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「黒田ショック」第2弾、市場が戦々恐々する「隠し玉」とは エコノミストが指摘...事実上利上げは黒田氏と日銀執行部との妥協か、再び急激な円高リスクも

   「黒田ショック」の第2弾があるのか?!

   2022年12月20日の日本銀行政策決定会合は、金融市場の度肝を抜いた。まさかの「事実上の利上げ」を行ったからだ。

   金融市場関係者は2023年4月の黒田東彦日本銀行総裁の任期が切れるまで、再び「隠し玉」が投じられるのではないか、と戦々恐々だ。

   メディアの報道とエコノミストの分析で、今後、日本銀行が何を仕掛けてくるか、読み解くと――。

  • 「黒田ショック第2弾」はあるか?(写真は日本銀行本館)
    「黒田ショック第2弾」はあるか?(写真は日本銀行本館)
  • 「黒田ショック第2弾」はあるか?(写真は日本銀行本館)

岸田首相が黒田総裁に「余分なこと言わないように」と注意

   朝日新聞(2022年12月26日付)の内幕記事「黒田日銀10年 行き詰った異形の緩和策」によると、岸田文雄首相と黒田東彦(はるひこ)日本銀行総裁との間で、こんなやりとりがあったという。

《「余分なことまで会見で言わないように」
複数の政府関係者によると、11月10日午後、首相官邸を訪れた日本銀行の黒田東彦総裁は、面会した岸田文雄首相から発言に釘を刺された。政策運営の独立性が保障されている日銀トップの発言に、首相が苦言を呈するのは極めて異例だ。
岸田氏が問題視したとみられるのは、大規模な金融緩和の維持を決めた9月22日の金融政策決定会合後の会見だ。》
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黒田日銀総裁に「余計なこと言わないで」とクギを刺した岸田文雄首相

   黒田氏は、「当面、金利を引き上げることはないと言ってよい」と発言したうえ、緩和を引き締める時期については、「2~3年先」と、自分の任期(2023年4月)以降の後任総裁の政策を縛るような言動まで行なったのだ。

   この結果、円が1ドル=145円台にまで急落、物価高に拍車をかけた。財務省が24年ぶりのドル売り・円買いの為替介入に踏み切らざるを得なくなった。

   朝日新聞は、《日銀が動いたのはそれから約1か月半後の12月20日だ。》として、「黒田ショック」と言われる「事実上の利上げ」に触れ、《首相周辺の1人は「為替へのショック療法として成功だった」と満足げに話した》と伝える。

   朝日新聞は、黒田総裁の最大の後ろ盾だった安倍晋三元首相が死去、また安倍氏とともに黒田氏をささえた菅義偉前首相も政権を去り、今や政府にとって日本銀行は、《リスクマネジメントの対象になっている》と報じている。

黒田総裁と日銀執行部が交わした「名」と「実」の取り引き

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為替介入を余儀なくされた財務省(写真は財務省本館)

   日本銀行が「事実上の利上げ」という政策変更を行なった背景には何があったのか。

   「金融緩和継続に固執する黒田総裁と、金融正常化を目指す日本銀行執行部の間で『名』と『実』のトレードが成立したのだろう」と推測するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。

   木内登英氏は2012年から5年間、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会審議委員を務め、うち約4年間は黒田総裁体制と重なる。そして、黒田氏の「質的・量的緩和策」に反対していたことで知られる。

   その木内氏はリポート「金融市場が警戒する日本銀行の次の一手と物価動向」のなかで、今回の「イールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利差の操作)柔軟化」という「事実上の利上げ」には次の2つの狙いがあったと指摘する。

   (1)日本銀行の硬直的な金融政策運営が円安を加速させたとして、政府、企業、家計から強い批判を受けたことへの対応で、関係修復への試み。

   (2)次期総裁のもとでのより明確な柔軟化、正常化策を先取りし、新体制への移行を円滑にする試み。

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日銀の政策変更で株価が急落している東京証券取引所

   ただし、黒田総裁自身はこうした考えに積極的ではなく、日本銀行の執行部(事務方)からの強い説得によって、直前になってしぶしぶ受け入れたのではないかと推察されるという。木内氏はこう説明する。

「任期中は2%の物価安定を目指して緩和姿勢を一歩も後退させない、という信念を貫き通したい黒田総裁にとって、今回の措置でも金融緩和の枠組み、方針が維持されたことから、何とか体面は保たれた形だ。黒田総裁は『名」を取ったと言えるのではないか。
他方、次期総裁の新体制下でも引き続き政策運営に携わるため、悪化した政策運営の環境を改善したいと考える執行部は、金融政策の柔軟化を進め、政府、企業、家計との関係修復の足掛かりをつかんだ、という点で『実』を得たと言えるのではないか。両者の間で『名』と『実』トレードが成立し、今回の措置の実施に至ったのではないか」

世界的景気後退で、「賃金と物価の好循環は生じない」

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日本銀行の政策変更で、ドル円レートが円高に振れている(写真はイメージ)

   さて、今後、日本銀行が打つ手は何か。木内氏は、「誰が次期総裁に就任しても、日本銀行の執行部(事務方)が主導する形で金融政策姿勢は転換される」として、正常化開始の時期のポイントを2つ挙げる。

