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冬よりも夏に客が多く来るスキー場は、どうやってできたのか?

   スキー場なのに、夏の来場者が冬を超えたと話題になっているのが、長野県の白馬岩岳マウンテンリゾートだ。

   本書「スキー場は夏に儲けろ!」(東洋経済新報社)は、その逆転ヒットの秘密を経営者が明かしたものだ。「隠れた資産を見つけ出し、磨き上げる」という考え方は、他の業種でも参考になりそうだ。

「スキー場は夏に儲けろ!」(和田寛著)東洋経済新報社

   著者の和田寛さんは、白馬岩岳マウンテンリゾート代表。東京大学法学部を卒業後、農林水産省、コンサルタント会社を経て、白馬が好きで2014年に移住。スキー場運営会社の子会社で働き始めた。2016~17年の記録的な少雪でスキー場の来場者が激減したことをきっかけに、「オールシーズン・マウンテンリゾート」を目指した改革に取り組んだ。

「私たちはスキー場ビジネスをやっているわけではない」

   和田さんは、地元の関係者と白馬岩岳のビジネスの定義を話し合い、「私たちはスキー場ビジネスをやっているわけではない」という結論に達したという。自分たちがいる土俵は「レジャー産業」であり、具体的には以下のように定義した。

「半日以上の時間を国内外のお客さんに使ってもらい、目に見える製品や商品をお渡しすることなく、満足感や爽快感を覚えてリフレッシュした状態で、もとの生活に戻ってもらうビジネス」

   だとすると、競合するのは県内のスキー場だけではなく、日本内外のスキー場、さらに遊園地やキャンプ場、ゴルフ場、映画館、動物園や水族館、しかも京都や沖縄などの観光地もライバルとなる。

   したがって、「スキー場」という固定観念を取り払うことで、新たにできることを考えた。そこで浮かんだキーワードが、「隠れた資産を見つけ出し、徹底的に活用すること」だった。隠れた資産には、モノ、ノウハウ、ヒトの3つがあるという。

   和田さんらは「白馬三山の眺め」が、「隠れた資産」だと気が付いた。

   だが、展望を売りにした施設は、世の中を見回せば、ほかにもある。だから、単純な「モノマネ」は厳禁。差別化するために、「おいしい食事とコーヒーを提供し、おしゃれな空間と絶景を組み合わせる」という方向性が固まった。

   白馬岩岳の山頂においしい食事と絶景を楽しめる展望台「白馬マウンテンハーバー」をつくるうえで、必要なのが「外部の力」。頼ったのが、東京都心で数多くの人気店を持つベーカリー・カフェ「THE CITY BAKERY」だった。

   何度も交渉を重ね、白馬岩岳サイドで施設をつくり、フランチャイズで運営すること。店のデザインからオペレーションまで、「THE CITY BAKERY」がコントロールするという条件で出店が可能になった。

   開業した2018年10月からの1カ月で、それまでのグリーンシーズン(4月~11月)トータルの来場者数を超える3万人を集客した。

パートナーシップを構築する6ステップ

   和田さんは、外部とパートナーシップ構築のための6つのステップを挙げている。

1 活用したいと思う「隠れた資産」をきちんと見つけ、言語化する
2 「隠れた資産」を活用するのに適したパートナー候補をリストアップする
3 最初に断られる確率を下げるため、丁寧にアポイントを入れる(可能なかぎり、頼りになる人を探して紹介をお願いする)
4 自社と相手方の強みのバランスに応じた最適なパートナーシップの形を見つける
5 パートナー候補に、組むメリットを明確に伝える
6 うまくいかなくても諦めない。最後は情熱と気合い

   フランチャイズ、テナント、先方直営事業という3つの形から、最適なものを選べばいいという。

   こうやって、「隠れた資産」をもとに「外部の力」も得て、以下のような施設をつくり上げた。

・北アルプスを眺める絶景の山頂につくった展望施設「白馬マウンテンハーバー」
・北アルプスの大絶景に飛び出す大型ブランコ「ヤッホー!スウィング」
・スノーピークが監修した快適アウトドア空間の「岩岳グリーンパーク」
・国内初のドイツ発祥のアクティビティ「マウンテンカート」
・マウンテンバイクの聖地として復活をとげた「白馬岩岳マウンテンバイクパーク」
・古民家を再生した「旅籠丸八」などのクラブハウスやダイニング
・京都嵐山などで人気のスコーンの店「CHAVATY」が出店した展望エリア「白馬ヒトトキノモリ」

   ほかにもさまざまな取り組みを同時多発的に仕掛けた結果、2016年には2万5000人程度だった「グリーンシーズン」の客は、2021年には13万4000人を突破、2022年は18万人を超える勢いだ(9月末時点での予測値)。

適正な価格で得た資金を新たなコンテンツに

   「対価をいただくことを恥じてはいけない」という一節が心に残った。

   使われなくなっていたリフト終点のプラットフォームを絶景ブランコ「ヤッホー!スウィング」に改造した。有料化と有人によるサービス提供として、2分間で500円の料金を徴収することにした。ブランコだけで年間の売上は1000万円にもなる。こうして得た資金をもとに、次のコンテンツを整備した。

   さらに、2019年には、スキー場として国内唯一のVIPサービスを始めた。複数のラウンジ利用やゴンドラリフトの優先搭乗、優先駐車場などがパッケージになり、通常のリフト券の2倍の料金というものだ。21~22年シーズンでは1400人が利用し、単価アップに貢献した。こうした取り組みの結果、売上は過去7年間で1.8倍に、営業利益は12倍になった。コロナ禍でも勢いは止まらない。

   国内のスキー場では、安売り競争が加速しているという。これに対し、和田さんは、魅力的なコンテンツをつくり、適正な価格をいただくことで、新しい魅力やコンテンツを開発するという「正のスパイラル」を回すことが大切だ、と説く。

   成功するかどうかの勝負は球数にある。そのたえ、とにかく小さな球を打ち続けることが大事だと。まずは傷の浅そうなものから、どんどん始めてしまう。お客さんが求めることを把握し、準備することは難しいので、「計画よりも実験」「実験を通じて当たりそうだと感じたものに集中する」ことだと強調している。

   本書には、白馬岳を目指して飛び出した展望施設の写真が載っている。そこからの眺めを見るだけでも行く価値があると思った。

   隣には栂池高原や白馬八方尾根という人気スキー場があるなかで、標高が低く、ウィンターシーズンが短いというハンデを抱えた白馬岩岳。その生き残り策は多くの示唆に富んでいる。(渡辺淳悦)

「スキー場は夏に儲けろ!」
和田寛著
東洋経済新報社
1760円(税込)