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アジアが知的な魅力とソフトパワーを高めるために

■『アジア経済はどう変わったか?アジア開発銀行総裁日記』(著・中尾武彦 中央公論新社)

   アジア開発銀行(ADB)は1966年に創設された。当時、中国は文化大革命の混迷、人口圧力にさらされるアジアの将来は暗いとされていた。

   第9代総裁の著者が、アジア経済の現状と加盟49か国の横顔を語るとともに、ADBの新しい戦略に賭けた思いが記されている。アジアはなぜ発展したのか、アジアの課題はなにかという大きな問いにも答えている。

経済発展の8条件

   2019年末、中尾総裁はアジアや世界が任期中にどう変わったかを述べた。リーマン危機後先進国が停滞する中でアジア経済は堅調に成長した。中国が大国として台頭した。デジタル、人工知能技術の影響がはっきりと認識されている。そうした中で、普通の国民の不満を真剣に受け止める必要がある。

   これに先立つ2015年、中尾総裁は「経済発展の8条件」を提唱した。国の発展は、政府の政策に大きな影響を受けるという認識だ。(1)インフラへの投資、(2)教育や保健への投資、(3)マクロ経済の安定、(4)開放的な貿易・投資体制、(5)透明で公正な政府、(6)社会の平等、(7)強みを活かす国の戦略、最後に(8)政治と治安の安定と周辺国との良好な関係である。8条件を先進国の開発支援戦略に位置づけることについて、もっと議論が尽くされてもよい。

加盟49か国のプロフィール

   本書では、フィリピンから東ティモールまで、加盟国49か国のプロフィールが紹介されている。

   スリランカの訪問を契機に、平和や国内の安定の重要性に触発され経済発展の8条件を考え始めたという。

   ネパールでは、2015年の支援国会合に出席した際、震災前よりも良いものを作るという創造的復興、貧困層により多くの恩典、ネパール政府の主導権の尊重を提言している。創造的復興は、東日本大震災、熊本地震などにおいても要望された点であるが、ADBの先進性が感じられる。

   アフガニスタンに現地事務所があることも評価されてよい。GDP(国内総生産)の30%にのぼる貿易赤字のある同国において、道路、電力、農業など40憶ドルの資金供与は大きな意義がある。

   中央アジア8か国、太平洋諸国の記述も新鮮だ。

アジア開発史とアジアの課題

   アジアとは何か、アジアと欧米はどう違うのか、アジアの将来はどうなるか。筆者の永遠のテーマだ。その筆者はADBのエコノミストスタッフとともに「アジア開発史」を執筆し刊行した(年末に日本語版出版予定)。中国やNIESの成長経路を見て、国による介入と行政指導の役割を強調する見方もあるが、筆者は異なる。市場、民間の活力が成長の原動力という見解だ。商業や技術の役割は江戸時代以来日本では大きく、インドのタタ財閥、中国の民族資本も同様の役割を果たしたという。そして政府の機能として6点が重要と指摘する。(1)ルールの策定と執行、(2)道路、警察など公共財の提供、(3)環境など公共の福祉、(4)イノベーションの促進、(5)マクロ経済の安定、(6)所得や資産の分配の公正。なかでも筆者はルールの策定と執行を重視する。

   総裁の業績の中で、2018年に発表した「ストラテジー2030」は特筆に値する。途上国の当局、アジアや女性の学者、市民社会グループとの対話を重視して策定された。7つの優先課題((1)貧困と格差、(2)ジェンダー、(3)気候変動、防災、環境、(4)都市、(5)農村開発と食料安全保障、(6)政府の良い統治、(7)地域間の協力と統合)と三つの原則は未来志向だ。

   途上国ごとの状況に即した支援をすること、革新的な技術を活用して中進国に貢献すること、そしてADBの専門性を統合して各国に解決策を提供することは、いずれも多くの関係者の賛同を得ていると考える。こうした大胆な改革が行われた原動力は、多くのステークホルダーと真摯に向き合う総裁のリーダーシップではないか。

   1960年代のある国際会議では、中国の文化大革命、ベトナム戦争に欧州の関心はなかったという。人権、民主制、市場メカニズムはすべて欧州由来なのだろうか。江戸時代には先進的な市場メカニズムがあった。アジアには幅広く、植民地支配への抵抗があった。

   そのアジアが知的な魅力、ソフトパワーを高めることが筆者の提言だ。科学や技術、文化の発展に貢献し、国際的な課題に率先して取り組むアジア。それが、アジアに対する中尾総裁の熱い思いの表現なのだろう。

   中尾さんの回顧録が、財務官時代、中国及びアジアインフラ投資銀行との関与を含めて、多くの関係者に読まれ、アジアの将来について考え、議論されることを願いたい。

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