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日銀、「事実上利上げ」サプライズに市場衝撃! 日本株急落、円高加速...エコノミストが指摘「官邸も寝耳に水」「批判浴びない絶妙タイミング」「次期総裁のための地ならし」

   「まさか!」「寝耳に水だ!」。日本銀行は2022年12月20日に金融政策決定会合を開き、大規模な金融緩和の大幅な修正を決めた。緩和策の1つとして抑えてきた長期金利の上限を、これまでの「0.25%程度」から「0.5%程度」へ引き上げたのだ。

   黒田東彦総裁は、その後の会見で「利上げではない」と強調したが、「事実上の利上げ」となる。今回、日本銀行は従来通りの金融緩和策を続けると予想していた金融市場は衝撃を受けた。

   日経平均株価は一時、800円以上も急落、ドル円レートも「金利上昇」を見込んで円買いドル売りが急加速、1ドル=137円台半ばから132円台につけ、一気に5円近く円高に振れた。

   「黒田日銀」にいったい何が起こったのか。日本経済はどうなるのか。エコノミストの分析を読み解くと――。

  • 事実上の利上げに踏み切った日本銀行
    事実上の利上げに踏み切った日本銀行
  • 事実上の利上げに踏み切った日本銀行

共同通信が、日銀サプライズを「スクープ」していたが...

   今回の日本銀行の政策変更、全く予兆がなかったわけではない。12月17日付の共同通信が「スクープ」をしていた。複数の政府関係者への取材で分かったとして、日本銀行が2%物価上昇目標の見直しを検討していること。また、2013年1月に公表した政府を日本銀行の「共同声明」(アコード)を初めて改定する方針であることを伝えていた。

   「アコード」とは、当時の安倍晋三政権の経済政策の、一丁目一番地である「三本の矢」の1本のことである。政府と日本銀行が「大胆な金融緩和政策」に向けて声明を結び、初めて2%の物価安定の目標を導入した。いわば「アベノミクス」のスタートとなる重要声明である。それを改定しようというわけだ。

日本銀行の突然の政策変更で、日経平均が800円以上急落した東京証券取引所
日本銀行の突然の政策変更で、日経平均が800円以上急落した東京証券取引所

   しかし、大手経済メディアが後追い記事でこの動きを否定する内容を掲載、また複数のエコノミストも「あり得ない」とコメント。さらに、松野博一官房長官も12月19日の会見で「(アコードを改定する)方針を固めた事実はない」と否定するに至り、日本銀行の水面下の動きに市場は無関心となっていた。

   ひるがえって、12月20日の会見において、日本銀行の黒田東彦総裁は「事実上の利上げだ」との指摘に対し、「市場機能改善に向けたもので、利上げではない」と強調した。そのうえで、長期金利の上限引き上げについて、「金融緩和の効果が企業金融などを通じてより円滑に波及していくようにする趣旨だ」と説明。「(金融緩和の)出口政策とか出口戦略の一歩とか、そういうものでは全くない」とした。

官邸も寝耳に水、市場が想定しない師走のタイミング狙った?

   今回の日本銀行のサプライズ、エコノミストはどう見ているのか。

   日本経済新聞(12月20日)「日銀が緩和縮小、長期金利の上限0.5%に引き上げ」という記事に付くThink欄の「ひと口解説コーナー」では、日本経済新聞社特任編集委員の滝田洋一記者が、

「注目されるのは、政策変更の根拠として債券市場の機能低下を挙げている点です。唐突な感じを抱かれるかも知れませんが、実はこのポイントは10月12日のG7財務相・中央銀行総裁会議で、米欧側が指摘していた懸念事項でした。
政策変更の機をうかがっていた黒田総裁としては、市場参加者が想定していなかった師走のタイミングを狙って、長期金利の上限引き上げ(変動幅拡大)に動いたものとみられます」

と、突然の政策変更の背景を説明。

「今日の政策変更は官邸にとっても寝耳に水。もちろん、市場のサプライズも大きい。なかでも債券市場は、長期金利の上限のさらなる引き上げを催促する展開になると思われます」

と、官邸や市場の動揺の大きさを伝えた。

岸田文雄首相も政策変更は知らされていなかった?
岸田文雄首相も政策変更は知らされていなかった?

