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最近よく聞く「越境学習」って何だ?...二度の葛藤が、あなたを「変える」

   「越境学習」という耳慣れない手法が、企業の人材育成に最近、採り入れられているようだ。

   本書「越境学習入門」(日本能率協会マネジメントセンター)の副題は、「組織を強くする冒険人材の育て方」。経済産業省が進めるプロジェクトが元になっており、イノベーションを生み出す人材が現れることが期待されている。

「越境学習入門」(石山恒貴・伊達洋駆著)日本能率協会マネジメントセンター

   著者の石山恒貴さんは、法政大学大学院政策創造研究科教授。NEC、GEなどを経て現職。著書に「越境的学習のメカニズム」などがある。共著者の伊達洋駆さんは、ビジネスリサーチラボ代表取締役。著書に「オンライン採用」などがある。

ホームとアウェイを行き来する「越境学習」

   日本企業の人材育成はこれまで、OJT(日常的な職場内での学び)、Off-JT(集合研修など)、自己啓発の3種類の要素に注力してきた。とりわけOJTによる学びは、強みであるとされてきた。

   こうした経験学習は、同じ企業文化の中での熟達をめざすもので、既存の製品・サービスの改良・改善や効率化の向上を図るうえでは極めて有効だが、新しい発想で製品やサービスをつくり出すイノベーションには適していない。

   そこで注目されているのが「越境学習」だ。ホーム(所属する企業)とアウェイ(派遣先)を行き来する学び、と本書では定義している。

   越境学習が日本で注目され始めたのは、2010年代以降のことで、2011年の東日本大震災が一つのきっかけだという。

   復興ボランティアの動きが盛んになり、人々の間に社会貢献意識が高まった。企業にも社会貢献の機運が生まれ、企業が主体となって様々な社会課題解決のプロジェクトが行われるようになった。

   やがて、社員が社外で行われる社会貢献活動に参加することが、人材開発や組織開発につながるという認識も広がり始め、越境学習への関心が高まったという。

   越境学習を提供するサービスを展開する事業者が現れ、人材育成に利用する企業も増えているという。アウェイとしては、新興国の非営利団体、ベンチャー企業、地域などさまざまな派遣先がある。

   本書の内容は、経済産業省が立ち上げ、著者らが実施した越境学習における効果を見える化し、評価するためのガイドラインや効果指標を開発するプロジェクトが元になっている。

   経済産業省には、日本国内で新規事業創造、イノベーション創出が進まないことへの強い危機感があり、既存の枠にとらわれない新しい価値を生む人材の育成方法として、越境学習に注目したのだ。

「越境学習者は二度死ぬ」

   越境前、越境中、越境後の調査を通じて、わかったことがある。それは、「越境学習者は二度死ぬ」。こういう言葉で表現しているが、意味するのは「越境学習者は二度の葛藤を通して学ぶ」ということだ。

   アウェイでの越境中に大きな衝撃と葛藤があることは想定していたが、実はホームに戻った越境後の葛藤と衝撃のほうが大きいことが新たな発見だという。こうまとめている。

【越境中】
・自社の常識が越境先に通じない衝撃
・多様な人々と対等にコミュニケーションする力
・異質な環境でまずは自分が動くための情報を速習する力
・経営の全体像を把握する力
【越境後】
・所属組織への逆カルチャーショック
・自分の情熱と周囲の情熱との落差への衝撃
・逆境でも自己や周囲を信頼できる力

   二度の葛藤で、もがくことにより、俯瞰する視点(メタ認知力)が得られることで、人の協力、知識や情報が得やすくなり、会社を変えていく力になる、と総括している。

   本書には実際に越境学習した4人のケーススタディが写真付きで詳しく報告されている。

   たとえば、ハウス食品グループ本社からインドネシアの社会的企業へ4カ月「留職」した男性は、日本の職場と現地の温度差が埋められず、もがいた。

   インドネシアではミッションを全てクリアすることはできなかったが、現地に提供できる成果もあったそうだ。帰国後は、逆に、元の職場のいつもの風景に戸惑ったという。だが、自分の態度を押しつけるのではなく、思いを繰り返し伝えることで、食品メーカーとして社会課題に貢献することを仲間と探っている。

   このほか、パナソニックからITベンチャーに1年間「レンタル移籍」した女性は、経営者目線を獲得し、会社全体の成果を考えるようになった、と報告。西日本電信電話株式会社から「人工流れ星」を売る宇宙ビジネスを経験した男性は、越境により、「リスクマネジメント志向」から「リスクテイキング志向」に変わったという。

   企業の人材育成に越境学習を位置づけるには、会社として異なる価値観を受け入れ、冒険をする人を奨励し、新しいことを積極的に受け入れる組織にするというコンセンサスが必要だという。

   とくに、越境者への「迫害」は禁物で、「関心は寄せつつ、関与は慎重にする」という態度が求められるという。

   企業から派遣されるのが越境学習のすべてではなく、仕事を続けながらボランティアや副業、異業種の勉強会に参加することもまた越境学習だと書いている。ならば、誰もが越境学習をするチャンスはある。

   ようは、会社以外の「場」をつくるということだ。著者は「人は誰もが越境学習者」だと励ましている。冒険のヒントはいろいろなところにあるということだろう。

(渡辺淳悦)

「越境学習入門」
石山恒貴・伊達洋駆著
日本能率協会マネジメントセンター
1980円(税込)