J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

音楽ストリーミングサービスの普及によって、曲のつくり方が変わってきた

   最近、音楽はCDよりもストリーミングによるサブスクリプションサービスで聴くという人の方が多いのではないだろうか。本書「最新音楽業界の動向とカラクリがよくわかる本」(秀和システム)は、クラウド化とグローバル化が進む音楽ビジネスの仕組みをわかりやすく解説した本だ。音楽業界への転職や音楽ビジネスに興味のある人に勧めたい。

「最新音楽業界の動向とカラクリがよくわかる本」(山口哲一著)秀和システム

   著者の山口哲一さんは音楽プロデューサー。新規事業創出と起業家育成を行うスタートアップスタジオStudioENTRE代表取締役、大阪音楽大学特任教授。

アップルiTunes、Spotifyによる革新

   最初に、音楽ビジネスの根本的な構造変化について説明している。デジタル化によって、音楽が「デジタルファイル」として流通できるようになった。つまり、インターネットの普及により、権利者の意思とは関係なく、簡単にコピーされて広まり、音楽ビジネスの関係者を悩ませるようになった。

   P2P技術で音楽ファイルが交換できるサービスNapsterは、アメリカレコード協会の提訴で倒産に追い込まれたが、ファイルの交換は根絶できなかった。

   だが、続いて起きたクラウド化が、決定的な変化となった。クラウド上に楽曲データを置き、ユーザーに対してアクセス権をコントロールする形で収益を得るモデルは、従来の複製を基本とする著作権の考え方を逸脱するものだ。

   根本的に契約内容や業界慣習をアップデートする必要があるが、ステークホルダーが多い音楽ビジネスでは現実的に不可能で、「木で竹を接ぐ」ように、やりくりしているのが現状だという。

   アップルのiTunesは、配信サービスを選んで、単曲ごとにダウンロードして聴くという新しい音楽体験を定着させた。その次に、ストリーミングによるサブスクリプションサービスが登場した。「違法サービスより便利なサービスを作るのが、最善の違法対策」という方針を掲げたSpotifyが世界の標準的モデルになった。法人設立時から、大手レーベル4社が出資しているのが象徴的だという。

   Spotifyに遅れを取っていたアップルも、同種のストリーミングサービスApple Musicを始めた。長期低落傾向だった世界の音楽市場は、ストリーミングサービスの普及に牽引される形で、2014年からV字回復を果たし、コロナ禍においても伸び続けている。

   ストリーミングサービスが与えた大きな影響の1つが、売上における新譜旧譜比率の変化だという。2021年のアメリカ市場では、1年半以上前にリリースされた作品の売上比率が74.5%を占めた。ユーザーに支持される作品を作れば、長く収益を得られる反面、初期投資の回収に時間がかかるという側面もある。

   ストリーミングサービスの普及によって、1曲の平均時間が短くなり、ジャンル横断型の音楽性が有利になるなど、楽曲そのものも変化しているという。

   多くのストリーミングサービスでは、30秒以内に早送りされてしまうと、1再生と認められず、使用料支払いの対象にならない。これは、「スキップレート」といわれ、これを下げるために、楽曲、特にイントロを短くしていくという変化が起きている。

   また、さまざまな種類のプレイリストに選ばれることがヒットの条件になっているので、ジャンル横断型の音楽性が有利になるからだ。

デジタル化が遅れた日本の音楽市場

   日本の音楽業界はCD販売に長く支えられ、世界で最もデジタル化が遅れた、と指摘している。CD売上は1998年をピークに長期低落。2014年にはコンサート入場売上がCD売上を上回った。コンサート市場は成長を続けたが、コロナ禍で致命的なダメージを受けた。

   2023年から復活予測のコンサート入場料収入とデジタル市場の伸長が、今後の音楽業界のカギを握っているという。

   日本の音楽市場のデジタル化が遅れたのは、CDビジネスを延命させようとしたからだ、と見ている。大手レコード会社はiTunesに非協力で、安価なレンタルCD店の存在がiTunesの価格競争力を奪った。さらにレコード業界は、Spotifyとの許諾交渉を長引かせ、サービス開始が遅れたという。

   2021年の日本の音楽市場におけるストリーミング比率は34.4%だ。これは、アメリカ市場の2015年の比率と同じで、約6年遅れている。日本のデジタルサービスが遅れたことで、長期低落が続いている、と批判的な見方だ。

   デジタル化によって音楽活動はあらゆる面で、個人でも行えるようになった。音楽体験も、音楽創作、原盤制作も個人の側に比重が移り、音楽家のアマチュアとプロの境界は曖昧になり、商慣習も変化しているという。

   デジタル時代を象徴する新現象をさまざま挙げている。

   たとえば、インディーズ楽曲ながらネット上で大きな話題となり、紅白出演に至るまでヒットした瑛人の「香水」。TikTokやYouTubeがバズった要因だとしている。

   また、1979年リリースの松原みき「真夜中のドア~Stay with me」がSpotifyバイラルチャートで長期間1位を記録したのは、サブカル音楽ファンの地下ブームが、コロナ禍に重なり、サブスクに乗って浮上した、と見ている。

   今後、日本の音楽業界を「拡張」するだろうパイオニア16人を紹介している。

   デジタル世代向けのチケット事業を行う人、個人で活動するDIYアーティストを支援する人、日本独自の業態である「事務所」の変革を進めようとする人......デジタルだからこそ出来る、新たな挑戦が取り上げられている。

   山口さんは「音楽業界の迷走は、日本の産業界のあちこちに見受けられる典型的な負けパターン」としながらも、随所で「再生」のヒントを示している。音楽に限らず、さまざまなビジネスのヒントが隠れている。(渡辺淳悦)

「最新音楽業界の動向とカラクリがよくわかる本」
山口哲一著
秀和システム
1540円(税込)