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企業の株価・投資に大きく影響、融資受けられないことも...加速する「カーボンニュートラル」

   最近、「カーボンニュートラル」という言葉をよく聞く。直訳すると、「炭素中立」。

   どういうことかというと、CO2には、工場や車など「増やす側」と、森林など「減らす側」があり、この両者の量が均衡した状態がカーボンニュートラルだ。

   大気中のCO2は増えないので、気候変動対策として非常に重要である。本書「60分でわかる! カーボンニュートラル超入門」(技術評論社)は、経済や社会のしくみを変えるカーボンニュートラルをわかりやすく解説、企業の取り組みを紹介する入門書だ。

「60分でわかる! カーボンニュートラル超入門」(前田雄大著、EnergyShift監修)技術評論社

   著者の前田雄大さんは、エネルギー転換に関するニュースを配信するEnergyShift発行人兼統括編集長。東京大学経済学部卒業後、外務省入省。2017年から気候変動を担当。パリ協定に基づく成長戦略にも関わった。2020年より現職。

「脱炭素」のきっかけは、2015年の「パリ協定」

   国連気候変動枠組条約に加盟するすべての国が、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減に取り組むことを約束したのがパリ協定だ。パリ協定は、2015年12月に採択され、翌年11月に正式に発効された。

   画期的なのは、脱炭素という共通の目的に向かって、先進国と途上国の分け隔てなく、すべての国が5年ごとに削減目標を提出し、更新することを規定したことだ。また、世界共通の長期目標として、温度上昇を2度までにすることが盛り込まれた。

   日本は福島第一原発事故により、原子力発電の比率が下がり、その穴を埋めるべく、火力発電の割合が増加するなど、国際的な脱炭素化の波に今ひとつ乗れていない状況が続いていた。しかし、2020年10月、政府が発表した「2050年カーボンニュートラル宣言」により、状況が一変した。

   これは、国全体で2050年までにカーボンニュートラルを達成するという目標で、そのためのグリーン成長戦略を発表、ロードマップも示した。2021年4月には、2030年までの中間目標も発表し、温室効果ガスを2013年度比で46%減らすという目標を掲げた。その流れに乗り、カーボンニュートラルを宣言する日本企業も続出してきた。

脱炭素化に取り組む企業、市場は高く評価

   投資の世界では、環境(Environment)、社会(Social)、統治(Governance)の頭文字をとった「ESG投資」が急速に拡大している。なかでも、脱炭素を含む「E」が重視されているという。こうした投資による効果は、脱炭素化に取り組む企業の株価を押し上げるまでになっている。

   電気自動車(EV)に取り組む米テスラは株価が急伸し、トヨタ自動車を時価総額で超えた。日本でも、水素を手がける岩谷産業や再エネ事業者のレノバの株価が急伸するなど、銘柄においても、脱炭素化から目が離せないようになった。

   一方では、CO2排出の多い企業や化石燃料に軸足を置く企業などのビジネスからの投資を引き上げる「ダイベストメント」という動きも活発化している。

   住友商事は、オーストラリアでの石炭火力事業で、2020年に250億円の損失を計上した。そして、2040年代後半までに石炭火力発電関連事業から完全撤退すると発表した。ほかに、伊藤忠商事や三井物産も石炭火力資産を手放すことを発表するなど、影響が広がっている。

   また、三菱UFJファイナンシャル・グループは、2050年までの投融資ポートフォリオの温室効果ガス排出量ネットゼロを発表。炭素排出の多い企業は、融資も受けられない流れになりつつあるという。

   ENEOSや東京ガスなどの企業が、水素や再エネの分野に進出しているのは、こうした影響の現れだと指摘している。

日本が注目する洋上風力発電、水素、アンモニア

   本書は、こうした動きの中で変革するエネルギー産業、自動車産業など各業界の取り組みをコンパクトにまとめている。

   たとえば、洋上風力発電。国土の狭い日本では再エネ普及には制約があるとされてきたが、日本は世界第6位の排他的経済水域を持つ世界有数の海洋国家だ。海上はさえぎるものがなく、日本の海洋は風況もよいとされ、洋上風力発電のポテンシャルは非常に大きいという。

   海底に基礎を形成して風車を建てる「着床式」が欧州の浅い海などで導入されており、日本でも秋田県沖などで建設が進んでいる。日本の深い海にも対応可能な「浮体式」の検討も始まった。

   洋上風力発電の事業規模は数千億円、部品数が数万点と多く、関連産業への波及効果が大きいという特徴があり、日本の得意とするものづくり産業が実力を発揮できる分野だ、と前田さんは期待している。

   日本が注力している分野の1つが水素だという。水素は反応過程でエネルギーを生み出すが、化石燃料と異なり、CO2を排出しない。また、製鉄業では、石炭使用が課題になっているが、石炭の代わりに水素を使って製鉄を行う水素還元法という手法もあるそうだ。

   ただ、水素は可燃性の気体であり、取り扱いが難しい。

   また、生成方法別に、化石燃料からCO2排出を伴いながら抽出する「ブラウン水素」、その過程でCO2を回収して生成する「ブルー水素」、再エネ起源の電力を使って生成する「グリーン水素」などがあるが、いずれも非常にコストが高く、市場競争力を高めるには10分の1までコスト低下が求められるというから、課題は大きい。

   政府のグリーン成長戦略で重要視されているのが、アンモニアだ。

   大量輸送が難しい水素を、輸送技術が確立しているアンモニアに変換して輸送し、利用する場所で水素に戻すという手法が研究されている。また、石炭火力に混ぜて燃やす混焼技術で、CO2排出を抑制する開発も進んでいる。

   このほか、日本の先端的な脱炭素技術として、高性能モーターで世界一のシェアを持つ日本電産、CO2の高速処理技術で世界最高速度をたたき出した東芝、植物より効率がいい人工光合成技術を持つトヨタ自動車グループ、電力ロスを低減するパワー半導体で世界トップクラスのシェアを持つ三菱電機と富士電機、東芝デバイス&ストレージなどを紹介している。

   物流業界では、佐川急便が中国製EVを2022年から順次導入している。日本のスタートアップ企業が設計・開発を行い、そこから委託を受ける中国企業が生産するという水平分業型の生産モデルを構築。7200台の軽自動車すべてをEV化すると発表した。

   もはや、脱炭素の流れは私たちの生活の近くまで及ぼうとしている。

(渡辺淳悦)

「60分でわかる! カーボンニュートラル超入門」
前田雄大著、EnergyShift監修
技術評論社
1210円(税込)