   同欄では、元日本銀行政策委員会審議委員の経歴を持つ慶應義塾大学総合政策学部の白井さゆり教授(国際金融論)が、

「基本的にはこれまでの枠組みを変えずに、変動幅だけを上下0.25%から0.5%へ拡大する決定をしています。2016年に長短金利操作を導入し、2018年に上下0.2%を明示的に導入し、昨年3月に0.25%へ拡大してきているため、その延長線の政策です。私(=白井教授)も変動幅の拡大を以前から提案する発言をしておりました」

と、これまでの経緯を説明。

「しかし、今年に入り日銀サイドも拡大について否定されていたため、今回の対応はサプライズになったようです。0.5%で指値オペを続けるようですが、長期金利はむしろ低下しており、市場が落ち着くのにしばらく時間がかかるかもしれません。サプライズにはなりましたが、政策の方向としては適切な対応だったとは思います」

と、今回の政策変更を評価した。

外形的には「海外投資家の勝利」「日銀の敗北」

   一方、同欄では、みずほ証券チーフマーケットエコノミストの上野安泰也氏が日本銀行の対応を批判した。

「黒田日銀総裁在任中は異次元緩和の修正はないとみられていただけに、今回の決定は大きなサプライズ。『社債や貸出等の金利の基準』であるべき10年債利回りがイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)上で人為的に低い水準に押さえ込まれた結果、社債や地方債のプライシング(価格設定)が困難になるなど、日銀が問題意識を強めざるを得ない材料がこのところ増えていた」

   これまでの政策の問題点を指摘。そのうえで、

「今回の決定は、一連の金融引き締め策の端緒というわけではあるまい。もっとも、この決定は少なくとも外形的には『海外投資家の勝利』『日銀の敗北』。緩和策の新たな点検・検証を行うことのないまま日銀が政策運営を突然変えた事実は、YCC解除も突然行われるのではというような市場の疑念を強めることにもなる」

と、市場の動揺がしばらく続くとした。

日本銀行の突然の政策変更で、ドル円レートも5円近く円高に上振れた(写真はイメージ)
日本銀行の突然の政策変更で、ドル円レートも5円近く円高に上振れた(写真はイメージ)

   ヤフーニュースのコメント欄では、第一生命経済研究所主任エコノミストの藤代宏一氏が、

「日銀は予想外にYCC(イールドカーブ・コントロール=長短金利操作)の修正に踏み切りました。短期金利をマイナス0.1%、長期金利を0%程度で据え置くYCCの枠組みそれ自体に変更は加えませんでしたが、10年金利の変動幅を従来のプラスマイナス0.25%からプラスマイナス0.50%へと拡大しました。事実上の利上げです」

と説明。つづけて、

「もっとも、日銀が発表した声明文には、今回の修正は『金融緩和の持続性を高める』目的であると明記されていました。あくまで金融引き締めではなく、債券市場の歪み(10年金利が局所的に低い)を取り除くことで、YCCを長期に継続していく構えを示した格好です。
今後、日銀が賃金・物価の持続的上昇に自信を持てば、いよいよマイナス金利の撤回が視野に入ります。引き続き賃金・物価データを注視していく必要があります」

と、日銀が今後、金融引き締めに動く可能性がありうると示唆した。

日銀が外部の圧力に屈したとの印象を回避できるタイミング

どうなる日本経済?(写真はイメージ)
どうなる日本経済?(写真はイメージ)

   「日本銀行は、異次元の金融緩和策が円安と物価上昇を招いているという国民からの批判をかわすために、このタイミングを狙っていたのではないか」といったトーンで指摘するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。

   木内氏はリポート「日銀がYCCの柔軟化策をサプライズ決定:依然として不確実性が高い共同声明・物価目標の修正議論の行方」(12月20日付)のなかで、折しも円高に修正されて、外部圧力に屈したとみられないタイミングに、サプライズ政策変更を行なったと推測している。

