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Googleトップの描く未来予想図【霞ヶ関官僚が読む本】

「第五の権力 Googleには見えている未来」(エリック・シュミット、ジャレット・コーエン共著 櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)


   「アラブの春」、ウィキリークス事案、ビットコインを巡る混乱など、インターネットを舞台とした、あるいは関連した国際的な事件が頻発している。本書は、IT業界の覇者Google会長のエリック・シュミット氏と史上最年少で米国務省の政策企画部スタッフに採用されたジャレッド・コーエン氏の共著による近未来予想である。世界のインターネット接続人口が今後10年で、現在の20億人から70億人に爆発的に拡大することを前提に、ネットにつながること(コネクティビティ)が、立法・司法・行政、マスメディアに続く「第五の権力」として個人が有するようになり、それが社会、経済、政治にどのような影響を及ぼすかを予測・分析している。

   インターネットがどのように社会を変えるのかというテーマは、これまでに論じ尽くされてきた感もあるが、本書は、共著者に国務省官僚がいることもあって、単に技術的にどのようなことが可能となるか、日々の生活にどのようなメリットをもたらすかということにとどまらず、ネットにつながること自体を「権力」と捉え、国家と市民の関係、メディア、紛争・テロリズム、民衆運動がどのように変わっていくかということを中心に論じており、むしろ政治学に関する著作となっている点に目新しさがある。

  • 「第五の権力 Googleには見えている未来」
    「第五の権力 Googleには見えている未来」
  • 「第五の権力 Googleには見えている未来」

「現実世界」と「仮想世界」

   ネットにつながることで、人は、「現実世界」の他に、「仮想世界」にも生活の場を持つことになる。従来は「現実世界」の占めるウェイトが圧倒的であり、「仮想世界」は「現実世界」とは切り離された趣味や娯楽に関する活動を行う場に過ぎなかったが、ネットが普及すればするほど、また「仮想世界」の範囲が拡大すればするほど、「現実世界」と「仮想世界」は相互に影響を及ぼし合うようになり、今や不可分の関係になりつつある。とりわけ、これからコネクティビティを得る50億人は、すでに得ている20億人と比べて、これまで「現実世界」では必ずしも恵まれた地位になかった開発途上国の人々が多数を占め、より大きな変化を経験することになる。

コネクティビティがもたらすもの

   著者は、コネクティビティがもたらすものとして、「オンライン群衆の集合知」と「証拠となるデータの永続性」を掲げている。現実世界の国境を越えた「オンライン群衆の集合知」により、市民はこれまで以上に飛躍的に「スマート」になり、ウィキリークス事案が示したように、いかに秘匿されたデータであっても流出する可能性は排除されず、また、それが永続することで、国家は説明責任を果たすことが求め続けられるとしている。我々日本人には理解しにくいが、同じ言語を話す、あるいは同じ民族でということで、現実世界を超えた新たなコミュニティが形成され、国家としてのガバナンスのあり方が問われるというものである。

「国家は、現実世界の内外政策だけを考えていればよかった時代を、懐かしむようになるだろう。仮想世界で現実世界と同じ政策をとればよいのなら、国家運営がそう複雑になることはない。だが国内を統治し、海外に影響力を及ぼすことが、以前に比べてずっと難しくなっているという事実に国家は向き合わなくてはならない。」

   おそらくいかに強力な国家であろうとも、一旦獲得されたコネクティビティを自国の市民から奪うことは困難である。むしろ、逆にコネクティビティを利用することで市民を統制するという新たな統治手法を採ろうとする国すら出てくる可能性もある。しかし、著者は、このような動きを否定的には捉えていない。むしろ、過渡期を過ぎて新たなルールとエンフォースメントが確立すれば、政府と国民の信頼関係は強まり、社会の効率性と透明性が高まると楽観的に捉えている点は興味深い。

国際社会はどう変わるか

   国際社会に関しては、本書は、コネクティビティによる第五の権力が、戦争、テロリズム、復興などにどのように影響を及ぼすかについて論じている。特に戦争については、陸・海・空・宇宙といった従来の戦場に加えて、サイバー空間が新たな第五の戦場となり、"cold war"から"code war"の時代になるとしている。また、ロボット技術の進展と相まって、戦争の自動化が進み、従来の戦争の概念から大きな変化が生じるとしている。

コネクティビティの代償

   著者は、世界の圧倒的多数の人が全体としてコネクティビティが利益と大きな力を得るとする一方、代償も伴うこととなることを指摘している。巷間よく言われていることであるが、プライバシーとセキュリティについて言及されている。

   訳者のあとがきによれば、2人は1年の間に中国や北朝鮮を含む30ヶ国を旅行し、各界の要人と意見交換する中で変化の兆しを感じ取り、本書の執筆に至ったとのことである。本書に描かれた未来予想図がどの程度実現するのかは分からないが、世界的な経営者がリアルな世界情勢に触れる中で予測した未来というところに意義がある。

   最後に余談となるが、筆者は本書をKindleで読んだ。この手の本は、何度も読み返したくなることが多いので、電子書籍に向いている。

経済官庁課長級 KI

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。