J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

なぜ中国のスタートアップ企業は「世界最速」で成長するのか?

   中国には、アリババ、テンセントをはじめ多くのスタートアップ企業がひしめいている。本書「世界最速ビジネスモデル 中国スタートアップ図鑑」(日経BP)は、知られざるスタートアップの急成長事例に注目し、その「成長の方程式」を探った本である。

「世界最速ビジネスモデル 中国スタートアップ図鑑」(井上達彦・鄭雅方著)日経BP

   著者の井上達彦さんは、早稲田大学商学学術院教授。専門はビジネスモデルと事業創造。著書に「模倣の経営学」などがある。共著者の鄭雅方さんは、早稲田大学商学学術院助手。台湾、中国で勤務の後、日本に留学。中国のスタートアップを研究している。

3世代で築かれたスタートアップのピラミッド

   中国には3世代で築かれたスタートアップのピラミッドがある、という指摘がユニークだ。

   第1世代では、インターネット革命が起こり、テンセントやアリババが生まれた。決済、与信、物流、クラウドなどのインフラを構築するとともに、後に続くスタートアップを支援する役割も果たしている。

   第2世代はスマホやクラウドサービスが登場したモバイルインターネット世代で、ショートムービーアプリなどが生まれた。TikTokのバイトダンスなどが相当する。

   最後の第3世代では、ビッグデータと決済インフラが整備され、漫画アプリや共同購入サービスが生まれた。第1世代、第2世代が築いたピラミッドの基盤を活かし、少ない資本でピンポイントに大ブレイクしている。

2億人を突破した漫画アプリ「快看漫画」...ネトフリを研究

   本書は第3世代、第2世代、第1世代の順番で成長の論理に迫っている。第3世代はまだ日本ではあまり紹介されていないため、「へえー」と思うような事例が並んでいる。

   中国で最も人気のある漫画アプリ「快看漫画」のユーザー数は2億人を突破した。女性漫画家が2014年に起業した「快看世界」というスタートアップがリリースした。全作品を縦スクロール、高画質、フルカラーという形式で見せ、ファンを獲得した。

   次に、ネットフリックスを徹底的に研究して模倣。ビッグデータを解析して、ユーザーの好みに合わせたコンテンツを作った。さらに、漫画家を職業として成り立たせるため、マネージャーとプロデューサーをつけ、制作を支援した。漫画家をタレント化し、ファンとの交流を進めた。

   こうして「快看漫画」のプラットフォームには5000人以上の漫画家が参加しているという。中国の先進的なデジタルインフラがあったからこそ、限られた資金でビジネスモデルづくりができた、と解説している。漫画はもはや、日本だけのものではないことを痛感する。

   このほか、第3世代では、美容整形した人の「整形日記」を公開し、患者と病院のマッチングを促すプラットフォームを構築した企業や、中国の子どもと米国の英語教師をオンラインで結ぶ「VIPKID」などを紹介している。

   「VIPKID」に登録しているネイティブ教師は10万人を超え、生徒は世界63の国と地域に広がり、80万人に達するという。経済誌「フォーブス」の「在宅勤務2018」ランキング1位というアメリカ人が今、最も働きたい企業の1つになった。

成長するビジネスモデルは「融業型」と「横展開型」

   第2部では、第2世代のスタートアップ企業を取り上げている。ここで、ビジネスモデルのポートフォリオを4つに分類しているのが興味深い。

a特化型(少市場・少モデル) 特定の市場で、特定のビジネスモデルで勝負する。
b融業型(少市場・多モデル) 少数の市場に対し、多くのビジネスモデルを展開する。
c横展開型(多市場・少モデル) 得意な儲け方をさまざまな業種セグメントで展開する。
d多角化型(多市場・多モデル) たくさんの市場でさまざまなビジネスモデルを展開する。

   さまざまな分析の結果、急成長が期待されるのは融業型と横展開型であることがわかったという。

   そのうえで、アルゴリズムの強みを生かして横展開したのが、TikTokのバイトダンスだと説明している。同社はTikTokで有名になったが、原型はニュース配信アプリにあるという。個々人に向けて関心のあるコンテンツをレコメンドできるようなアルゴリズムがカギとなっている。

   これに対し、融業型のビジネスモデルを展開しているのが、メイトゥアン(美団)だ。オンラインのネット利用者たちをオフラインの実店舗に誘導して、購買を促すことを生業としている。買い物、外食、娯楽、美容、配車など、ありとあらゆるサービスが、同社のアプリで利用できる、オールインワンのスーパーアプリだ。

   横展開と融業を両立させたのが、スマホとIoT家電メーカーのシャオミだ。横展開するときは、自社ですべてを賄うのではなく、パートナーに出資して、開発と生産を委ねた。次にこれらを連携させるアプリを開発したり、自社のインターネットサービスに誘導したりした。売上比率こそ1割程度だが、粗利率は全体の4割を占めるまでになったという。

   第3部では、テンセントは模倣という手段を用いて成功したこと、アリババはアメリカのEコマースの至らない部分を反面教師にして、イノベーションを起こした、と説明している。

成長がはやいスタートアップ企業の共通点

   最後に、中国スタートアップ企業が史上最速で成長した理由について、市場規模の大きさ、保護政策による競争の制限、プライバシーの意識の違い、ゼロから最適化できたという4つの特殊な外部環境を挙げたうえで、それらだけでは実現しなかったと解説している。

   本書で紹介したスタートアップに共通するのは、「ミッションを重視、創造的な模倣による発想、プロトタイピングによる実験、外部資源の有効活用、エコシステムの創出」だと、している。

   そして、第1世代はインフラ提供に専念し、第2世代や第3世代のサービスの利用者が増えれば、最終的には自分たちの収益が上がるという好循環が起きている、と説明する。

   日本の社会と経済は、デジタル化が進んだ中国のはるか後ろを走っている。だからこそ、中国スタートアップに学ぶべきことは多いのではないだろうか。

   「図鑑」と名乗るほど、各企業について詳しく解説しているので、参考になるだろう。学術書の水準を保ちながら、楽しくわかりやすく読ませる工夫を随所にあり、ぜひ一読を勧めたい。

(渡辺淳悦)

「世界最速ビジネスモデル 中国スタートアップ図鑑」
井上達彦・鄭雅方著
日経BP
2970円(税込)