「今春以降、2%の物価安定目標に強くこだわる日本銀行の金融緩和姿勢が、物価上昇圧力を高める悪い円安を助長しているとして、その政策を修正すべきとの批判が企業、家計などから高まっていた。黒田総裁はそれを強く拒否し、為替政策への影響を意図した政策変更を強く否定してきた。
ただし、足元では円安傾向が一巡し、そのような批判が沈静化してきたこのタイミングで、日本銀行が外部からの批判を受け入れたかのようなYCC(イールドカーブ・コントロール=長短金利操作)の修正を決めたのは非常に驚きである。
背景には、円安が一巡し、批判が沈静化してきたこのタイミングだからこそ、YCCの修正を行っても、日本銀行が外部からの圧力に屈したとの印象を回避できると考えたのではないか」

   もう1つ木内氏が指摘するのは、来年(2023年)4月に交代する次期日本銀行総裁の新体制への配慮だ。

「今回の措置は、YCCの修正に強く反対してきた黒田総裁が、新体制に一定程度の配慮を示し、政策移行を多少なりともスムーズにするために柔軟化姿勢に転じたことも意味するように思われる。この点から、今回の措置は新総裁下での政策の柔軟化を先取りしたもの、と解釈できるのではないか」

黒田氏は、次期総裁のために地ならし役を買って出た?

   木内氏と同様に、「次期総裁に交代するに当たっての地ならしの意味もあるのでは」とするのは、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏だ。

   熊野氏はリポート「日銀が長期金利変動幅を0.5%に拡大~2022年12月の政策決定会合~」のなかで、「最近の債券市場では、長期金利のレートが取引不成立によって値が付かない日が多くみられていた」として、もともと政策変更を迫られていたと指摘する。

「ここにきて、その弊害を重視した背景には、次期総裁にバトンタッチするに当たって、政策の動かしにくさを解消するために行ったと考えられる。例えば、次期総裁に交代して早々に長期金利の上限を0.50%に引き上げたとすればどうだろうか。多くの人が『新総裁はタカ派だ』と批判するだろう。それは、新総裁にとって不都合な評判だ」
(図表)絶好の政策変更のタイミングだったドル円レートの推移(第一生命経済研究所の作成)
(図表)絶好の政策変更のタイミングだったドル円レートの推移(第一生命経済研究所の作成)

   ちょうど、ドル円レートのタイミングもよかった【図表】。円高に上振れていたからだ。さらに、日本銀行の決定会合の結果が発表された直後、ドル円レートは137円台前半から133円前半に一気に4円近くも円高に上昇した【再び図表】。熊野氏は、

「黒田総裁にしてみれば、円安の放任批判に対して、適切に対処したことになる。(中略)黒田総裁が、ここにきて柔軟性を示してきたことは、賞賛すべきことだ」

と、大いに評価した。

財務省が為替介入をする必要もなくなる?(写真は財務省本館)
財務省が為替介入をする必要もなくなる?(写真は財務省本館)

   ところで、今回の日銀の政策変更で今後の物価の動きはどうなるのか。

「為替の影響は、3か月以上のタイムラグを伴って発現していく。そうなると、2023年4月以降に今回の修正は現れてくる。おそらく、4月の電気料金の改定では、3割近い料金引き上げになるだろう。
しかし、ドル円レートが円高方向に修正されていけば、電力会社に対するコストプッシュ圧力は和らぐことになる。潜在的に、電気料金を押し下げる効果が期待される。
直近の消費者物価上昇率は、コア指数で前年比3.6%まで上がっている。この伸び率は12月に4%前後まで上がる可能性がある。従来、日銀はもっと物価上昇率が高まってもよいという姿勢だったが、ここにきて姿勢を修正してきていると考えられる。
賃金上昇が十分ではない状況下で、輸入物価だけを上げることは望ましくないと、日銀は冷静に考え方を変えたのであろう」

   今後、輸入物価が押し上げてきた消費者物価の上昇が緩むというわけだ。それなら、もっと早く決断してほしかったところだが......。(福田和郎)