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霞ヶ関官僚が読む本
若き難病患者が命がけのユーモアで描く、リアルなたたかい

「困ってるひと」(大野更紗著、ポプラ文庫)

   著者はビルマ難民を研究していた大学院生女子。突然、原因不明の難病を発症し、病名が判明するまでに検査漬けの日々を1年間、その後、9カ月の入院治療を経て、退院。本書は発症前から退院までの過酷で劇的な日々を綴ったエンターテイメント・エッセイ。若き難病患者のリアルな状況が、具体的かつ率直に、びしびしと伝わってくる。

壮絶かつユーモラスな「難病体験記」

「困ってるひと」
「困ってるひと」

   難病の定義を見ると、①原因不明②治療法未確立③生活面での長期にわたる支障といった条件に④発生比率が低い(希少性)が加わる。したがって、症例数に限りがあるために、原因究明や治療方法の開発が進まず、結果的に、著者のように、病名が確定するまでに、15か所の医療機関(診療科)を巡る羽目になり、1年かかることも珍しくない。

   「難病」は一時的に症状が改善されることはあっても、現状では治らない。症状をステロイドや免疫抑制剤などで抑え込み、付き合っていくしかない。自己免疫疾患の著者も、内服薬だけで1日に30錠前後を服用し、24時間途切れることのない、熱、倦怠感、痛みといった全身症状を、目薬、塗り薬、湿布等々で、やり過ごしているという。

   発症前、著者は、ビルマの難民問題にどっぷりつかり、頻繁に現地に出かけて、難民キャンプに足を運び、その支援に奔走していた。そんな著者が「難病患者となって、心身、居住、生活、経済的問題、家族、わたしの存在にかかわるすべてが、困難そのものに変わった。当たり前のこと、どうってことない動作、無意識にできていたこと、『普通』がとんでもなく大変。毎日、毎瞬間、言語に絶する生存のたたかいをくりひろげている」

   本書では、発症後の凄まじい日々、具体的には、病名が判明するまでの医療機関渡り鳥生活、麻酔なしオペ等の検査地獄、過酷なステロイド治療による瀕死体験、臀部に大穴が開くおしり大虐事件などが次々と描かれる。

   しかし、著者自身が「この本は、いわゆる『闘病記』ではない」と語っているように、その筆致は、常に、客観的、しかもユーモラスであるために、極めて深刻な話であるにもかかわらず、そう感じさせない。まさに、セルフ・ルポルタージュ。裏表紙に記されているように、「命がけのユーモアをもって描き、エンターテイメントとして結実させた類い稀なエッセイ」だ。

   けれど、それはあくまで、著者の傑出した表現力、センスがもたらしたものであろう。読者は、本書を読み進める中で、難病という不条理な体験を通して、著者が感じ続けていた「孤独」を感じとるのではないだろうか。

「人間は、自分の主観のなかでしか、自分の感覚の世界でしか、生きられない。他人の痛みや苦しみを想像することはできる。けれども、病の痛みや苦しみは、その人だけのものだ。どれだけ愛していても、大切でも、近くても、かわってあげることは、できない。わたしの痛みは、苦痛は、わたししか引き受けられない」

結局、頼りは社会・制度・システムと気づく

   厳しい闘病生活が続く中で、著者は、徐々に、自らの生活を切り拓いていく。

   そのきっかけの一つは、発症当初から様々なサポートをしてくれた友人達が負担に耐えかねて、次第に離れていくという経験。著者が以前、支援していたビルマ難民と同様、今度は、自らが「難民」となっていることに気づく。不安定な援助は一時凌ぎにはなっても、苦境の根本的な解決にはつながらない。ビルマ難民が真に当てにしていたのは、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の援助米、NGOが運営する病院、IOM(国際移住機関)による第三国定住プログラム。つまり、社会や制度による公的なシステムであった。「困ってるひと」にとって、最終的に頼れるものは社会の公的な制度であると知る。

   しかし、制度が確立している障害者施策と異なり、難病対策は遅れている。著者曰く「ここは、マリアナ海溝なのだ。難病患者は、『制度の谷間』に落ち込む、福祉から見捨てられた存在だった」。結局、著者自身が「モンスター」と形容する日本の社会保障制度とたたかい、そこから、自分が生きていくために必要なものを獲得していくことこそが、自らを救うことなのだと悟る。

   「いま、『絶望は、しない』と決めたわたしがいる。こんな惨憺たる世の中でも、光が、希望があると、そのへんを通行するぐったりと疲れきったオジサンに飛びついて、ケータイをピコピコしながら横列歩行してくる女学生を抱きしめて、『だいじょうぶだから!』と叫びたい気持ちにあふれている」。

「いま、この社会を、生きるって、たぶん、すごくしんどい」、「病気にかかっているかどうかにかかわらず。年齢や、社会的ポジションにかかわらず。けっこうみんな、多かれ少なかれ苦しくって、『困ってる』と思うのだが、どうだろう」、「どうしてこんなに苦しいのか、みんな困らなくてはならないのか、エクストリーム『困ってるひと』としては、いろいろ思うところがあるのです」

   退院後、著者は「タニマーによる、制度の谷間をなくす会代表」として、社会保障に関する様々な提言を続けている。立ち遅れていた難病対策も、消費税率の引上げによる財源確保を通じて、来春、ようやく拡充・法制化されようとしている。

厚生労働省(課長級)JOJO

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。