   (1)2%の物価目標達成が視野に入ったことを受けて実施する。

   (2)2%の物価目標達成は視野に入らないが、2%の物価目標の位置づけを長期目標などに修正し、金融政策運営と物価目標を切り離した後に実施する。

   実際には、第1の可能性は極めて小さく、第2の形で正常化策が開始されるだろうという。なぜ、第1の可能性が小さいのか。それは「賃金と物価の好循環は生じない」からだとして、木内氏はこう結んでいる。

「今年、物価上昇率が大幅に上昇したことの影響から、来年の賃上げ率は上振れ傾向が目立つだろう。それでも、来春のベアは最大で1%強の水準ではないか。日本銀行が2%の物価目標達成と整合的な賃金上昇率の水準としているベア3%には程遠いのである。
さらに、来年には輸出環境が悪化し、また円高が進むなか、輸出企業の収益環境が一気に悪化する可能性が考えられる。そして景気全体も悪化するなか、企業の賃上げ姿勢は慎重化していき、2024年のベアは再び0%台に下がるだろう。
従って、新体制の下で日本銀行がマイナス金利解除などの正常化策を進めるには、2%の物価目標の位置づけを長期目標などのより現実的な目標へと修正し、金融政策運営と物価目標を切り離す必要がある。マイナス金利解除などの具体的な政策変更が「ハード」の政策修正であるとすれば、それを可能にする2%の物価目標の位置づけの修正は、「ソフト」の政策修正と言えるのではないか。
こうした「ソフト」の政策修正は、新体制の下で来年にも実施される可能性があるが、世界的な景気悪化、物価上昇率の大幅低下、円高進行、FRBの金融緩和観測の浮上などが来年春にも生じることが見込まれ、その場合、マイナス金利解除などの正常化策の実施は2024年半ば以降に先送りされるとみておきたい」

   日本銀行の正常化は、2023年に襲ってくる可能性が非常に高い「世界的景気後退」がいつ始まるか次第というわけだ。

黒田氏の「隠し玉」は、金融正常化への第一歩か

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どうなる日本経済?(写真はイメージ)

   一方、一度ウソをついて市場を裏切った黒田総裁は、逆に前言を翻すことの弊害が少なくなったので、「任期終了前の2023年1~4月に、再び隠し玉を仕掛けてくる可能性がある」と指摘するのは、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏だ。

   熊野氏はリポート「日銀はまだ仕掛けてくるか?~2023年1~4月の政策展望~」(12月23日付)のなかで、これまで「利上げはしない」と説明しながら、「事実上の利上げ」を行い、会見では「利上げではありません」と申し開きをした黒田総裁の言動を、経済学の上では「時間非整合問題」になる、と説明する。

「長期的な利益のために政策運営をしていると、短期的な利害と対立する状況が起こる。その利害対立によって、政策当局者はどこかの時点で、意見をひっくり返す行動を採らなくてはいけなくなる。金利を上げないというコミットメントは、短期的には投資家に安心感を与えるが、長期的に副作用を大きくする。どこかの時点で必要だった修正を、黒田総裁は今行ったのだ。
その弊害は、一度約束を破ると、次からコミットメントを投資家が信じなくなることだ。黒田総裁の言葉に信用がなくなり、皆が疑心暗鬼に陥る。これは現在起こっている混乱そのものだ」

   さて、今後、信用がなくなった黒田総裁はどんな手を打ってくるか。

「筆者(=熊野氏)は、なぜ今、君子豹変したかと言えば、次の日銀総裁がやりにくい課題を自分の任期中に片づけて置こうとしているからだと考える。明確な出口戦略に1~4月の短期間で着手することはないとしても、いくつかの課題にトライすることはあり得る。
例えば、物価が安定的に2%を超えているかを検証する『検証』、『再検証』、『点検』といったことを試みる可能性はある。1月の(政策決定)会合では、『3月に検証を行う予定です』とアナウンスしておいて、3月に検証を実施する。自分の退任前に検証をすることは、何の違和感もない。自分自身の花道にもなる」

   この「検証」は、前述の野村総合研究所の木内氏が指摘した「2%の物価目標の位置づけを、長期目標より現実的な目標に修正する」ために不可欠なもの。つまり、金融正常化への第一歩だ。それに黒田氏は挑戦する可能性がある。

   その結果は、日本経済にどんな影響を及ぼすか。

「もしも、1~4月に隠し玉を黒田総裁が投げてくると、為替レートはより円高に振れるだろう。筆者の計算では、日本の長期金利がプラス0.25%上昇することで、ドル円レートはマイナス3.92円ほど円高になると推定する。
もっと長いスパンで考えると、近々発表される次期日銀総裁が、現在のボードメンバーから選ばれる場合、長期金利上昇の容認へとさらに進む可能性を意識することになるだろう。すると、現在のドル円レートの変動は、さらに円高方向に向かう。2023年1~4月は1ドル127~128円まで円高に振れる可能性はあるだろう」

   この急激に振れる円高が、「黒田ショック第2弾」というわけだ。それはそれで、日本経済の一大事である。(福田和郎)