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定年後、本当に稼ぐべき額は月10万円?...「老後2000万円問題」どう乗り切る?

   2019年に金融庁の金融審議会が「老後の30年で約2000万円が不足する」という試算を示したことから浮上した「老後2000万円問題」。今も不安に思っている人も多いのではないだろうか。

   では、実際に定年を迎えた人たちは、どう暮らしているのか。本書「ほんとうの定年後」(講談社現代新書)は、気鋭のアナリストが豊富なデータをもとに実際の姿を明らかにしたものである。「本当に稼ぐべき額は月10万円」などの数字を見れば、30~40代の若い人たちも安心するのではないだろうか。

「ほんとうの定年後」(坂本貴志著)講談社現代新書

   著者の坂本貴志さんは、リクルートワークス研究所研究員・アナリスト。厚生労働省で社会保障制度の企画立案などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て現職。著書に「統計で考える働き方の未来」がある。

定年後の年収は300万円以下が大半

   安定した老後を送るには、経済的な裏付けが欠かせない。定年後の就業者はどのくらいの収入を得ているのか。国税庁「民間給与実態調査」(2019年)によれば、平均年間給与所得は、60~64歳には410.7万円、65~69歳では323.8万円、70歳以降は282.3万円まで下がる(正社員からパート労働者まで含む)。

   自営業者を含む就業者全体について、リクルートワークス研究所が行った調査では、60代前半の平均収入は357万円で中央値は280万円。60代後半になると平均額は256万円で中央値は180万円まで下がる。

   このほかに非就業者もいるため、高齢者全体である程度の収入を得る人は非常に少ないことがわかる。そして、こう結論づける。

◆「事実1 年収は300万円以下が大半」

   また40代後半からの収入額の変遷を見ると、収入のピークは定年直前の50代後半ではなく、50代中盤にある。これは、役職定年制度による給与の引き下げや早期退職が原因と見られる。

   そして、第二の給与削減の波は、定年直後に訪れる。同じ勤務体系でも、定年直後は定年前と比較して、3割程度給与が下がるのが実情だそうだ。こうした傾向を、坂本さんは「定年前に下がり、定年後にもう一段低下する」とまとめている。

   こう指摘すると、心配する現役世代が多いだろう。だが、次に事実を知れば、少し安心するかもしれない。

◆「事実2 生活費は月30万円弱まで低下する」

   総務省「家計調査」(2019年)によると、家計支出額は34歳以下の月39.6万円から年齢を重ねるごとに増え、ピークは50代前半の月57.9万円となる。

   50代後半まで高い水準を維持するが、定年を境に減り始め、60代後半で月32.1万円、70代前半で29.9万円まで出費は少なくなる。70代後半以降は、月26万円程度で安定して推移する。

   支出額の減少に最も大きく寄与しているのは、教育に関する費用のほか、持ち家の場合は住宅費負担がなくなるからだ。「結果的には人生の最終期に持ち家を所有していることは、概ね良い選択になるということである」と書いている。

月10万円の労働収入があれば、家計は十分に回る

   定年後の支出額は定年前と比較して大きく減少する。そして、60代中盤以降は年金給付が受けられる。ここから導かれる結論は――。

◆「事実3 稼ぐべきは月60万円から月10万円に」

   先の「家計調査」によると、仕事から引退した世帯の65歳から69歳までの収入額は、合計でおよそ月25万円となる。

   内訳は社会保障給付(主に公的年金給)が月19.9万円、民間の保健や確定拠出年金などを含む保険金が月2.7万円、そのほかの収入が月2.2万円。

   一方の支出額は32.1万円だから、収支の差額はマイナス7.6万円となる。だから定年後は年金に加えて月10万円ほどの労働収入があれば家計は十分に回る、というのだ。

   時給1000円の仕事であれば、月に100時間働けばいい。1日8時間働くのであれば週3日勤務することになる。

   ところで、定年後も実際に働いている人はどれくらいいるのだろうか。総務省「国勢調査」によると、2000年代以降、就業率は高くなっている。男性65歳では62.9%、男性70歳では45.7%で、働くことは「当たり前」になっている、と指摘する。

定年後は「小さな仕事」で満足

   定年後は、仕事に向かう体力や気力が緩やかに低下し、それに応じて仕事の負荷も下がる。そして、多くの定年後の就業者は、このような「小さな仕事」に前向きな意義を見出すようになるという。

   なぜ、このようなことが起こるのか。

   坂本さんは50代で就労観が一変するからだ、と説明している。リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」によると、仕事に対して意義を感じるかどうかは、50代を底にしたU字カーブを描くという。

   定年を前にして「高い収入や栄誉」を追い求め続けるキャリアからの転換を迫られ、「他者への貢献」「生活との調和」「体を動かすこと」などに価値を感じるようになるからだ。

   それを裏付けるように、定年を境に「仕事満足度」が急上昇しているのも興味深い。

   同研究所「全国就業実態パネル調査」によると、70歳の就業者の5人に3人が今の仕事に満足していると答えている。「定年後の仕事はとても魅力的なのである。ところが、多くの人はそれに気づかない」とも。

   本書の第2部では、7人へのインタビューを通して、「小さな仕事」に意義を見出して生き生きと働いているシニアを描いている。

   本書を読んでみて、30~40代の働き盛りの世代への教訓を評者が挙げるとしたら――。1つ目は、定年後のことはあまり心配しなくてもいいこと。2つ目は、キャリアのどこかの段階で、ポストオフに直面することを覚悟しておくことだ。

   多くの企業で中高年が急速に増えていくなかで、現場で顧客の最前線に立って成果を生み出すプレイヤーが不足し、管理だけを行う人材へのニーズが低下しているからだ。

   3つ目は、退職金制度の縮減・廃止が進む方向のなかで、自衛する必要があること。貯蓄のほか個人型確定拠出年金(iDeCo)などの利用も考えられる。

   ともあれ、働き続ければなんとかなりそうだ。そのためにも、健康が最も大切であることは言うまでもない。「老後2000万円問題」の答えがわかったような気がする。

(渡辺淳悦)

「ほんとうの定年後」
坂本貴志著
講談社現代新書
1012円(税込)