボット「CarriRo(キャリロ)」のほか、宅配ロボット「DeliRo(デリロ)」、一人乗りの歩行速モビリティ「RakuRo(ラクロ)」、自動運転警備ロボット「PATORO(パトロ)」などのロボットを手掛ける。ロボットベンチャーの先駆者として、唯一無二の存在であり続けることを目指している。