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平均年収は2183万円...キーエンスが高収益を生む理由

   ビジネス誌を読んでいると、しばしば「キーエンス」の名前を目にする。時価総額はトヨタ自動車、ソニーグループに次ぐ3位の14兆4782億円、平均年収は2183万円という上場企業の中で屈指の高賃金。

   いったいどういう会社なのか? その疑問に答えてくれるのが、本書「キーエンス解剖 最強企業のメカニズム」(日経BP)である。昨年末(2022年)に発行され、2月で5刷とよく売れているのも納得の、わかりやすく書かれた「企業研究」本だ。

「キーエンス解剖 最強企業のメカニズム」(西岡杏著)日経BP

   著者の西岡杏さんは、日本経済新聞に入社。製造業などを担当、2021年から日経ビジネス記者。電機・IT・通信を中心に取材している。

新商品の約7割が「世界初」あるいは「業界初」?!

   キーエンスは大阪市東淀川区に本社を置く、FA(ファクトリーオートメーション)用のセンサーを手掛ける企業だ。自動車や半導体、電子機器、機械、化学、食品など、さまざまな分野の企業に商品を提供している。

   1972年にリード電機として、現在は取締役名誉会長を務める滝崎武光氏が創業。86年に商品のブランド名だった「キーエンス」に社名を変更した。

   22年3月期の売上高は過去最高の7552億円で、売上高に対する営業利益の比率はメーカーとして驚異の55.4%に達する。

   1万種類以上とも言われる商品を手掛け、新商品の約7割が「世界初」あるいは「業界初」と言われる。他にない機能を持つため、商品の粗利は約8割とされる。そうしたことを可能にする秘密を探っている。

   同社の特徴の1つが「直接営業」だ。三菱電機、オムロンといったFA機器の競合メーカーが代理店を使った間接営業なのに対し、キーエンスは社員が営業担当として顧客企業を直接訪ね歩く。

   営業担当者の仕事ぶりを紹介している。週2日ほどの「社内日」は、電話やメール、オンライン面談などの顧客フォロー。さらに、商品の提案や外出アポ取り、見積もり作成などに充てる。電話は1日あたり30~80件ほどになるという。

   週3日ほどある「外出日」には、1日5~10件のアポをこなす。5件以上ないと、そもそも外出が許されなかった、というOBの声を紹介している。

プロセス重視の評価システム

   高給なのは成果主義のせいと思われがちだが、意外にも「プロセス」重視だという。報酬に反映するKPI(重要業績評価指標)に設定しているのは、「累積取引社数」「商談数」「訪問社数」「電話の発信数」など数十項目。

   明確な指標を設け、その実績を可視化してさらなる行動を促す。仕組みが明瞭で、言い訳を許さない。「あそこは仕組みと、それをやり切る風土がすごいんです。後輩の指導もしっかりする。人が育たないわけがない」とOBは語っている。

   指導の1つが毎日のロールプレイングの特訓だ。

   上司や部下、同僚と2人一組で顧客との商談のシミュレーションを行う。販売促進部門がつくった「台本」があり、まず「型」を学び、そのうえで、相手の属性や人によって内容を変える応用編も覚えていくという。

   ロールプレイングはあくまで手段であり、「筋トレ」のようなものだと例えている。こうして鍛えられ、よそでは8~10年かかるが、3年目には超一流の営業になる、とOBの経営コンサルタントが語っている。

   さらに、「SFA(セールス・フォース・オートメーション)」という営業支援システム、AI(人工知能)の活用により、どんな共通項を持つ顧客に営業に行けば受注の確度が高まりそうかなどを分析し、行動に役立てている。

   「行動していたとしても、書かなければやっていないのと同じ」という発想が社員にあり、結果をすばやく細かく記入することにより、効率的で質の高い営業につながるという。

顧客が欲しいというものはつくらない

   商品の開発にも独自の価値観を持っている。

   「顧客が欲しいというものはつくらない」というのだ。

   顧客自身が気づいていないような潜在需要を掘り起こし、付加価値を高めることを目指している。

   目安となるのが、「粗利8割」という数字だ。つまり、原価の5倍の価値(価格)を生み出すということだ。日本の主な電機メーカーの粗利は3割程度。カタログスペックのような「機能的価値」ではなく、「なぜそれがいいのか」「どのように生かせるのか」という提案の価値を分かりやすく提示できる「意味的価値」が強みだそうだ。

   もう1つの同社の特徴は「即納」だ。

   「全商品当日出荷」「全商品在庫あり」を掲げる。キーエンスは工場を持たない、いわゆる「ファブレス」だ。開発した商品の試作や初期量産までを担う子会社の「工場」はあるが、残りは数十社規模と見られる協力会社がつくる。好条件でサプライヤーと取引することで、即納体制を維持していると見られる。

   このほかにも、「会議の席は入った順、後輩も『さん』付け」というオープンでフラットな社風、一方で社内の「内部監査」があり、嘘を許さない仕組みがあることも興味深かった。

採用活動も独特 内定の有無にかかわらず、「性格診断」をフィードバック

   3月から始まる会社訪問。同社はエントリーシートや志望動機も不問だが、「説得面接」など独特の面接があるという。また、「性格診断」を複数回実施し、内定の有無にかかわらず、検査結果をフィードバックしているという。

   どのような性格の人をどこに配置したらプロジェクトがうまくいったのかを見ているのだろう、と推測している。

   行き届いた取材で、読みどころが満載だ。特注の装置を決してつくらない理由、カリスマにならない創業者の信念、売上の6割近くを占める海外で、どうやって現地社員を教育し、顧客を開拓したのか、などが印象に残った。

   これまで「目的に合わなければ特に情報発信しない」という徹底的な合理主義を貫いてきたため、ベールに包まれてきたキーエンスの姿が見えてきた。

   メーカー向けの商品がほとんどなので、消費者との接点が少なく、知られざる企業だったが、意外な有名企業の筆頭株主となり、業績を立て直したことを知った。子供を持つ家庭なら、誰でも知っている会社だ。詳しくは本書を読んでいただきたい。データを重視し直販というキーエンス流が異業種でも生きたのだ。(渡辺淳悦)

「キーエンス解剖 最強企業のメカニズム」
西岡杏著
日経BP
1760円(税込)